梅津和時・プチ大仕事2020「梅津和時、七尾旅人」

2020年3月8日(日)

新宿ピットインで、梅津和時・プチ大仕事2020「梅津和時、七尾旅人」。

一昨日に続いて、昨夜も新宿ピットインに「梅津和時・プチ大仕事」を観に行った。こういう事態なのでやはりキャンセルが多く出たはずだが、それでも席はほぼ埋まっていた。前夜と同じくこの日も会場側は万全を期し、喚起に気を配って、除菌スプレーの設置とマスクの着用をアナウンス。我々観客はマスクをしたままライブを楽しんだ。そして梅津さんは1部が終わって休憩に入る前に、「ライブハウスから文化は生まれます。だからここから感染させるわけにはいかない。ドアを開けて換気します。外に出るのも自由なので、よければいい空気を吸いに出てみてください」とも言った。

「プチ大仕事」の最終日であるこの夜のゲストは七尾旅人。出演は梅津さんと旅人のふたりだけ。ガチンコ共演だ。因みに梅津さんは毎年この「プチ大仕事」の1夜に七尾旅人を呼んでいて、今回で「もう10年目くらい」。旅人は「梅津さんと一緒にやるこのステージが自分の成長のバロメーター」と言い、「自分が還暦になっても梅津さんとやるって、さっき楽屋で約束しました。そのとき梅津さんは90歳だけど」とも言って笑っていた。

旅人は終始、梅津さんの横で演奏するのが本当に嬉しくてたまらないといった感じで、それを言葉にも出していた。「梅津さんの横で歌えるのが人生で一番楽しい。子供みたいにキャッキャはしゃいでいる自分がいる」と。もちろん梅津さんにもそういう気持ちがあるから毎年彼をこの公演に呼んでいるわけで、つまり互いに敬意を抱き、音楽家として心底信頼し合っている。それがよくわかった。まるで歳の離れた恋人同士のよう、とすら思えるくらい(笑)。

「セットリストはお渡ししてないんですよ」と旅人は言った。何を歌うかはわりと大雑把に自分で考えてはくるが、梅津さんに事前にそれを伝えてリハをしたりはしないそうだ。が、梅津さんは曲を感じてその場でサックスかクラリネットかを瞬時に選び、吹いてくれる。そこが凄いと言う。「驚いたのは、初めてライブで“across africa”という曲をおろしたとき、梅津さん、そこで初めて聴くのに、サックスでパオーンって象が鳴くみたいな音を吹いてくれて。しかもこうやって(象が鼻を上にあげるみたいに)吹いてて」。梅津さんはニコニコしながらそんな話を聞き、「ときどき曲が始まってから、“あ、こっちの楽器のほうがいい”って持ち替えたりもするけどね」と言っていた。

旅人がギターを弾いて歌い、梅津さんがサックスかクラリネットでそれに応える。息が合っているとかそういうレベルではなく、互いに相手の音(歌)を感じて瞬時に自分の音(歌)をそこで創造する。想像力と創造力。ああ、これが音楽というものだよなあと実感する。日本の抒情あるフォーク的な歌だったとしても、そのやり方はジャズ的とも言えるものだ。

どの曲がよかったというものでもなく、初めから終わりまでずっとこの瞬間・この場所1度だけの尊いものとして聴き入っていたのだが、それでも強いて書くならルー・リード「ワイルドサイドを歩け」に旅人が日本語詞をつけたアレがここでも面白かったし、「少年兵ギラン」、それから先に挙げた「across africa」が凄かった。梅津さんのサックスの響きで、レコードとなったものよりもずっと大きな景色がそこに立ち現れた感じがした。また、どの曲だったか記憶が定かじゃないが、旅人はコール&レスポンスも行ない、観客たちも徐々に大きな声を出して応えた。ライブとはこういうものだ。ステージの上と下とで作られるものだ。改めて書くまでもないが、そのときそこでしか生まれ得ないものがあるのがライブであって、とりわけライブハウスという場所でそれは成される。だからライブハウスが必要だし重要だし、なくてはならない場所なのだ。

新曲もいくつかあり、初っ端には歯の治療のためこのライブのあと休養に入る梅津さんのために書いたという曲も旅人は歌った。共演相手のために新曲を作ってその場で初披露する。そこまでするひとは旅人とチャボくらいじゃないだろうか(いつかこのふたりの共演が実現することを僕は夢見ている)。

「梅津さん所縁の曲も」ということで、ライブ本編の終盤、旅人はRCサクセションの「いい事ばかりはありゃしない」と「スローバラード」を続けて歌いもした。これまでいろんなひとの「スローバラード」をいろんなライブで聴いてきたが、これほどオリジナリティの強く出た「スローバラード」はなかなかない。旅人の歌うRCの2曲は完全に旅人の歌になっていた。が、だからといって清志郎が歌に込めた意図や思いが損なわれることはない。なんたってサックスを吹いているのは梅津さんなのだから。

アンコールで歌われた「東北」も胸の深いところにおちた。3.11震災を受けて、仙台出身の梅津さんが作曲、おおたか静流さんが作詞した美しい名曲。「会いたくて　会いたくて　名前を　呼びつづける」。梅津さん自身が歌唱したその部分で僕は落涙。もうすぐ3月11日だ。

そしてラストはやっぱり「Rollin' Rollin'」。僕たちも確かにそのグルーヴの尻尾をつかまえ、気がつけば時間は23時に。実に濃密な3時間。ライブはいい。何よりもいい。早くまたみんなが何の心配もなくあちこちのライブハウスに行くことができる日が来ますように。