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「陶芸家になるには」ースタイル編ー 5 <守>
2.働く
‐ 工場勤務の経験
意匠研究所にいたころ、夜は窯業工場のアルバイトをしていました。
仕事内容は、ほぼ施釉だったのですが、同じ作業をもくもくと繰り返すことになります。
当初は特に意識していなかったのですが、週五日・四時間の作業を2年間続けていると、技術を体が記憶していきます。
これは、知識としての技術理解とは対照的で、「説明は難しいけど、何故かできる」という状態です。
また、作業に慣れてくると、工場内もいろいろと見えてきます。
今、施釉している商品がどこからきて、どこに送られていくのか。
自分の給料や、記事の原価から換算した一つの商品に対するコスト。
生地会社から送られてきたあとのロスや、最終的な単価など…
その時はなんとなく見ていた工場内外での動きで、窯業業界のマーケット感や、マネジメントの種が植え付けられていたと今は思います。
- 働きながら独立を目指すスタイル
教育機関で知識を得たあと、工場勤務や師事を経て独立するというルートはよくあります。
(働く→教育機関もあります)
この組み合わせですと、知識と内省性、技術とマーケット感やマネジメント能力をインストールできるので、おすすめです。
逆に言うと、これ一本に絞ると視野が狭まり、バランスが偏ってしまうとも言えます。
では、メリット・デメリットを見ていきましょう。
メリット
反復練習による一般技術のマスター
師事するこによる特定技術のマスター
リアルなマーケット感の習得、人脈の形成
給料により、工房等設備を整えてからスタートも可能
1.と2.は似ているようで少し違います。
1. は、陶芸作品を制作するうえで、避けては通れない工程を、効率性を重視ししたやりかたで習得するという意味です。例えば、私が経験した工場での施釉などです。
2. は、師匠がキャリアの中で生み出してきた、オリジナルの技術を習得することをさします。
マーケット感やマネジメント方法を覚えたり、人脈(独立後も付き合える会社や、ギャラリー)を作り、かつ独立資金を蓄えられる。
活用方法によっては、教育機関と独立を結ぶ、有効なブリッジとなりえます。
デメリット
偏った技術、知識に限られる
特定スタイルの刷り込み
期間が長くなりがち
オリジナル作品をアウトプットする時間・労力が制限される
デメリットは、大きく分けると技術や知識、視野の偏りと、時間・労力的コストです。
偏りが起こってしまう理由としては、常に同じ作品、スタイル、商品に触れているための刷り込みがあります。
作品を作る(アウトプット)時には、どうしても普段見ているものや、強く印象に残ったものに、無意識で似てしまうものです。
スタイルの偏りは、突き抜ければ強みになります。しかし、特定の作品(師匠の作品など)に似てしまうと、二番煎じになりかねません。
ここでのバランスは、まず自分が偏っていることを認識することから始め、他の知識や見解を補充するように仕向けていくことになるかと思います。
時間・労力的コストは、資本主義経済として、労働力・時間を賃金と交換している以上どうしても避けることができません。
どんなにインプットや反復練習を積み重ねても、自分の作品としてのアウトプットに勝る上達方法はありません。
要するに、制作に必要な時間と労力を引き換えにして、賃金を得ているのです。
これを修正するためには、働く期間を予め決めるか、労働日数をコントロールするなど、自己管理が重要になってきます。
それでは、会社へ就職する場合と、作家へ師事する場合の違いを見ていきましょう。
比較対象をカテゴライズします。
技術・知識
マーケット感
内省性
これらを元に、就業場所を比較していきます。
▽ 窯業工場・会社へ就職する
窯業系の会社は、以下のようなものがあります。
LIXIL、TOTO、Noritake、京セラ、など…
やきものという素材は、いろいろなものに使われています。
今回は前提として「陶芸家になるため、効率的に知識を得る」ことができる就職先なので、食器などの器を制造いる会社や工場を中心に、私の経験もお伝えしながら考察していきます。
技術・知識
事務や営業などではなく、工場など実務的な業務で働くことを前提に考えてみます。
ここでの技術や知識を得ることが、このルートを選択する一番の目的です。
メリットでも書いたように、反復行動を毎日続けるという作業は、マッスルメモリーとして身体が覚えてくれるので、独立後とても役に立ちます。
また、効率性と利益の最大化を常に意識した職場ならではの知識を得ることもできます。
洗練された技術・知識の蓄積
工場には、幅広い世代の働き手がいます。10代から、海外の労働者、60代のベテランなど。
この人たちが平等に作業従事し、最終的に均一の商品を作り上げるためには、必然的に誰でも作業できるシステムが必要になってきます。
そして、沢山の工夫も生み出されています。
例えば、
釉薬の濃度管理や、腐らせないための工夫。
商品の形状ごとにマニュアル化された、施釉方法
歪みやすい形を目立たないように補強するデザイン
などなど。
これらが独立後、技術面で行き詰まったときにフラッシュバックして助けてくれます。直接的な解決策にはならないとしても、改善へのアプローチとして、考え方の「型」も身に着けることができます。
そしてもう一つ、ベテランの職人達。
時代は移り変わっていますが、未だに窯業工場がある地域には、中学卒業後から今までずーっと同じ仕事に携わっている職人さん達がいます。
その人たちの人生の結晶ともいえる知識と工夫。これを知ることができます。
私が出会った一例では…
<神農巌さんの堆磁>
陶芸家の神農さんにお聞きしたストーリーです。
先生も工場にて働いた経験のある方です。
その工場にてベテランの職人さんが、ヒビの入ってしまった生地に、液体状になった土を筆で何度も塗り重ね、修繕しているのを目にしていたそうです。
独立後、作品を修繕する折に、そのことを思い出し、修繕ではなく加飾として昇華させたのが堆磁(ついじ)手法なのだそうです。
効率化への工夫
私がアルバイトとして働いていた工場は、とてもシステマチックに管理されていました。
社長から聞いたところによると、トヨタの自動車製造工場へ研修にいかれたときの経験を参考にしたとのことでした。
陶芸家として独立する以上、出費にまさる収入を得る必要があります。
良い作品を確率の高い取れ高で、一つでも多く生み出すには、効率化は本当に重要だと実感しています。
様々な知識と工夫が詰まった効率性を実際に体験し、学ぶことができる場所でした。
レイアウトと動線
その工場での作業工程は、
生地の在庫管理 → ホコリはらい → 施釉 → 焼成
となります。
これが大まかな作業の工程で、制品の保存場所や作業場所が、この工程に沿った並びで設置されています。
そのレイアウトの中に、それぞれの工程を日々職人がこなす為の動線が、設定されています。
日々の作業では、釉薬の準備や濃度管理、生地の移動、作業後の掃除などを複数人で行うため、どうしても複雑化してしまいます。
そこで混乱や不必要な失敗が起きないよう、道具の置き場所や作業範囲、通路の幅など徹底してデザインされていました。
陶芸の作業工程は規模の大小関係なく同じで、それぞれ注意点が存在します。
陶芸家として、独立後に工房のレイアウトを考えるうえで、とても参考になりました。
マッスルメモリー
意匠研究所時代、研修生は口をそろえて施釉がきらいだと言っていました。
実際、施釉は手をくわえられる最後の工程であり、濃度、生地の乾き具合、施釉方法やスピード、指の位置などなど…一瞬の工程にしては注意事項がたくさんあります。そして、失敗すればすべて台無し…。
私も何週間もかけた作品を施釉するときは、未だに緊張します。ですが、工場で毎日何百個と施釉してきた経験を体が覚えているため、スポーツのような気持ちよさと楽しさも同時に感じます。
このように、一度体が覚えると忘れない長期記憶を身に着けられると、最小限のメンタルコストで制作に臨むことができます。
体が覚えている → 気持ちに余裕が生まれる → 工夫や改善がしやすくなる → 楽しい!
こんなイメージかと思います。
個人作家の生み出せる作品量は、どんなに手数の少ない技法でも、大量生産のシステムにはかないません。
私は2年間ほどしか工場で働きませんでしたが、おそらく個人作家として制作できる、一生分以上の制品を施釉しました。
大量生産、分業のシステムに身を置くことで、自身の経験値をブーストすることができるのです。
マーケット感
生産効率の最大化
教育機関では、なかなか学びづらいマーケット感覚。実は、上で述べてきた効率性の話は、まさにこのマーケット感と結びついています。
教育機関では、内省性に重きを置くため、技術や効率化は次のステップとなりがちです。2年から4年ほどでは、自分自身と向き合うことに精一杯で、そのまま卒業というのがセオリーです。
ですので、いきなり独立・マネタイズをしなさいと放り出されると、経験したことのない、さまざまな壁が待ち受けています。
実際、私自身独立後にこの壁にぶち当たりました。
それまでの制作ペースよりも頑張っているのに、出費がかさむばかり…。作品はそれなりに売れたとしても、です。
ここで工場での経験、知識を思い出します。
まずは工房レイアウトの見直し。道具の整理。
そして作品自体を、できるだけ制作しやすい形状に工夫する。
第三章にて詳しく話していきますが、制作は、いいものを作ればうまくいく!ということではないと、失敗から学びました。
マーケティングでは、買い手に届ける部分も重要ですが、この生産効率へのマネジメントも、とても重要になってきます。
形状、サイズのインストール
私たちが作り出すものはすべて、何を見て、経験してきたかのインプットから成り立っています。(インプット・アウトプットについては後ほど詳しく述べます)
大量生産に携わると、多くの製品やアイテムを見て、触り、作る工程を繰り返すことができます。
特に陶芸の土という素材は、焼成時に収縮するため、作っている最中のサイズ感と、完成後のサイズ感のすり合わせが、感覚的にうまくいきません。
この基本となる、様々なアイテムのサイズ感をあらかじめインストールしておくと、自身の作品を制作する工程で、自然とサイズが定まります。
この感覚がとても重要で、基本となるサイズや形状を知っていると、そこをあえて外す意外感を出したり、新鮮な形状にしたりと、マーケットアプローチの選択肢が広げられます。
これを就業なしにマスターしようとすると、かなりの数の店舗やギャラリーを渡り歩くマーケット調査をしないといけません。
重要なのは、サイズなどを数字でとらえるのではなく、手で持ったときの感覚で覚えることかと思います。
内省性
就業という性質上、直接的に内省性を深めることは期待できません。
しかし、2点ほどスタイルに関係してくるであろう体験があります。
1.フロー状態に入る
同じ動作を繰り返していると、一種のフロー状態に入ることがあります。この状態では、制作などで悩んでいたことの回答がふいに見つかったり、新しいアイデアが思いついたりします。
古代中国から伝わる「三上(さんじょう)」に近いかと思います。
2.同じ目標をもった従業員とのコミュニケーション
私のいた工場では、作業時に2人一組になり、一人は施釉、もう一人は釉薬処理という陣形で制造をこなしていました。就業前や空き時間などは、いろいろと陶芸について話していました。
何気ないコミュニケーションや会話は、お互いの情報を交換するいい機会です。自分ではカバーしきれないような作家や分野を知ることができるのは、とても貴重でした。
窯業工場・会社への就職が向いている人
自分のスタイルがある程度見つかっている
制作の効率化や、マーケティングを学びたい
このような方には、業務を通して得た知識や経験が独立後、とても役に立つと思います。
しっかりと自分なりの目標や区切りを持ちながら、多くを吸収していきましょう。
▽ 師事する
私は誰かに師事したことはありません。ですので、客観的な観点からの言及となりますが、この業界内でよく目にする現象が多々あります。
師事するにあたって注意するべきことは、
本当に好きな作家に師事する
どうしても師匠の影響はうける
になるかと思います。
師事することは、一人の作家が積み重ねた技術の結晶を一から学べるということです。
しかし、それは「一人の経験」をベースとした技術や知識になります。
要するに、スタイルとして 特化しているけれども、偏っている 可能性があるのです。
その部分を理解した上で、要素を比較していきます。
技術・知識
弟子を雇えるほどの作家となると、スタイルは確立しています。
その一人の人間が極めたスタイルを、最終結果の作品からではなく、制作のはじめから間近で見られることは、とても貴重な経験です。
また、師匠が生涯のメンターとなってくれることもあります。
教育機関にて述べたことと同様、レスポンスをくれるメンターの存在は重要です。
目標としている作家の軌跡を追いかけるだけだと、自分の方向性が正しいのか、自己判断にたよるしかありません。軌道修正をしてくれる存在がいることは、陶芸のキャリアではとても貴重です。
さらに、仕事になれてくると、実際に作品をつくる手伝いもさせてもらえるかもしれません。その時も、技術や知識など、そのときどきで指摘してもらえます。
マーケット感
師事する場合、ここが一番の利点となります。
実務的な技術・知識ですと、工場での勤務と近いかと思います。
日々、陶芸家がどのように作品の制作、ルーティン、取れ高、仕入れなどに取り組んでいるのか、実際に見て体験できます。
独立後の人脈形成としても、とても有利に働きます。
それは下のような流れが期待できるからです。
師匠の作品が好き = 自分の作風も近い = 同じマーケット
そのマーケット周辺の人と会う → 人脈の形成 → 独立後のロケットスタート
ここでの人脈は、ギャラリストやメディア関係の方、顧客など多岐にわたります。
これは、弟子としての給料以上に、かなり価値のある財産となります。
内省性
内省的に深く自分を知ることは、かなり個人的な行為になります。ですので、どのような方法が正解なのか、どれほど必要になるのかは人それぞれです。
しかし、成功している陶芸家に師事することにより、間近でその人の日々のインプット・アウトプットや作品に対する判断などを見ることができるのは、とても貴重です。
実践的な内省方法のお手本を知ることは、独立後とても役に立つと思います。
師事が向いている人
唯一の目標とする作家がいる
師事することは、作家の考え方や癖を含めて、ある意味コピーとなることと同義です。
しっかりと独立後のビジョンを見据えて、戦略的に作家選びを行うべきかと思います。
制作する時間を同時に持つ
ここで見てきたように、働きながら学ぶというのは、とても効率のよい方法です。
そして重要なことは、就労中でも、何事も貪欲に吸収しようとする姿勢だと思います。
しかし、気持ちだけで常に自分のモチベーションを維持するのは難しいことです。
そんな時は、働きながら並行して制作をしていくと、その時々に足りないものや知りたいことを、仕事を通して吸収することができます。
自分なりの工夫を取り入れて、独立に対するリアリティを持てるよう、モチベーションを維持していきましょう。