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みゅみゅみゅ①~Y子の部屋~
高知の自宅の玄関を出て約4時間後。
私と15キロのトランクは、東京世田谷区にある小さな家にくつろいで、そこの主が淹れてくれたうまいコーヒーを飲んでいた。
「もうこんな時間か、昨日は飲みすぎちゃって…」
寝ぼけ眼で彼女が言う。私は笑ってパンを差し出し一緒に食べた。
彼女はY子。私と同じくピアノと歌のシンガーソングライター。2年前から上京し、都内でライヴをしながら生活してる。
昨年高知で出会い、仲良くなり「東京来たらうちに泊まりなよ」のひと言に本気で甘え、今では私の関東ツアーの滞在地と化し、1週間も転がり込む私を快く受け入れてくれるありがたい存在である。
「今日の予定は?」とY子。
「今から西麻布、フリーライヴ。Y子は?」
「あたし今日は1日録音作業だー。」
ひとしきりお互いの近況をワイワイ報告しあい、私は初日の営業ライヴに向かった。外は雨が降り出していた。
西麻布はお金の匂いがプンプンした。
バブリーな会場。私に不似合な街の、不似合な店で、変な形の巨大なソファーに座り、通りに停まったロールスロイスから何人女の子がでてくるか数えたり、それ程おいしくない割に高いピザを食べたり、それでも何とか奮闘しながら20分を3回歌い、帰った。
帰り道Y子に電話する。
「今から帰るわ」
「お腹は?」
「ぺこぺこ!」
「じゃ、作って待ってるねー」
バス停の向いのスーパーでワインを買い、あったかい気持ちを取り戻し、急いで帰った。
Y子はよく酒をのむ。沢山というわけではなく、しばしば気持ちよさげにのむ。そしてよくしゃべる。
「喉に一番いいのは黙ってることなんだって!」
と笑いながら、煙草を吸って、ワインをのんで、私たちはよくしゃべる。 たいていはバカ話だが、時々彼女はするどい洞察力で私の眠らせていた疑問をあっさり解決させ私を楽にさせてくれた。
3日目の夜、私は恵比寿でライヴ。Y子が観に来てくれていた。その月ほぼ毎回のライヴで歌っていた、Y子の曲を初めて本人の前で歌った。彼女は泣いた。帰り道、雨は小降りに。
4日目。埼玉での初ワンマンを大成功の元に終え、くたくたの体で気違いじみた渋谷駅から私は一人最終バスに乗った。
またちらちらと雨が降り出し、窓ガラスが曇っていた。満員だけど静かなバスに揺られぼんやりと、昨夜のY子との帰り道を思い出していた。
「わたし、友人の気効師に『君ほど孤独の星の下の人は見たことない』って言われた」とY子。
「コドクって何やろ」と返すと
「わかんないけど、ひとりでうた創ってうたってる人なんか、普通の人より、みんなずっと孤独を持ってる気がする」
確かにそうかもしれない、としばし沈黙。道を渡ってスーパーに駆け込む。
「時々、なんでか分からんけど、心が揺れることがあって、そんな時、もしかして今さみしいのではない?って思うんだけど」と私。
Y子は笑って
「わたしが心揺れる時はね、素晴らしいものや人、音楽と遭遇した時。それは嫉妬なの」
と言って傘をたたんだ。
ひとしきり買い物を済ませ重いスーパーの袋を二人で抱えての雨の帰り道。彼女はふと、しかししみじみとした口調で
「今、ここに絢ちゃんがいて、ほんと良かったー。」と言った。
私は嬉しくて、彼女の傘にもぐり込み、ぬれながらくっついて歩いた。
あっという間にいつものバス停に到着していた。慌てて降り、スーパーには寄らず帰る。今夜はY子も遠方でライヴ、ひと晩留守なのだ。勝手にご飯を食べ、風呂に入りくつろいで、荷物をまとめる。出かけに使ったであろうそのまんまに散らかったY子のドライヤーが畳の上に転がっている。
明後日から私は仙台なので、この部屋も明日でお別れだ。明日の昼には戻ると言っていた彼女が帰ってきたら、一緒に銭湯にでも行こう。
私は一人「Y子」不在の「Y子の部屋」で「Y子」のフリをしながら
(孤独の星か。きっと青くてきれいなんだろうな)
などと考えながら眠りに落ちていった。
(2010年著)