ロンドンで片腹痛い⑥
ロンドン研修旅行で私が最もやりたかったことは現地学生との交流だ。
ハリーポッターの映画で使用されたセットを見に行くとか、
BBCのスタジオを見学するだとか、
本場のミュージカルを観るだとか、
大英博物館やナショナルギャラリーに行くとか、
シェイクスピアのゆかりの地を訪れるだとか、
勿論それらも素晴らしいし実際やったのだけれど、やはり人と触れ合わせたいし、言葉とか文化の違いとか、そういうのをダイレクトに感じてもらいたい。
そこでロンドン大学に頼んで、ロンドン大学に通う日本好きな学生を15名程集めてもらった。
彼らたちにキャンパス内を案内してもらい、夜はホテルで交流パーティーをするのだ。
ロンドン大学はホテル近くの閑静な場所にある。
繁華街に近い割に緑も多く歴史的建造物からなる素晴らしい学校である。
キャンパスツアーは15〜20名が1組となり、1グループに2人の学生さんに付いてもらって見学をした。
学生達がどこまで説明を理解出来たかは不明だが、滞りなく終わった。
そしていよいよ交流パーティーだ。
場所は我々が泊まっているホテルのバンケットルーム。
我々の学生が8名1組の円卓に、1名ロンドン大学の学生さんに入ってもらう。
ただ、入ってもらうだけでは英語力底辺の学生は、きっと半笑いしながらご飯を食べて終わってしまうだろう。
そこで彼らにはMissionを与えた。
出来る限り、ゲスト学生から正確な情報を引き出して、最後に英語で発表させるというものだ。
名前は勿論、家族構成や趣味や好きなもの、将来の夢など、出来る限りたくさんの情報を得て、最も優れた発表をしたチームには商品を渡すことにした。
ホテルのバンケットにロンドン大学の学生さん達が到着し、交流パーティーが始まった。
殆どがイングランド出身の学生さんだったが、ちらほら留学生もいた。
留学生と言ってもアメリカ、カナダ、オーストラリアといったnative English speakar で、日本語を話せる学生はいなさそうだ。
よし、みんな健闘を祈る!!
始まってみると、最初は何からどう話で良いか分からずにモジモジしていたが、SNSを見せ合いながら、なんとか交流してるっぽい。
学生が食事をしながらワイワイしている裏で、我々はゲスト学生に渡す謝礼の準備をしていた。
その時、旅行会社の青山さんがニコニコしながら言ってきた。
「いいこと思いつきました!先生、書道されてるじゃないですか?ロンドン大学の学生さんたちの名前を漢字にして書いてあげたら絶対喜ぶと思うんですけど、どうですかね?」
私は名ばかりの書道師範である。
「確かにいいかも、私筆ペン持ち歩いてるからそれで書こうか!」
という事で、彼ら達15名の名前を漢字で書くことになった。
あまり時間がないので、ササッとやらなければならない。
まずは、「エイミー」からだ。
日本でも聞きなれた名前だから書きやすい、ここはイギリスだし「英」を使おう。
「英美衣」にした。
次は「アレックス」。
ちょっと苦しいが「亜怜久州」にした。
小さいツを表すのは難しい。
「シャーロット」は「沙亜露斗」
若干の暴走族感が否めないが、時間も無いしやむを得ない。
その後も筆文字で書き進める。
筆が止まったのは「イザベル」だ。
べ…べってあんまりなくない?
そんなに漢字を知ってるわけでは無い。
「依座部留?」なんかなぁ…ちょっと反則技を使って「依咲鈴」にしてしまおう。
渡す時に説明すれば良い。
そして超難関が「ベンジャミン」だった。
やばい、どうしよう…変なのしか思い浮かばない。
「便邪民」に「便蛇民」
いくらなんでもこれはダメだ、でも頭の中は便邪民でいっぱいだ。
青山さんに助けを求める。
「青山さん、ベンジャミンが思いつかない、便邪民とか便蛇民しか思いつかない、時間も無いしどうしよう!」
「先生、落ち着いてください。私も考えます!えーと、ベンは勉で、ジャは若干の若で、ミンはそのまま民でどうですか?」
勉若民…
「う、うん、若い人達が勉強してるみたいでいいか!」
ベンジャミンさんは「勉若民」になった。
そんなこんなで宴もたけなわ、裏でこんなやり取りをしてるとは露知らず学生達はなかなか盛り上がっている。
さて、そろそろmissionを披露してもらう時間だ。
グループの代表者がゲスト学生の紹介を英語でプレゼンする。
トップバッターのグループの代表者が立ち上がり、マイクを握る。
緊張でガチガチだ。
それを見守るこちらまで、緊張してきてしまう。
「まずは、彼女の基本情報を言ってみて。名前とか大学で学んでることとか・・」と声をかけた。
「えーと、えーと、シーイズネイムイズエイミーちゃん」
・・・?
もうどこから突っ込んだら良いのかわからないくらい色々崩壊している。
仕方ない、まぁいいか。
このまま、やらせてしまおう。
見ると同じテーブルのエイミーがドン引きして少々不機嫌な顔をしている、まぁ…いい…わけないか。
こういう時のための、お名前漢字大作戦だ。
グダグダの発表が終わり、次のグループにバトンタッチしたと同時に私が書いた名前の書を渡しにいった。
予想以上に感激してくれて、欧米における漢字と書道の人気を実感した。
そして全グループの発表が終わり、優秀グループの表彰も終わったころには、学生より私の方がぐったりしてしまっていた。
あー、ビールが飲みたい…。
発表が終わっても学生達はゲスト学生に果敢に話しかけ、何だかすっかり打ち解けていた。
連絡先まで交換してしている。
ついカッコつけてしまう私は、間違った英語を使わないようにと一呼吸考えてから話し始めたり、つい言葉を飲み込んでしまうことが多い。
間違いなんてお構いなしに日本語交じりでガンガン話す学生達。
来年は、「今日親しくなったゲスト学生を訪ねて自分たちだけでロンドンに来たい!」と言っている。
そんな学生の逞しさに、私はちょっと誇らしくなったのだった。
【続く】