本の紹介文~多様性尊重への疑問~『正欲』朝井リョウ
多様性の尊重が叫ばれる社会であるが、とても人には言えそうもない性質を持った人はどうすればいいのか。本書は小説を通して「多様性」という言葉のもつ脆さと、多様性からこぼれ落ちるマイノリティの生き方に焦点をあてる。
多様性、ダイバーシティ、社会的包摂など誰もが生きやすい社会の実現を、本音と建前はありつつ、多くの個人、自治体、企業は掲げているが、その掛け声に違和感を持つ方にぜひ本書を手にとってほしい。
この小説は、就活生の苦悩を描いた『何者』で、最年少で直木賞を受賞した朝井リョウさんのデビュー10周年作品。現代社会を鋭く考察した上で、物語を作る著者が、今回は多様性に疑問を投げかける。
主要な登場人物は3人。容姿にコンプレックスを持つ女子大生で、ミスコンを廃止し、ダイバーシティをテーマに学祭を企画する実行委員の八重子。地方のショッピングモールで、秘密を抱えながら睡眠欲は裏切らないからと寝具店で働く夏月。息子が不登校になり、定められたラインを越えてはならないという社会正義の信念が揺らぐ検事の啓喜。ある特殊な欲をきっかけに、3人の人生は重なりあう。
「幸せの形は人それぞれ。多様性の時代。自分に正直に生きよう。」
「そう言えるのは、本当の自分を明かしたところで、排除されない人たちだけだ」
「きっと世界は、自分はまとも側の岸にいる、これからもずっとそこにいられると信じている人による規制が強まる方向に進むのだから。」
「それならば、今からでも、生き抜くために手を組む仲間をひとりでも増やしておきたい」
社会にはこんな問題があるけど、なかなか解決は難しいよねと話を終らせてしまいがちだが、朝井リョウさんは、迷いながらも道しるべを見せてくれる。多様性への空虚な称賛や、他者の分かってくれなさに戸惑ったり、静かに怒ったりする人を、本書は応援してくれる。
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