『王の願い ハングルの始まり』は追憶の始まり
王さま、といったら浅草の老舗「餃子の王さま」、じゅんぷうです。
『ポンダンポンダン 王様の恋』ではユン・ドゥジュン(推しのひとり…)が演じていた朝鮮王朝の第4代国王・世宗(セジョン)。とめどない知的好奇心にきらめく頭脳、蹴鞠だいすきドゥジュンの熱く若き世宗とはもう完全なる別人、こちらは儒教に縛られ臣下のしがらみにも疲れ糖尿で視力も失いかけているソン・ガンホの老成した世宗でした。一部の上流階級だけが特権として漢字を読み書きしている現状と国の未来を憂い、偉大なる(ハン)文字(クル)「ハングル」を創製した世宗王の葛藤と苦悩を描いた『王の願い ハングルの始まり』(2021.6.25公開予定)を試写にて拝見しましたので、じゅんぷう的みどころをメモ。
1.避けて通れない『殺人の追憶』の追憶
『シュリ』『JSA』などソン・ガンホの作品は公開時からオンタイムでずいぶん見ていて、この2作も自分的にかなり上位ですが、なんといっても衝撃的だったのが『殺人の追憶』。80年代に韓国で実際におきた「華城連続殺人事件」をモチーフにした作品で、最近の韓国ドラマでも『愛の迷宮』や『シグナル』など、同じ事件を取り入れたものがちょこちょこあり、わたしの韓ドラ感想noteでも『殺人の追憶』はよく引き合いに出しています。
その『殺人の追憶』で、連続殺人犯を追い、事件に翻弄されるただただ熱い地方の刑事を演じたのがソン・ガンホ。やがて有力な容疑者として浮上する、つかみどころのない青年がパク・ヘイル。このふたりが『王の願い ハングルの始まり』で、ハングル創製のため力を合わせるのですね。おお~…見ながら心の中で喝采。パク・ヘイル演じるシンミは身分の低い仏僧ですが、サンスクリットなど多言語に精通していて、世宗王はそこに「表音文字」のヒントを見出すのです。
さらに『殺人の追憶』でソン・ガンホの恋人役だったチョン・ミソンが王妃に! 残念なことにこれが遺作になってしまいました。ちなみに2008年のKBS大河ドラマ『世宗大王』で世宗を演じたのは『殺人の追憶』でソン・ガンホとコンビを組む刑事役のキム・サンギョン。追憶の刑事ふたりが世宗。いつも飄々としているパク・ヘイルも、大人になったなとしみじみしました。
2.朝鮮における儒教の背景
中国で生まれた思想である儒教は東アジアに広まり、朝鮮では国教となって定着した。それゆえに中国に認められた小中華たり得たという背景があり、この映画では朝鮮における仏教徒は最下層。いくら王様でも、都に新たに寺を建てるなんてもってのほか。まして仏僧と一緒に、中国の漢字以外の朝鮮独自の文字を作っちゃおう、民衆にも読めちゃう字を作っちゃおうなんて、臣下にしたら「気を確かに!」な状態だということ。映画のはじまりは、日本から仏僧たちがやってきて貴重な仏典「八萬大蔵経」の原板を譲れと世宗に迫るシーン。室町時代に八萬大蔵経が日本に伝わったという史実からのエピソードだと思いますが、もはや映画の必要悪として見ましょう。儒学思想の臣下たちにとっても、朝鮮の仏教徒たちにとっても、とにかく彼らは絶対悪なんですね。
3.みんなの弟ウンドンさん!
パク・ヘイル演じるシンミの弟子といった立場の若い僧を演じているのがタン・ジュンサン。『愛の不時着』第5中隊のウンドンさんです。みんなの末っ子だったウンドンさん。とても澄んだ清らかな声でお経を唱えてくれ、作品中、唯一といってもいいキュンなサイドストーリーを担っています。そう、ここでも癒し担当です。
4.とにかくもう行ってみたい世界遺産
映画に出てくる八萬大蔵経の納められた伽倻山海印寺は、新羅時代に建てられたという古刹。韓国ドラマに景福宮などはよく登場しますが、ここはソウルから遠く離れた伽倻山の山深い場所。釜山から大邱に行って、さらにそこからバスで90分! それでも今も巡礼の人たちが絶えないそう。ツアーとかで行くのがいいかもですね。とにかくこの海印寺の歴史的な重みや、映画全体の美術や衣装すべて、派手すぎず深みが感じられました。
美しい世界遺産に行ってみたくなったのと同時に、知識の革命と言われるハングルのなりたちの紆余曲折に引き込まれました。母音と子音をそれぞれ1字ずつで表記して、読むときに組み合わせるという段階までできてきたとき、たとえば「n…a……ナ!」と、1文字読めたときのもどかしい喜びが、ハングル初級の自分と同期して楽しめた作品でした。