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プチ連載小説「カニが浮く」第5章
「明日はホリデイ」
「どんな気持ちの時もピアノはツンときれいな音を出すんだ。特に雨の日は」
彼女はピアノを軽く弾いていた。きっと雨を想っているんだろうな。僕は窓から外をながめる。今日は晴天だ。
彼女は冷蔵庫から氷を出してゴリゴリ食べはじめた。僕の水槽にもでっかいやつをひとつ入れた。水槽の水がじわじわひんやりしてゆく。僕はつめたい水の中をつるつる泳ぐ。なかなか気持ち良い。
ふっと視線に気がつき、岩陰にかくれると、彼女がこの間僕ごと落としてできた水槽のヒビの所をなでながら僕を見ている。
僕は細心の注意を払って様子をうかがっていたが、どうやら僕で遊びたいのではないらしい。僕はほっとしてそれからおかしくなってあぶくをひとつもらした(びっくりした時やおかしい時なんかプクっととびでてしまうのだ)。彼女はほんとにまるっきりなんにも考えてないようなカオをしている。
余程、ひまなようだ。
僕から見ればやることはたくさんありそうだけど。何かスコーンと抜けたカオしている。
しかもまたひとりごとを言っている。
人っていうのはよくひとりごとを言う。ここに来る人のうち何人かも誰かに言うでもなくしゃべっている時があるのを僕は知っている。
ブツブツ言う時もあれば、ばかにうれしそうにはりきっている時もある。僕はへんだなあと思うけれど、僕が時々もらすあぶくに似ているのかもしれない。
僕のあぶくは2種類あって、考えごとをしている時に思わずもれてしまうようなやつがもうひとつ。
これは、頭の中がくるくる自動的にまわり出すので非常に調子が良いやつだ。僕は目であぶくを確かめることができる。ひとりごとというのは目の変わりに耳で自分の頭を確かめているんだな。
彼女はやっぱりひとりごとを言いながら抜けたカオしている。そして又ピアノにすわり雨の音を弾き始めた。僕も又窓から外を眺める。
今日は晴天。
明日はホリデイ。
(1999著)