愛着育児と姿勢サポート:Babywearingの語源と2つの源流からの考察
Babywearing(ベビーウェアリング)とは
抱っこ紐やおんぶ紐などの道具を使って、だっこやおんぶして育児することをBabywearingと言います。
Baby Wearing ではなく、「Babywearing」で一つの単語。
この言葉はいつどこで生まれたのか知っていますか?
Babywearingの起源
ベビーウェアリングを、「だっこやおんぶすること」と捉えると、文化的伝統的なベビーウェアリングはアフリカや中南米をはじめとした地域で古くから行われていました。
日本のだっこおんぶ文化も、「伝統的なベビーウェアリング」のひとつと言えます。
各国の暮らしの中で当たり前にされているだっこやおんぶですが、
欧米の先進国ではベビーカーやベビーベッド育児が一般的です。日本でも欧米化や核家族化などの影響で時代と共に育児の形は変化してきていますが、現在でも出産準備品のひとつに「抱っこ紐」は当たり前に入っていて、赤ちゃんが生まれたら抱っこ紐でだっこやおんぶ、というのはごく当たり前な価値観です。
余談ですが、ドイツのBabywearing Schoolの校長先生が日本に来た際、街の中で当たり前に抱っこ紐を使ってでかけているたくさんの家族がいる様子をみてとても驚いたという話があったり、ベビーラップユーザーのママが欧米への海外旅行中、外出先でベビーラップでおんぶをしたら周囲の人に「Amazing…!!!」と言われたという話があります。
抱っこ紐を使う、赤ちゃんを抱っこしながら生活する、ということは、実は世界中で当たり前なわけではないのです。
話を戻して、
近代化の中でだっこの文化が廃れてしまった欧米では、愛着形成のために赤ちゃんを抱いて育児することの有用性を広く伝える必要があり、その研究が進んだと言われています。
では、文化の中でされてきた、子どもと生活するための知恵としてのだっこやおんぶが、現代の育児方法としての「Babywearing」になっていった分岐点はどこにあるのでしょうか?それはBabywaeringの起源から見えてきます。
Babywearing ひとつめの起源
1972年。ドイツのディディモス社を創業したエリカホフマンという女性が、メキシコの布レボゾで双子の我が子たちをだっこしたことが、現代ヨーロッパでのBabywearingのひとつの起源だと考えられます。
エリカホフマンは、ディディモス 社を創業したのち、1970年代半ばには、助産師、小児科医、スポーツ学者、行動生物学者などの専門家の協力を経ながら、一枚布の抱っこ紐Babywrap(織布ベビーラップ)のサイズや形、巻き方などを研究し始めました。
1983年には、ドイツの大学病院で織布ベビーラップが使用されています。
(>>>DIDYMOS History)
しかし、1970年代にはまだ「Babywearing」という言葉はありませんでした。
Babywearingの語源ともうひとつの起源
「Babywearing」は、1980年代初頭にアメリカでうまれた言葉です。
ハワイでスリングを発明した男性が、「アタッチメント育児」という用語を発明したシアーズ博士にそのアイデアを紹介。
シアーズ博士の妻で看護師のマーサが、そのスリングを育児に使用した中で「Babywearing」という用語を発明しました。
(参考>>>The History of Babywearing)
シアーズ博士夫妻は、1993年に発行した育児書「Babys Book」で愛着育児形成としてのBabywearingを紹介。2003年に日本でも翻訳版が発行されました。
現在日本で一般的に認識されている「Babywearingでのスリング」といえば、一枚布とリングでできたシンプルなリングスリングで赤ちゃんを縦抱っこするもの(写真右)ですが、この当時のスリングは写真左のようなタイプのものだったことが、調べていくとわかります。
そして、驚くべきことに、現在もシアーズ博士ファミリーのサイトでは、写真左のようなスリングを使っただっこの方法が紹介されています。(>>>こちら)
現代でもなお、このような方法が紹介されているということから、愛着形成を目的とした育児の方法としてうまれたBabywearingと、赤ちゃんの姿勢に関して研究がすすんだBabywearingは源流が違うのだということが考えられるのです。
(ここまでわかると、エリカホフマンやディディモス本社がいつからBabywearingという言葉を使うようになったのかが気になるところです。調べていますがまだ行き当たっていません。)
ふたつの起源から考えられること
私は、日本のベビーウェアリングについて学び、ディディモス日本代理店やドイツ本社のクラス、ドイツのベビーウェアリングスクールDie Trageschuleでベビーウェアリングについて学び、「Babywaering」の解釈についてずっと頭を悩ませてきました。
8年におよぶ葛藤はこちら↓
その葛藤は主に、赤ちゃんの姿勢に対する考え方に明らかな違いがある、というもの。
なぜこんなにも違いがあるのか、その違いや分岐点はいったいどこにあるのか私は考え続けてきましたが、Babywearingの語源とふたつの起源を知ったことで私の混乱はようやく解消しました。
整理すると、
◯マーサシアーズが言葉を作り、シアーズ博士夫妻が愛着形成育児の方法として提唱した『Babywearing』(以後「愛着形成型Babywaering」と表記)と、
◯エリカホフマンが研究し伝え始めた織布ベビーラップでのだっこおんぶの方法をもとにした『Babywaering』(以後「姿勢サポート型Babywearing」と表記)
Babywearingには大きくこの2つの源流があり、その源流により解釈が微妙に違うのだということが考えられます。
さらに調べていくと、世界で一般的に広まっているのは「愛着形成型Babywearing」だということがわかりました。
「愛着形成型Babywearing」では、安全基準として「TICKS」がベースになっていることが多いようで、赤ちゃんの抱き方や姿勢に関する言及は「姿勢サポート型Babywearing」に比べると厳密ではありません。
日本で広まるベビーウェアリングも、世界と同様に、この「愛着形成型Babywaering」だと考えると、私が感じてきた違和感にも説明がつきますし、Babywearing視点で開発されたという製品でも、姿勢に関する言及が少なかったり、根本的な違いがあることが納得できます。
「姿勢サポート型Babywaering」はドイツのDie Trageschuleの実践が少しずつ注目されはじめているものの、世界的に見ても珍しいものです。
ドイツで1990年代にDie Trageschuleが開校したことで「姿勢サポート型Babywaering」はさらに研究が進み、発達へのアプローチとしての専門性が高まり続け、現在も実践が重ねられているようです。
(ディディモス社とDie Trageschuleのつながりはいつからなのか、どのような流れでつながっていったのかなどもっと詳しく知りたいです。言語の壁もあってかコレという情報に辿り着けない…! 知っている人教えて!)
ドイツのBabywearing理論を軸に学習したものの、なんだかフワッとしている。と感じているみなさん。
Babywearingにはこのようなふたつの源流があるということがわかると、なんだか違和感がすっきりし、伝え方にも自信が持てるようになると思いませんか?
ベビーウェアリングの専門家や医療従事者にこそBabywaeringのふたつの側面を知ってほしい
日本では、Babywearingにはふたつの源流があるということが明確に知られないまま「ベビーウェアリング」が広まっています。
(日本では、と書きましたが、ドイツDie Trageschuleの実践が世界的にも珍しいということを考えると、世界でもそうなのかもしれません。)
でも赤ちゃんをだっこやおんぶする養育者の方にとっては、それはどうでもいいことだと私は思います。
養育者にとって大切なことは、赤ちゃんにとって安全で大人も快適に抱っこ紐おんぶ紐を使えること。理論的に専門的に学ぶほどのことではなく、育児の暮らしの中でのひとつの行為だからです。
ですが、その安全な方法がわからず、抱っこ紐も多様化し使い方が複雑だったり種類も多くわからないことだらけ、見よう見まねでやってみても赤ちゃんが泣いてしまう、などと困り、悩み、インターネットで検索したり、だっこ講座を探したりするわけです。
抱っこやおんぶの講座は、日本にはたくさんあります。抱っこ紐メーカー主催のものや、周辺分野の専門家の方によるもの、医療従事者や保育従事者が自身の育児経験やサポート経験から独自に考え出した方法論など、Babywearingとは違ったものもたくさんあります。
そんな中で、科学的根拠をもとにした世界基準のだっこおんぶの専門分野として「Babywearing」があるのです。
「愛着形成型Babywearing」は、養育者の日々の育児の大きな助けになります。窒息防止や健全な股関節の発育を促す姿勢や、安全な抱っこ紐の使い方がわかります。赤ちゃんとの愛着形成がより深まります。
「姿勢サポート型Babywaering」は、「愛着形成型Babywearing」にプラスして、取り入れることで赤ちゃんの発達にもう一歩踏み込んでアプローチできたり、状況によっては発達支援として活用できたりする専門的な方法です。
赤ちゃんの発達に合わせた姿勢を、抱っこ紐という道具を使って厳密にサポートしていくという、非常に専門的な内容です。
ドイツでは実際に、NICUや障がい児の発達ケアのひとつとして医療現場での実践が増えつつあり効果が確認されています。
(日本でもBabywearingを取り入れる訪問看護ステーションが1ヶ所あります。)
Babywaeringはこのように、愛着形成と姿勢サポートからの発達支援というふたつの側面があり、いずれにせよだっこおんぶに関して専門的ではありますが、学習機関によって、学ぶ内容が違うのです。
これまでにBabywearingを学んだ方は、自分が学習したものはなんだったのかを改めて振り返って整理してみてほしいですし、これから学ぶ方は、自分は何を学びたいのかを考え、自分のニーズに合った場所で学んでいってほしいと思っています。