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自分は自分

先週の『A-Studio+』のゲストが、やす子で、
子ども時代、貧乏で恥ずかしいのを隠そうと
から元気で明るくふるまっていたら、
本当に明るくなって、周りの人を明るくできる人に
なっていた、ってことを言っていた。

私は、まあまあ生活がしんどく
元気がないのを隠そうともせず、
(というか、隠しようもない、かな)
ああしんどいなあって思いながら生きている。
やす子みたく、から元気でなんとかなるのは、
まだ若くてパワーがあったからに違いないけど、
今の私も、もう少し元気よく生きたほうが
よいのだろうか。
それとも、自分の選択と老いを受け入れて
ぼちぼちやってくスタンスを守るべきか。

とふと考えてしまった。

そもそも、50歳になる前に、
それまでの人生を整理しようと考えて
あれこれと生活を変えた。
離婚もしたし、友達関係も整理したし、
転職もした。

で、最初のうちは機嫌よく新しい生活を
楽しんでいたんやけど、だんだん疲れてきた。

転職当初は、それまでのしんどい仕事から
解放されて、新しいことに挑戦することに
うきうきしていたけど、
現実は仕事のハードさに全く比例しない安い給料で
忙しく働いて、帰りも遅くて、
離婚前もフルタイムで働いていたとはいえ
あの頃は、まだそこまで切羽つまっては
いなかった。
そして、今は子どもに十分に
手をかけてあげられてるとは言えない状態で。

子ども達にとっては、酔っぱらって
理不尽に切れてくる父親がいない生活は
気楽ではあるみたいやけど、
住む家も狭く、古いところになって
自分の専用部屋もなくなって。
前とは同じようにはいかないことは
分かってくれているが
まったく不満がないわけでもないだろう。
あれ買って、これ買って、って言わない
子ども達ではあるけど、
単に家庭の金銭事情を察して我慢してる
ってところもあるはず。

欲しいものがあれば、お父さんに頼みに行って、
って冗談半分に言ったことがあるけど、
お父さんに言うくらいならいらん、と
真顔で返された。

結婚してる頃よりも、気持ちは楽で
しんどいことばかりでもないんやけど、
私自身はまあいいか、と思っている生活も
周りとの違いにぞぞっとすることもある。

例えば、友人との金銭感覚の違い。
先月も一緒に広島に旅行した友人とは
もう20年近い付き合いやけど、数年前に
「夏休みは子どものごはん代もかさんで大変」
ってちょっと愚痴ったら、
それ以来毎年夏休みの時期に
お米を10キロも送ってくれる。
彼女はしっかりと稼いでいるし、
実家住まいで、余裕があるのは分かっているけど、
友人にそこまで気を遣ってもらう自分が
情けなくなることもある。
でも本当にありがたいから、
米は毎年いただいている。

大学時代からの友人のことも
以前に書いたことがあるけど、
彼女とは仲は良くても全く別世界の人という
認識でいる。
昨日も、彼が中国に赴任するかもしれないらしい、
って言う話をLINEでしてたら
「え~、そうなったら私も現地の友人に会いたいし、
 一緒に行こうよ」
って軽く言ってくる。
いやいや、そこまで行くのに飛行機代とホテル代で
10万はくだらないよ?どこからそれを出せと?
って私は思ってしまうけど、彼女にとっては
そんなのははした金で、先週も
「また家を一軒買おうと思って」
って言ってたくらい。
すでに彼女名義の不動産は3つあるけど、
素敵な古民家を見つけたらしい。

私は、ひとりでカフェに入るとか、
外でランチするとか、
そういうことにさえ、
どうしても値段が気になってしまう。
もちろん、雰囲気とか場所代とかに
お金を払うのは分かるんやけど、
実家が飲食店なせいもあって
原価を考えると、ま、家でいいか、に
なってしまうのがなんか自分でも情けない。

とはいえ、自分で選んだ生活やし、
今から私が突然お金持ちになることも
もはやありえんし、
今のままこれを受け入れていくしかない。

私にとって、「身の丈にあった生活」を
することが、いちばんしっくりくる生き方で
あることは分かっている。
自分で稼げる範囲内でまあなんとか
生きられるところまで生きるしかない。

毎週、録画しているトーク番組で、
ここまで自身を省みることになるとは思いも
せんかった。
自分の心の状態が良くないときに
見てしまったせいで、気持ちが混乱して
整理するためにnoteに書いてみた。

やす子ちゃん、あんたほんとえらいよ。
程度の感想でとどめておけばよかったのになあ。

いや、とにかく、自分は自分で
開き直って生きるんだよ。(言い聞かせ中)











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