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「へたな絵かきのその理由」

 へたな絵かきがおりました。へたならなんで絵かきかと思うかもしれませんが。その男は自分が絵かきと思っていたのですから、へたな「絵かき」なのでした。
 それならなんで「へた」かというとその男は自分がへたくそだと思っていたのでしたから。
 「それはどうして?」とまだ聞かれる人がいますかもしれませんので、その理由を書いておかねばなりません。
 「もうわかってる」という頭の良い方は、ご安心してとばして先へとお進みください。

「へたな絵かきのその理由」

 絵かきがひとりおりました。絵を描くことが大好きで、空や花や人や道やありんこまでも描きました。その中でもとりわけ絵かきは鳥をかくことが多いのです。なぜならかっこいいからでした。

 いつでもどこでも何をしてても、絵かきのうえの空をプィーっと鳥が飛んでゆくと、絵かきはいつも上を向いてみとれて、口を閉じるのを忘れてしまうということでしたから。

 絵かきはいいます。「なんでだろう、鳥だけに限ったことではないけれど、いつでもどこでもどんなかっこうで何をしててもかっこいいってのは。なんでだろう」

 ある日、一羽のカラスが絵かきの窓からまっすぐ前の木の上にとまっていました。絵かきは大よろこびで大まじめになり大変しんちょうにカラスのスケッチをはじめました。
 くちばしの形から羽の一本まで違わないように一生けんめいかきました。運のいいことに、カラスはしばらく休んでいましたから、絵かきはそんぶんにスケッチすることができたのです。

 カラスがあくびをしてバササッと飛んでゆきました。絵かきは又、口を開けみとれてしまいましたが、すぐにスケッチを確かめることにしました。ドキドキしながらスケッチを見て絵かきはびっくりしました。びっくりしすぎて後ろへひっくり返りそうになりました。

 「なんだ、全然違うぞ、なんか違うぞ、さっきのとりと違うぞ。ちっともかっこよくないじゃないか!」
 スケッチの中のカラスはなんだかこっけいで、右と左で長さの違うズボンのようにバランスが悪くてかっこわるいのでした。

 くちばしの形から羽一本の流れまで寸分違わぬように描きとめたのになんでだろう。絵かきは首をかしげました。
 そしてもう一度頭の中であの鳥を思い出して描いてみることにしました。大よろこびで大まじめになってみつめた時のように一生けんめい描きました。そして描き上がった絵を見て又首をかしげました。今度はまるでそっくりなのです。そっくりでかっこいいあの鳥がそこにいるのです。


 絵かきはその日から毎日そのことについて考えてみました。
絵を描くことが大好きな上に、鳥も大好きでしたから。やっぱり本物の鳥をみて本当の鳥の絵を描きたい。けれど何度やっても、本物の鳥を見たまま描いた絵よりも頭の中で思い出して描いた絵の方が、やっぱりかっこいい本物の鳥のように思うのです。
 絵かきはそのうちなんだか嘘をついているような、鳥たちに申し訳ないようなそんな気がして鳥の絵を描くのはやめて、花や虫や空なんかの絵をかくことにしましたが、なんだかそれもうしろめたくなってきました。

 
 それで今度は想像の絵ばかり描いていました。
 どこへも出かけず、頭に角の生えた翼を持った馬や、でっかいヘビの頭に自分がのっかって海の中をとんでいる絵なんかを描いていたのです。

 そんな絵ばかり描いている毎日の中でも、窓から空を悠々と飛ぶ鳥たちを見つけては、口を開けて何も忘れてみとれてしまう絵かきは、やっぱりこのままではふにおちない。と思っていました。


 雨が何日も降り続いて、絵かきはしょうがないのでねころんでばかりいました。時々外をうかがっては、くもった空をどんよりとながめていました。

 やっと雨があがった昼下がり、キラキラ光る絵かきの窓からまっすぐ前の木の上に、一羽のカラスがとまりました。絵かきはすぐに、それがあの時のカラスだとわかりました。

 カラスなんてみんな似たり寄ったりで、人間から区別するのは難しいのです。けれども絵かきはどうしてもわかったのです。すぐに何の疑問もなくわかったのです。

 木の上でじっと羽を休めているカラスを絵かきは大よろこびで大まじめに、大変ドキドキしながら眺めていました。ただずっと眺めていました。そうしてそのうち飛んでいなくなっても、しばらくポカンとキラキラ光る木の葉を眺めていました。

 絵かきはとつぜん思い出したように元気よくうきうきしてスケッチブックを開きました。そしてさっきのあカラスの絵をどんどん描きだしました。あのカラスが海の上を飛んでいる所や、雨にぬれてたたずんでいる所や、羽をつくろっている所や、とにかく何枚も描きました。


 それは本当に素敵で、それは力強く、それはかっこいい、本当の鳥の絵でした。
いつでもどこでも、どんな時でもどんなかっこうをしていても、口をぽかーんと開けてみとれていた、絵描きのあの気持ちが、絵かきの鳥の絵だったのです。

 絵かきの窓から差し込んだ夕焼けのだいだい色が、走るえんぴつの上をやさしく染めてゆきました。
~おわり~ 


 へたな絵かきのお話はこれでおしまいです。さあ首をかしげていた人も、その理由がわかったことでしょう。まだわからないという人がもしいたのなら、近くの大人にきいてみてください。

 その男は今でも絵を描いています。
 そして、私たちはきっとよく彼の絵に出会っていることでしょう。


(1999年著)


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