社会のレールから外れることを恐れるな! ー周りではなく自分自身を見つめろ!
みんな同じ生き方が当たり前の時代を生きてきて、ちゃんと学校に行き、ちゃんと卒業してちゃんと就職する、ということを無意識のうちに常識としてきました。その為、一部途中で不登校になってしまったり、学校を退学してしまったり、就職できなかったり、フリーターになったり等、「人生のレール」から外れてしまった人たちのことを差別的に見るような傾向があるように感じます。
「親のしつけが悪いからだ」
「本人にやる気がないからだ」
「いい年して、なんでぶらぶらして定職につかないのだ」
というような周囲の刺すような冷たい視線を感じるとすごく辛いですよね。でも、私は敢えて強く思っていたいです。
レールから外れる生き方を恐れるな、と。
レールに乗った生き方が当たり前とされていた時代は徐々に変化しつつある
今もまだ、新卒一括採用や年功序列等の日本型雇用は変わらず、大学や高校を一度卒業してフリーターになり、そのまま何年もいるとなかなか就職しづらい状況にあります。年齢によって求められるスキルがどんどん上がっていき、それに満たないと採用が見送られてしまいます。
だからこそ、皆卒業後フリーターになることを忌避し、一部の人は差別をします。定職せずにぶらぶら遊んでいる、努力しない怠け者だ、と非難もします。
でも、今は何が起きるのかわからない時代になりつつあります。テクノロジーの発展や、人々のライフスタイルの多様化等に伴い、トレンドが頻繁に移り変わり、また事業の平均寿命も3~7年ぐらいと言われ、常に変化にさらされている状態にあるともいわれます。
だからこそ、それら変化に対応できない人は、生き残ってはいけないのです。昔とは違い、今は正社員であっても安定とは言えなくなってきているのはその為です。どんな会社も、社長や社員に給料を払わなければならないのと、事業の継続の為には、常に利益を出し続けなければなりません。だからこそ、どんな人材の雇用も確保するというわけにはもういかなくなっているのです。
あの某有名自動車会社の社長でさえ「終身雇用はもう守れない」とハッキリおっしゃっていたそうですから、時代の変化を感じます。
レールから外れることで自分自身を見つめる機会が生まれる
みんなに追いつかなければと必死になっていたときは、とにかく置いていかれないようにと必死になります。自分自身のやりたいことよりも社会に求められているものは何か、その為に自分はどのようにふるまい、どのようにその環境に適応したらよいかと考えます。
でも、ひとたび集団を離れてみると、確かにはじめのうちは不安だらけでしょうが、だんだんと冷静になり、自分自身を見つめられるようになります。
今やろうとしていることは、本当に自分のやりたいことなのだろうか
みんなはああいう風に言っているけど、自分自身はどう感じるのだろうか
本当に、これをすることが最善なのだろうか
もちろんそれによって、悩みや葛藤も生じます。答えのわからない問題だから、当たり前です。でも、軸を周囲の人ではなく、自分自身に移しているから、慌てることも振り回されることもなく、じっくりと考えることが出来るのです。
レールから外れることで、面白くなることもある
私の周囲では、比較的「外れ者」と呼ばれる人も多く、私自身もそのような人に引きつけられていたので、そう感じるのかもしれませんが、レールから外れている人で、いわば変わり者の人の中には、面白い人がたくさんいます。
今まで常識だと思っていた価値観や考え方、生き方や姿勢などが180度とは言えないけれど、かなりずれていてまた尖ってものいる為、へえ!と頷くことができ、良い刺激にもなります。
天才には変わり者が多い!とは言われていますが、私達が普段気づかないところで新しい発想や知見、スタイルが生まれることって結構あるのだと思います。
また、彼らは普通の人以上に苦労してきてもいて、厳しい世間の中でたくさんたくさん揉まれてきてもいる為、バイタリティーに溢れていて、パワフルでもあり、元気を貰ったり、私自身もあの人たちみたいになりたい!と力強いモチベーションにもなります。フリーターは相変わらず世間では厳しい見方をされていますが、生き方によってはその経験を人生に生かすことが出来、場合によってはそれを活用して学校で子供たちに処世術を教えることも出来るだろうから、そのような機会が与えられないのは非常に勿体ないと思います。
世の中は理不尽で矛盾だらけ!だからこそ学校の勉強だけでなく生きる力も学ばなければならないと思います。
レールから外れることは、必ずしも失敗ではない!
生き方は一つではなく、無数にあるけれど、大人達の多くはそれを教えてくれません。というより大人達もまたそれを知らないのかもしれませんが。
良い学校を出て、良い会社に出ることだけが人生ではありません。私自身は、みんなと同じ場所でみんなと同じことをするのに、窮屈に感じることさえあります。学校だけでなく、会社に入っても厳しい競争は続き、ノルマをこなしたり、どんな上司や部下とも上手くやっていかなくてはならない等の縛りが多くなります。それが数十年も続くのです。(最近では、転職が当たり前になり、ずっと同じ会社にいるべきという価値観がだんだんと変化してきているようにも思いますが。)
そうすると思うのです。やっぱり会社に入るしかないし、やめるということはありえない。アートや俳優になるのはまず無理だし、起業や投資もハイリスク、フリーランスやフリーターなんてもってのほかだ!そう考えるごとに、やがては軸は自分から会社へと変わっていく。
でも、実際はどうでしょうか。会社に入るという生き方だけではありません。世の中には、レールから外れても成功している人がたくさんいます。不登校になった人や、中退した人など、社会からしたら「外れ者」と言われた人でも、自分自身の能力を活かし、また社会で求められていることも上手に把握して、活躍しています。
だからこそ、レールから外れることは、必ずしも失敗ではないと思います。むしろレールが、個人を縛り付けている場合だってあるのだと思います。
レールから外れることで、より自分の人生を真剣に考えて生きるようになる
もちろん、不安定な身分だと誰も守ってはくれません。フリーランスは依頼が来なければ仕事はずっとないままですし、フリーターはいつでも簡単に失業するリスクがあります。
けれど、そのようなリスクと日々向き合っているからこそ、自分の人生についてより真剣に考えるようになるのだと思います。危機感こそが、人間を刺激し、奮い立たせて飛躍させる。頭をフル回転させ、いつでも思わぬ事態が起きてもよいように準備するか、または今の状態から脱しようと必死になる為に様々な準備と行動を起こさせるのです。
不安定やリスクのある状態は決して悪いことばかいではなく、むしろ私達に生きる力を与えてくれるので、人生にとって大事なことだと思います。反対に、いつも守られていることが当たり前の状態ですと、よほど強いモチベーションがあるわけでもない限りは考えることがだんだんとなくなっていくことでしょう。だから、想定外のことが起きてしまうと、上手に対処できずに困ってしまうのです!
レールから外れることで、勇気を得てさらに成長することができる!
レールから外れるのは非常に恐ろしいことです。自分の身は、いつも自分で守らなければならないからです。また、周囲の自分自身に対する偏見の目もあるでしょう。
けれども、私たちはレールから外れることで、勇気を得ることが出来ます。世間はこう言っているけど、自分はこう生きるんだ!という強い意志も湧いてきます。
今自分に見えるのはリスクだらけで、不確実性だらけで、下手したら失敗して自分の将来をダメにしてしまう恐れだってある。だからこそ、挑戦することにしり込みもしてしまうのです。
人間は勿論夢だけでは生きていけません。必ず現実と向き合わなければなりません。でも、その夢はなにも現実からかけ離れたようなものばかりではありません。より、等身大の自分自身に近づけることで、実現できる可能性が高まることだってあるのです。
恐れていても、まずは、落ち着いて、ゆっくりと考えて。
周囲に振り回されず、自分だけを信じて行動することで、さらに成長します。
大事なのは周囲がどうこうではなく自分が何をしたいのか
私自身にも言えることですが、今まで数多く周囲に流されてきたようにも思います。その度に、自分は本当はこうしたかったんだ、なんで無理してあんなことをしたのだろうか、なんでみんなと同じにやろうとして失敗してしまうんだ、等と自分自身を責めたり反省したりしてきました。
でも、もうそれは少しずつ改めていこう。
戸惑い、傷つき、誰にも打ち明けられずに悩んでた。それをもうやめよう。ありのままの姿見せるのよ。 ありのままの自分になるの。
何が君の幸せ?何をして喜ぶ?わからないまま終わる、そんなのは嫌だ。
本気になれば自分が変わる!本気になれば全てが変わる!
軸は周囲の人ではなく、自分自身。レールから外れないように必死になってあがくのではなく、何が今の自分にとって必要なのか。自分自身と向き合うことが大事だからこそ、レールから外れることをもう恐れてはいけないのだと思います。
失敗したっていつでもやり直せる。何度でも立ち上がるのだから。