心理ネットワークアプローチの最新事情にいかに追いつくか? 継続的学習のためのリソースやディスカッショングループの紹介
※下記のエッセイは,『認知行動療法研究』48巻1号の特集「認知行動療法研究の新時代を切り開く研究法」上で樫原 潤・伊藤 正哉が執筆した論文「心理ネットワークアプローチがもたらす『臨床革命』―認知行動療法の文脈に基づく展望―」の補足資料です。
もともと,特集の特設ページで公開されていたものですが,「どうせならばもっと多くの人に読んでもらいたい!」ということで,noteでも公開することにしました。なお,このエッセイは,厳密な査読を受けた文章ではありません。引用などしていただける場合には,論文本体を引用していただくようお願いします。
はじめに
論文本体の冒頭に記した通り,心理ネットワークアプローチは近年急速な勢いで発展を続けています。その発展のペースは衰えを見せず,「重要なアップデート」と呼べる知見が査読前のプレプリントなどの形で次々と発表され続けています。そうした状況下で,「この論文も,査読が完了して出版される頃には『一昔前のまとめ』になっているんだろうなあ」とぼやきながらレビュー論文をまとめるのは,なんだかとても大変な作業でした。
私たちの論文を読んで心理ネットワークアプローチの概要を理解された方々も,新しい論文が次々出版される状況を目にすると,「自力で知識をアップデートしようにも,どこから手をつけて良いのかわからない」と途方に暮れてしまうかもしれません。そこで,このエッセイでは,心理ネットワークアプローチについての最新事情を今後効率よく吸収していただけるように,継続的学習に役立つ英語のリソースやディスカッショングループを皆様に紹介することにしました。
また,別記事に記した「臨床革命」のあり方を日本で実現していくためには,英語のリソースやグループを通じて知識を輸入するだけでなく,日本人同士で心理ネットワークアプローチについて気軽に議論を交わせる環境を整備する必要があるでしょう。そこで,本エッセイの末尾には,筆者らが最近運営を始めたディスカッショングループPsych Networks Japanについて紹介し,今後の展望を示しています。これらの情報提供がひとつの契機となり,心理ネットワークアプローチに興味をもつ人同士の「つながり (ネットワーク)」が日本でも広がっていくことを願っています。
英語のリソース・ディスカッショングループ
心理ネットワークアプローチを主導しているDenny Borsboom (アムステルダム大学) のグループは,研究論文を量産するのみならず,同アプローチについての知識や技術の普及に積極的に取り組んでいます。その最たる例が,同グループが半年に1回のペースで開催しているPsychological Network Summer/Winter Schoolです。このサマー/ウィンタースクールは,5日間フルタイムにわたって綿密に構成されており,心理ネットワークアプローチを初めて本格的に学ぶ人や統計解析ソフトウェアRに不慣れな人でも,一通りの分析をこなせるようになることを到達目標としています。その内容も,Borsboomグループの研究成果を反映して,回を重ねるごとに更新されています。
これらのスクールの資料は, OSFというプラットフォーム上ですべて無料公開されています (例えば,コロナ禍により初のオンライン開催となった2020年のサマースクールの資料は,https://osf.io/m9yz4/からダウンロードできます)。それらの資料は,概要の解説から分析実施上の細かなtips,Rを用いた練習問題と解答に至るまで,きわめて懇切丁寧に作られています。日々の業務などで5日間まとまった時間を取る余裕がない方でも,これらの資料を自分のペースで追いかけていけば一通りのことを理解できるようになっているので,ぜひご参照いただきたいです。
上記のサマー/ウィンタースクールは,「Borsboomグループのメンバーが,入門者向けに最新事情をまとめたもの」と位置付けられますが,もっと幅広く最新の知見に触れ,自分で発展的な学習を進めたい方もいるでしょう。そのような方におすすめなのが,Psychological DynamicsというFacebookグループ (https://www.facebook.com/groups/PsychologicalDynamics) です。このグループには,本エッセイを執筆した2020年11月30日時点で4,207名のユーザーが集っており,毎週切れ目なく何らかの情報交換がなされています。具体的には,各ユーザーが出版した心理ネットワークアプローチの論文紹介や,学会・シンポジウムなどの宣伝のほか,初学者からの素朴な質問などが投稿されています。それだけではなく,OSFから個人のブログに至るまで,Web上の豊かなリソースが頻繁に紹介されています。
OSFなどのリソースを活用するだけの学習は,どうしても「黙々とストイックに自習する」という雰囲気になりがちですが,Facebookグループではコメント欄から各ユーザーの人となりや熱量をうかがい知ることができ,一緒に同じアプローチを勉強している感覚を得ることができます。また,「いいね!」やコメントの数によって,「どの話題が盛り上がっているか」を視覚的に把握でき,「なかなか時間がないが,この論文だけは読んでみよう」などと最新情報の取捨選択がしやすい点もおすすめです。気後れさえしなければ,学習する中で生じた疑問をグループに投げかけ,Borsboomグループのメンバーを中心とした「第一線の研究者」と議論を交わすこともできます。ユーザー個人のニーズに応じて多様な使い方ができますので,ぜひ多くの方々にご活用いただきたいです。
Psych Networks Japanの紹介と,日本での今後の展望
ここまで紹介してきたリソースやディスカッショングループはすべて英語のものでしたが,筆者らは,「学習意欲が高く,英語でのやり取りもいとわない」という方々だけではなく,「まずはちょっと日本語で学んでみたい」という方々も参加できる場を広げていきたいと考えています。そこでまず筆者らは,他の心理学研究者と連携し,ビジネスコラボレーションツールSlackを活用したディスカッショングループPsych Networks Japanを立ち上げました。同グループには,第一著者の樫原 (better.days.ahead1121@gmail.com) にメールすれば,どなたでもご参加いただけます。現状では,グループメンバー各自がピンときた論文情報をゆるいペースでシェアしているだけですが,今後参加人数が増えていけば,心理ネットワークアプローチについての日本語Wikiページを有志で作成する,メンバー同士で学会シンポジウムを開催する,オンラインで気楽なトークイベントを開催するといったことも可能になりそうです。参加義務は特に設けず,気楽さを第一に運営していますので,ぜひお気軽にご連絡ください。
「臨床革命」というと大それた標語に聞こえますが,人と人の交流から生まれるエネルギーは本当に計り知れないものであり,日本からユニークな知見を発信して臨床実践に還元するのも決して夢物語ではないと思います。現状でも,樫原 (2019) による心理ネットワークアプローチのレビュー論文に対して松本 (2020) が認知臨床心理学の観点からコメント論文を発表していますが,今後は認知臨床心理学ともまた異なる観点からのコメントや,臨床実践に日々尽力されている方々の「生の声」を反映して,議論をさらに盛り上げていきたいと考えています。研究者・臨床実践者といった立場を超えて気軽に議論できるように,筆者らはできる限りのことをやっていきますので,ぜひ一人でも多くの方にご参画いただければ幸いです。
引用文献
樫原 潤 (2019). 精神病理ネットワークの応用可能性―うつ病治療のテイラー化を促進するために― 心理学評論, 62, 143–165.
松本 昇 (2020). 認知臨床心理学をいかに精神病理のネットワーク解析と融合させるか―樫原論文へのコメントと拡張― 心理学評論, 63, 121–126.