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『ジョン・レノン 失われた週末』(感想)

2024年5月21日(火)

吉祥寺アップリンクで『ジョン・レノン 失われた週末』。

自分はビートルズの熱心なファンというわけではないので、8~9割が初めて知ることであり、驚きの連続。なので、めちゃめちゃ面白かった。

これを観るまで、ジョンの「失われた週末」とは即ち酒に溺れた非生産的な期間だったとばかり思っていた。が、そういえば『Walls And Bridges』と『Rock 'N' Roll』を作ったのはこの期間だったわけで。映画を観ればわかるのでここでは書かないが、ヨーコと別居していた1973年秋から75年初頭までの18ヵ月(それを「失われた週末」と呼んだのはジョン自身だった)には“非生産的”どころか、ミュージシャンとしてもひとりの人間としても非常に有意義な出来事、大きな意味を持つ出来事がいくつもあったのだった。

ということを自分は知らなかったし、そもそもメイ・パンという女性がどういう人なのかも初めて知った(ヨーコと別居中においてだけの愛人のような存在だとばかり思っていて、それ以上知ろうともしなかった)。またジョンとヨーコの別居の原因さえも自分は知らなかった。だから、繰り返すが驚くことばかりで、誰か脚本家が書いたドロっとした恋愛ドラマを見ているようでもあった。

20代前半のメイ・パンは、2024年の今の目線で非常にかっこよく魅力的に見える。中国系移民としてスパニッシュ・ハーレムで育ち、音楽(ロック)を愛し、暴力的な父親から離れて自分で好きな仕事を見つけ、厄介で未成熟な音楽業界のたいへんな仕事をスマートに(波風立たせず)次々こなしていく。ジョンとヨーコの世話仕事ばかりでなく、スケジュール調整、レコーディングまわりの手配と調整、プロモーション、制作コーディネイト……。22~23歳にしてしっかりそうした仕事をこなせる知性と意欲と柔軟さがあり、どんどんスキルをつけていくのだ。そうしてジョンにもヨーコにも気に入られ、それだけでなくシンシアやジュリアンにも優しく接する。自立していて、でしゃばらず、なんといっても気遣いの人のようなのだ。その上スラッとしていて、ファッショナブルでもあり(サングラスがいい)、ジョンと一緒にいるのがとても似合っている。この作品を観る限り、ジョンはずっとメイと一緒にいればよかったのに、楽しくて幸せだったろうに、と思えるし、どうしてヨーコの元に戻ったのか理解しづらい。そのくらい素敵で魅力的な女性なのだ(知らないが、この作品ではそのように伝えられる)。

一方、オノ・ヨーコは悪魔のようで、どの振る舞いも恐ろしい。何を考えているのか理解できない。この通りならば、好意的になど見れるはずがない。

ドキュメンタリーは、誰視点であるかによって変わるものだ。森達也の「ドキュメンタリーは嘘をつく」にある通り、”ドキュメンタリーとは世界そのものとの向き合い方であり、それは強烈なエゴに支えられた表現行為”だと言える。『ジョン・レノン 失われた週末』はメイ・パンが自分にとっての「真実」を語りたいというところから生まれた作品であり、いい悪いは別にして”エゴに支えられた表現行為”であるのは確かなこと。

だからこの作品を観て沸き起こった感情……メイはとても素敵な人だな、ヨーコは恐ろしくて嫌な人だな……という方向にそのまま流されてはいけないのだろうし、そこは注意深くありたいとは思う。どっちがよくてどっちが悪いとこれだけで決めつけるのはよくないだろうし、そもそも恋愛にいい悪いはない。ただ、ヨーコの元に戻ってからもジョンとメイは会って肉体関係も持っていた……というのが事実なら、今まで我々が受け取ってきたジョン&ヨーコのあの永遠の愛の理想像はなんだったのかと、それはどうしたって思ってしまう。メイとヨーコ、どっちがよくてどっちが悪いなんて決めつけたくはないけど、とりあえず「ジョン、何やってたんだ。ちゃんとしろよ」とは言いたくなってしまう。

かつて好きでよく曲を聴いたミュージシャンの、これまでとは異なる視点で描かれた映画がドキュメンタリーも含めていろいろ公開される昨今だ。それらを観て新しく知ることも多いが、その新しく知ることはいいことばかりとは限らない。むしろがっかり感が強まってしまう場合が昨今は多い。最近だと『プリシラ』を観て僕はエルヴィスのホモソーシャル性と幼児性(すぐカッとなる)を知ってだいぶひいてしまったし、『ボブ・マーリー : ONE LOVE』を観てリタに対するボブの態度(好き勝手に浮気しておいて攻められたら平手打ちをくらわす)にもだいぶひいてしまった(まあ ONE LOVEのあの平手打ちが実際にあったことなのかどうなのかはわからないけど、事実だとすれば”何がONE LOVEだ?!”という気持ちにもなる)。

『ジョン・レノン 失われた週末』を観て、そこまでジョンに不快さやがっかり感を強くもったわけではないけれど、やっぱりいくらストレスが溜まっていたときだったからといって妻に別の女性との行為を見せつけることとかまったく理解できず、昔と同じように『ダブル・ファンタジー』を聴くのはもうちょっと難しいかなと思ったりはするのだった。

が、こうして別の角度でそのアーティストを知るのがよきことであるのは間違いなく、なんたって『ジョン・レノン 失われた週末』は映画として相当面白い。ポールとの話もいい話だし、初めて聞くジュリアンの話(と幼い頃の彼の笑顔)にはかなりグッとくる。自分的には『ONE LOVE』の数倍おすすめです。


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