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interview: 長谷川友さんとKIDさん。プリンスと作品の魅力を解き明かす本を上梓したふたりに聞く

今年6月(プリンスの誕生月)、プリンスに関する本が3冊も発売された。長谷川友さんの『プリンス: ゴールド・エクスペリエンスの時代』(シンコーミュージック)、KIDさんの『プリンス オフィシャルディスク・コンプリートガイド』(星海社)、プリンスの近くにいたジャーナリストのニール・カーレンによる『プリンス FOREVER IN MY LIFE』(大石愛理 訳/ 東洋館出版社)だ。

2020年10月に発売された『プリンス: サイン・オブ・ザ・タイムズのすべて』(シンコーミュージック)の続編と言うこともできる長谷川友さんの『プリンス: ゴールド・エクスペリエンスの時代』は、1995年にプリンスが発表したアルバム『ゴールド・エクスペリエンス』(6月にリイシュー盤がSony Musicより発売)を軸に、レーベルとの契約更改と衝突、改名騒動、女性関係などの真相を洗い直しながら、多数の音源を徹底検証した研究書。読むほどにグルーヴが出てくる文体も、プリンスの音楽同様、入り込むとクセになる。

2020年1月に発売された『プリンス・ファミリー大全』(シンコーミュージック)に続くKIDさんの『プリンス オフィシャルディスク・コンプリートガイド』は、プリンス公式発表作品全99タイトルを公平かつ精緻に紹介したもの。愛情を込めながら平易に書かれた文章は、プリンスのファンならずとも理解がしやすく、オビにもあるように、まさしく「膨大かつ変幻自在なプリンス楽曲群へのゲートとなる、入門書にして決定版」だと言える。

1995年以降の入手困難なプリンスのオリジナル・アルバムをSony Musicがフィジカル発売していくカタログ・リリース・プロジェクト「LOVE 4EVER」が2019年にスタートする際、担当者から「熱心なプリンス・ファンの人以外にも広く作品を届けるにはどうすればいいか」と相談を受けた自分は、全作品、新しいライナーノーツ、新しい歌詞対訳と共に、対談を付けるのはどうかと提案させていただいた。音楽評論家や(自分のような)音楽ライターよりもプリンスに関して遥かに詳しく、計り知れない愛情を持って作品群に接している方がおられることを知っていたし、そういう方々ならではの視点や知識が反映された対談があれば、これからプリンスを聴こうという人も入っていきやすく、また熱心なファンにも新しい情報を届けることができると思ったからだ。そこでどなたにご登場いただくのがいいかと考えた際、すぐに思い浮かんだ何人かのうちのふたりが、長谷川友さんとKIDさんだった。

かつて「beatleg magazine」(1998年12月~2015年12月)をたまに買って読んでいたので、そこでレビューを書かれていた長谷川友さんの度を越したほどのプリンス愛と知識にはずいぶん前から唸らされていたし、映画『サイン・オブ・ザ・タイムズ』のパンフレットの文章からも熱が伝わっていた。何かのライヴで会って話したことはあったが、じっくり話したことはなかったので、いい機会だと、まず『プラネット・アース ~地球の神秘~』(CDとLP)で対談させていただいた(形式上「対談」としているが、実際は友さんやKIDさんのようなお詳しい方に自分が話を聞いてまとめるというものだ)。そしてアナログ盤のみの『レイヴ・アン2・ザ・ジョイ・ファンタスティック』『レイヴ・イン2・ザ・ジョイ・ファンタスティック』『カオス・アンド・ディスオーダー』(CDとLP)でも対談し、『ザ・ヴェルサーチ・エクスペリエンス』(CDとLP)のときは、非公式ブツ・未発表ブツに関する友さんの桁外れの知識量に圧倒されもした。

長谷川友さんとの対談が付いた5作

KIDさんが運営されているプリンスのファンサイト「NPG Prince Site」は、プリンスファンのひとりとして以前からよく見ていた。プリンスに関して何かを書く際、あれってどうだったかな?と検索すると、もっとも詳しくてわかりやすい答えがいつも「NPG Prince Site」に書いてあった。ほかの何よりも詳しく、理解しやすく、かゆいところに手が届いたのが「NPG Prince Site」だった(もちろん今もそうだ)。好きなら知っていて当たり前という態度を取らず、知らない人に優しくわかりやすく教える、そういうKIDさんの文と情報整理の仕方を素晴らしいと思っていたので、アナログ盤の『ワン・ナイト・アローン…』『ワン・ナイト・アローン…ライヴ!』『ワン・ナイト・アローン…ザ・アフターショウ:イット・エイント・オーバー!』、そしてその3作をまとめてライヴDVDも付けた4CD+DVD『アップ・オール・ナイト・ウィズ・プリンス』がリリースされる前に初めてお会いして対談した。また、今年6月の『ゴールド・エクスペリエンス』でもその時代のことと収録楽曲について詳しくお話いただいた。

KIDさんとの対談が付いた5作
下はKIDさんが運営する「NPG Prince Site」

そうした流れもあったので、友さんとKIDさんの新しい本がどちらも6月に出ると知り、またおふたりに話を聞きたいと思った。本の話をしながら、同時にプリンスについての興味深い話もきっと聞けるだろうと思ったのだ。そして、せっかくなら別々ではなく、Zoomで3人で話ができたら面白いなと考えた。それをまとめたのがこの記事である。そこそこ長文だが、改めておふたりのプリンス愛と本にした思いを感じていただければ幸いだ。

インタビュー・構成/内本順一

*後半では、おふたりの「私とプリンス」話、そしてKIDさん、友さん、内本がそれぞれ選んだ「読んでおきたいプリンス本」(5冊ずつ選出)の紹介もあります。記事をご購入いただいて読んでもらえると嬉しいです。

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(左) 『プリンス:ゴールド・エクスペリエンスの時代』長谷川友
(右)『プリンス オフィシャルディスク・コンプリートガイド』KID

執筆に費やした時間と、コンセプトが決まる経緯

ーーおふたりの新刊が発売されてから数週間が経ちましたが、反響に対してどのように感じていますか?

KID: エゴサーチをしてみると、僕の本は「新書だから持ち歩けていい」という感想があって、それはよかったなと。あと、今回はKindle版も出たので、「どこでも読めてありがたいです」という感想もいただきました。ありがたいですね。

ーー確かに新書であることがいいですね。Kindleもそうだけど、移動時に読めるというのは大きい。友さんはどうです?

長谷川友: 多くの方に読んでいただけてありがたい限りなんですけど、出てしばらくは、間違っているところがあるんじゃないかと考えると怖くて仕方なかったです。夢を見ちゃうくらい怖かった。校了した日から夢を見だして、発売されてからまた2週間くらい夢を見続けました。1冊目の『プリンス: サイン・オブ・ザ・タイムズのすべて』が出たときにはエゴサーチしたりもしたんですけど、今回は怖くてそれもしていない。でも、やるだけのことはやったし、と自分に言い聞かせています。

KID: 夢を見るのは僕も一緒ですよ。未だに自分の本をまじまじと読み返せないですから。

長谷川: ですよね。僕の本はCD『ゴールド・エクスペリエンス』と発売日が一緒だったので、(ブックレットの)内本さんとKIDさんの対談を読むときが一番怖かった。それによって僕の間違いが見つかったらどうしよう、みたいな。震えながら読みましたよ。

ーーそれぞれ、どのくらいの時間をかけて書かれたんですか?

KID: 僕はけっこう長かったですよ。去年の9月にお話がきまして、まずは書くにあたって下調べをする必要があったので、それをして。2016年(*プリンスが逝去した年)以降、いろんな人がプリンスについて喋ったり書いたりしているので、それも踏まえた上でとりあえず文字数関係なくダーっと書くことを年末までにやったんです。で、今年に入ってから1作品毎の解説をギュッと詰めていって、3月の段階である程度形になって、それから1ヵ月ちょっとかけて文字数の調整をした。下調べから数えると半年くらいかかっています。ハセトモさんはすごく短期ですよね?

長谷川: ただ書き始める前に、『クリスタル・ボール』(のリイシュー)が出るかもしれない、『ダイアモンズ・アンド・パールズ』のスーデラ(*スーパー・デラックス・エディション)が出るかもしれないと、いろいろ噂が飛んでいたので、書く用意だけはしていたんです。そんななかで『ゴールド・エクスペリエンス』の話が出てきたのが確か2月だったかな?   それも、もしかするとスーデラが出るかもしれないと。そのあたりで(シンコーミュージック書籍編集の)荒野さんから「ゴールド・エクスペリエンスで書いてみませんか?」という話をいただき、『ゴールド・エクスペリエンスの時代』というタイトルも仮でいただいた。「時代」というふうにすれば、結果的にスーデラが出なかったとしても、書けることはいろいろあるし、荒野さんもそれを見越して提案してくださったわけです。で、「じゃあ書き始めます」と返事して、そこから短期集中。結局スーデラではなかったけど、実質2ヶ月くらいで書きました。

ーーすごいですね。

長谷川: でもKIDさんはお仕事をされながら書かれているわけですけど、僕の場合、その2ヶ月は本を書くことだけに集中してますから。

ーーKIDさんの今回の本のコンセプトはどういった経緯で決まったんですか?

KID: まず、去年の夏くらいにラッパーのKダブシャインさんが僕のツイッターをフォローしてくださったんですね。僕はKダブさんがプリンスのファンだということを知らなかったので、どうしてフォローしてくださったんだろう?と思っていたんですけど。そうしたらあるとき、「このニュース、知ってますか?」とプリンスのことでリンクをくださった。やり取りしていたら、「実はプリンスの大ファンで、若いときにファースト・アベニュー(*映画『パープル・レイン』の舞台にもなったミネアポリスのライブスポット)にも行ったことがあるんだよ」と。それで「KIDさん、本書かないんですか?」と聞かれまして。そんな流れから、Kダブさんがよく知っていらっしゃるという星海社の編集の方に繋げてくださったんです。聞けば、星海社の編集の築地さんと社長さんのおふたりともプリンスのファンだということで。それで後日、編集の築地さんとZoomでお話した際、Kindleで文章を読みながら出てきた曲をAmazon Musicで聴けるという本を企画したいということで、それは面白いなと思って。そこからやり取りするなかで、プリンスの全てのアルバムを紹介したいという話になり、じゃあディスク・ガイドを作りましょうということになったんです。

ーー6月は友さんの『プリンス:ゴールド・エクスペリエンスの時代』、KIDさんの『プリンス オフィシャルディスク・コンプリートガイド』、そしてニール・カーレンの『プリンス FOREVER IN MY LIFE』と、3冊もプリンス関連の本が出ました。その上、CDもシラキュースのライヴ(『プリンス&ザ・レヴォリューション  ライヴ1985』)と『ゴールド・エクスペリエンス』のリイシュー盤が出て、それぞれに英文解説の翻訳や新ライナーノーツ、対談記事が付いていて。プリンスに関する公式の文章がひと月の間にこれだけたくさん出る2022年ってすごいなと、僕は思ったりもしたんですよ。

長谷川: そうですよね。昔じゃ考えらないですよね。

KID: プリンスが亡くなった2016年にも、何冊も追悼本が出たじゃないですか。でも僕は、買いはしたけど、そのときは辛くて読めなかったんです。その頃に本の話がきても、「今はちょっと…」とお断りしていたと思う。たぶん、辛くて冷静に書けなかったと思います。そこから時間が経ったから「書こう」という気持ちにもなれた。ただ、初めは「4月に出しませんか?」と言われたんですけど、出すなら6月(*プリンスの生誕月)がいいですと言いました。そこはどうしても譲れなかったですね。

執筆する上で心掛けたことと、文体について

ーー『プリンス オフィシャルディスク・コンプリートガイド』は、全オリジナルアルバムが4ページずつ平等に紹介されています(*ベスト盤6ページ、リイシュー盤2ページなど例外もあり。映像作品は全て2ページ)。つまり1作品毎の文字量が予め決まっているなかで書かれている。それ故の書きやすさ、あるいは難しさもあったんじゃないかと想像するんですが。

KID: そうですね。文字数が大体決まっているので、自分でブレーキをかけながら書く。でも初めから抑えすぎるのもよくないから、先に全作品を1.5倍くらいのボリュームでダーっと書いて、あとで削って整えました。

ーー作品によってKIDさんの思い入れも違うでしょ。例えばこの作品のことは5000字くらい書きたいけど、この作品はそれほど書くことないな、みたいなところもあったんじゃないかと思うんですが。

KID: それはやっぱりありますよね。あの時期は夢中だったので熱が入るけど、この時期はそれに比べると……みたいなところは自分にもある。けど、作品によって熱量を変えないようにしよう、意識して均一化しようと心掛けました。読む人によって好きな時期は当然違うわけですから。『パープル・レイン』の頃に一番聴いたという人もいるでしょうし、その頃より『ゴールド・エクスペリエンス』の時期のほうが好きだという人もいるでしょうし。ある作品についてネガティヴなことを僕が書いたとして、そのアルバムが一番好きだという人がそれを読んだら悲しい気持ちになると思うので、そういうことを書かないようにするというのは初めから決めていたことでした。

ーー熱の抑制加減、バランスが素晴らしいですね。とにかくどの時期、どの作品に対しても公平であるという。

KID: 当時は評価が低かった作品でも、時間が経って聴き返すことでプリンスの意図がわかるとか、評価が変わるってところもあるじゃないですか。例えば『カオス・アンド・ディスオーダー』は、出た当初は短期間で作った雑なアルバムみたいな言われ方をされていたけど、実際はそうじゃないよと。そこは(リイシュー盤の)荒野さんのライナーノーツにも、内本さんとハセトモさんの対談にも書かれてありましたけど、そうやって今の視点、今ある情報から公平に評価することが大事だと思ったので。

長谷川: そういう意味で、再発プロジェクトは意味のあることですよね。出たそのときには情報があまり入ってこなかったけど、それから年月が経って、いろんなことが解明されて、その上で再評価するっていう。

KID: そう思うんですよ。情報が少ないなかで書かれていた当時のライナーも、それはそれで面白かったけど、実はあれってこうだったんですよとアップデートしていくことは、すごく意義のあることだと思うんです。

ーー友さんが『プリンス:ゴールド・エクスペリエンスの時代』を書くにあたっては、まず「ゴールド・エクスペリエンスの時代」とはどこからどこまでを指すかの定義が難しかったんじゃないですか?

長谷川: まさにそれが難しかったところで。プリンスという人は大抵の場合、2年くらい先を見ながら音楽を提供していましたから。もちろんジャストのタイミングで出すこともありましたけど、それよりも作って2年くらい経ってから出ることが多かった。タイム感のズレがある。だからプリンスにとっての「ゴールド・エクスペリエンスの時代」がいつから始まったかも明確じゃなくて、ある意味では『ダイアモンズ・アンド・パールズ』のときには始まっていたんじゃないかとか、いや、もっと前から遡る必要があるんじゃないかとかしばらく考えて。ただ、そこで悩みすぎると、もう書けなくなっちゃうんですよ。

ーーわかります。『ゴールド・エクスペリエンス』の僕とKIDさんの対談も、実際はもっと前まで遡って話したんですが、原稿をまとめるにあたってはNPGのスタートを起点とし、そこから辿っていく形にしました。

長谷川: そうなりますよね。僕も『ダイアモンズ・アンド・パールズ』のことや『ラヴ・シンボル』の話も説明したくてしょうがなかったんですけど、そうなると収拾がつかなくなるなと思って。『ラヴ・シンボル』の深掘りだけで平気で1章分使いかねないので、あえて無視して「契約」のところから始めることにしたんです。

ーーそこから始めて、どこで終わるかも決めた上で書きだしたんですか?

長谷川: 最初、僕は『クリスタル・ボール』まで書きたかったんですが、荒野さんから「そのへんは今回はいいんじゃないですか」と言われて。実際書き始めたら、『カム』のあたり……どころか、93年9月7日の「ザ・サクリファイス・オブ・ビクター」の最後のライヴまでで100ページ書いていたんです。『ゴールド・エクスペリエンスの時代』だから『ゴールド・エクスペリエンス』のことをしっかり書かなきゃいけないのに、『カム』のほうでかなりのページ数を使っちゃって、自分の構成力を疑った。ただ、僕はやっぱりストーリーを重視したかったので、こういう終わらせ方をしようというのはあったんですよ。どういう終わらせ方かというと、本編での終わりとコラムでの終わりの2パターンを用意するという方法で。僕なりの結論をふた通り作ってみた。そこは自分なりに凝ったところですね。

ーーそれから文体に関してですが、そこにもそれぞれの特徴がよく表れていますね。KIDさんは非常に平易に書かれている。情報もわかりやすく整理されていて、プリンス初心者にも読みやすいし、入ってきやすい。かといって内容が薄いわけでは決してなく、マニアも唸るような情報や解説がさりげなく盛り込まれてもいます。

KID: もともと仕事柄、ソフトのマニュアルを書くことが多かったので、わかりやすく書くことには慣れていたんです。本のコンセプトとしても、知らない人にアルバムを聴いてもらえるようにするというのがあったので、読みやすく書くのは大前提でした。あと、僕らのようなプリンス・ファンだと、つい端折ってしまいがちなんですよ。例えばロンダ(・スミス)とかレナート(・ネト)とか、SNSでやり取りしているプリンス・ファンの人とだったら名前だけで通じますけど、知らない人は当然知らないわけだから、楽器のパートも書いてわかるようにする。そこは心掛けました。

ーーウェンディ&リサやシーラ・Eだったらわかるけど、ロンダやレナートとなると……っていう人も少なくないでしょうしね。

KID: そう。あとは、読むときに初めから順に読むんじゃなくて、自分の好きなアルバムから読む人も多いだろうと思ったんですよ。なので、どこから読んでもいいように、そのアルバムの書き始めに前作の終わりのことも粗筋としてちょっと入れたりして、入っていきやすくすることも意識しました。それから「併聴・併読のススメ」というコーナーを設けて、これを聴くならこのへんも聴いておくといいですよという作品も紹介することにした。

長谷川: いやぁ、素晴らしいなぁ。

ーーそうした工夫と配慮があることで、プリンスに興味さえあれば誰もが読める親切なガイドになっていると思います。一方、友さんの本は、「ついてこれるやつはついてこい」というような書き方で。

長谷川: あははは。いやもう、まさしくその通りなんですよね。僕もKIDさんみたいな考え方をすることはするんですよ。でも、どうしても突っ走っちゃって、ああいうふうに書いちゃうんです。

KID: いやいや、あれがいいんですよ。

長谷川: 言うなれば、僕は砂場でひとりで延々穴を掘っている感じ。それを後ろから保護者のように見ているのがKIDさん、みたいな(笑)。ある人から見たら「なにをあいつはずっと堀り続けているんだ? 」って感じだと思うんですけど、でも、ひとりで掘り続ける楽しみっていうのもあるわけですよ。その楽しみを知ってほしいというか。その掘ったものを見た人が「おおっ!」って思ってくれたらもっと嬉しいというか。海外にもやっぱり、そうやってひとりで深堀りを続けている人がいるわけですよ。そういうなかでの、ある種の競争じゃないけど、僕はこういう視点でここまで掘りましたよというのを見せていきたいところがあって。なのでこれは、ある程度プリンスを知った人にとっての、さらなる奥の細道みたいな本で。

ーーKIDさんはバランスを考え、整理してわかりやすく書く。それに対して、友さんはとにかくものすごい熱量で勢いよく書く。その面白さがある。

長谷川: だって僕、話しながら書いてますからね。言葉に出して書いているんですよ。

KID: ハセトモさんは、曲の紹介でも「ギュウィ~~ン」とか擬音交じりに書かれていて、僕はそこがツボなんです。

長谷川: レトリックがなくて、ギュウィ~~ンとかギュワ~~ンとしか書けなくて(苦笑)

ーーあと、歌詞を友さん流に訳すのがいいですね。プロの翻訳家の方は絶対やらない友さん文体で書くでしょ。特に性描写が最高。おちんちんがどうのこうのとかまで書いていて(笑)、プリンスがその歌詞で何を描写して何を言いたかったかがよくわかる。

長谷川: 書いちゃいますね(笑)。だって結局プリンスはそこを言いたいんでしょ? ってことなので。KIDさんはそこはセーブなされてるけど、僕は真逆で、はっきり書く。僕が書かなきゃ誰が書くんだってことですから。

KID: そこまで振り切れないのが僕の弱点だなと自分で思います。

ーーいや、そこは誰もKIDさんに求めてないですから(笑)。

KID: ははは。そうだろうなとは思いつつ。やっぱり今の時代にこういう書き方するとアレかなとか、ひとつひとつ考えますね。

長谷川: 僕はコンプライアンスはまったく気にせず書いてます。考えてないわけではないけど、書きたいという衝動には勝てないというか(笑)

何を書いて、何を書かないか

ーーKIDさんが『オフィシャルディスク・コンプリートガイド』を執筆するにあたって苦労されたことは、どんなことですか?

KID: これはハセトモさんも一緒だと思うけど、もともとの自分の記憶や記録と、2016年以降にいろいろ出てきた新しい説とのすり合わせですね。これはどっちが正しいのかな、とか。そのすり合わせのために、海外のネットの情報を改めて見たり、当時のニュースを読み返したり。昔のもののアーカイブなんかも今はいろいろあるので、書いていて引っ掛かる度にもう一度あたって確かめました。

ーー都度、ご自身のNPG Prince Siteも見直して。

KID: そう。僕がサイトを作ったのは99年なんですけど、その頃からの掲示板も残してあって、タイムスタンプが全部残っているんですよ。だから何年何月何日にこういうニュースが出たとか、いろんな人の書き込みも残っていて、それは助かりましたね。「PRINCEVAULT」(*プリンス作品の録音日や発売日、ライヴデータなども網羅するプリンス辞典的なサイト)には載ってないけど、うちのサイトには書いてあることもたくさんあるので。あの頃に投稿してくださったみなさんに感謝しています。

ーーそうしてあれこれ辿ると情報量が多いだけに、その取捨選択も肝心になってきますね。

KID: そうなんですよ。ターゲットとしている読者の幅が広いだけに、情報過多にならないようにしようということも意識しました。その都度、入れ込む割合を考えながら書いていく。あとは、昔からのファンが読んだときに「これ、とっくに知ってるし」っていう情報ばかりだとよくないので、最近はあまり言われなくなったこととか、新しい情報なんかも混ぜていく。例えば『フォー・ユー』とか『愛のペガサス』の頃のプリンスにキム・アップシャーというカノジョがいた話は、ほかのプリンス本にもほとんど書かれていないんです。カノジョの話となると、大抵はヴァニティからで。でもキムに対する感情から書かれた曲も『愛のペガサス』に入っているので、触れないのもおかしいだろうと思って書きました。因みに、これは文章の量もあって書かなかったけど、ヴァニティが2016年2月に亡くなったじゃないですか。実はその前の2015年11月にキム・アップシャーも亡くなっているんです。で、ピアノ&マイクロフォンのライヴでプリンスがヴァニティが亡くなったことに触れて曲を弾いたときがありましたけど、その報道があったときにジル・ジョーンズが「いや、あれはヴァニティだけのことじゃなくて、キムのことも言っている」とFBに書いていたんですよ。それもあったのでキムのことに触れないわけにはいかないと思って。まあ、そんな感じで、ポイントポイントであまり知られていない情報を入れ込みながら書いていきました。ただ、ひとつのことを書くときに100%断定的に書くのではなく、あえて80%くらいにしておくことも意識しましたね。あとの20%はそこに引っ掛かった人が自分で調べてくれたらいいなと思って。

ーー読者が自主的に調べたくなる余地、または想像を膨らませる余地を残しておくということですね。

KID: そう。それもあって、自分の感情は書かずに、事実だけを書くようにしているんです。一回ね、「レッツ・ゴー・クレイジー」の話を書きながら、”2016年のエレベーター”のことを思いだしてしまったんですよ(*プリンスは自宅を兼ねたペイズリーパークスタジオのエレベーター内で意識不明の状態で発見され、死去した)。「レッツ・ゴー・クレイジー」の歌詞の「エレベーター」は「悪魔」の比喩で、悪魔に引きずり落されそうになったら高い階、つまり神のほうを押せというようなことですけど、どうしてあのときプリンスは上を押さなかったんだろうと考えてしまって。それを書くと自分の感情が爆発しそうだったから、エレーベーターの意味の説明に留めて、あとは読み手にお任せしますというふうにしたんです。

ーーニール・カーレンの『プリンス FOREVER IN MY LIFE』は、まさにそのエレベーターの話から始まっていますね。

KID: 僕にはああいう書き方は絶対にできない。あの人はプリンスの近いところにいたジャーナリストとして書いているんでしょうけど。僕はあくまでもプリンスのサイトの管理人として書く。肩書はどうしますか?と言われるときに、僕はいつも「サイトの管理人」としてくださいと言っているんです。僕は研究はしていない。あくまでもサイトの管理人としての立場で公平に書く。ハセトモさんは研究家としてマニアックなところを追求し、それを文にする。だから独特の視点が入ってくる。それぞれがそれぞれの立場で書いていて、そうやっていろんな視点があることが健全であると思うんです。

ーー友さんの『ゴールド・エクスペリエンスの時代』は、90年代のプリンスを捉え直す意味で、これ以上のものはもう出ないだろうというぐらいの検証本だと思いました。ゴールド・エクスペリエンスの時代とはどういう時代かというと、要するにプリンスの長いキャリアのなかで最も混沌としていた時代、わかり辛かった時代であるわけで。そこを友さんなりの視点、角度から明らかにするというのが主目的だったんじゃないかと。

長谷川: スーデラが出ればもう少し解明できたと思うんですが、結局出ていない。だから、ある程度あるマテリアルから推測できる範囲で書いたわけですけど、結論というよりは、ある種の問題提起をしているところもあるんです。あの頃はインターネットの黎明期ですけど、まだプリンスと受け手の間にタイムラグが発生してしまっていた。プリンスはファンとの接触を密に取るようになってもいたけど、まだ不器用さがあった。そうしたなかで、僕なんかはあとから気づいたことがたくさんあって、それをもう一度自分なりに再検討して書きました。僕は1994年から「GOLD WAX」という雑誌でブートレグ(*海賊盤)を聴いてレビューを書いていたんですが、そのときにプリンスの新曲をいち早く聴くことができた。情報は少なかったし、錯綜していたけど、22~23歳だった自分は興奮しながら書いていたわけです。で、その頃の錯綜していたところを、新しく加わった文献も洗い直しながら、現段階としてはこれはこういうことなんですよという僕なりのストーリーを作ってみた、ということなんです。

ーーそれをするにあたって、とりわけ女性とプリンスとの関係性をかなりフィーチャーしているのが特徴だし、なんといってもそこが面白い。ある意味、”女性関係から紐解く90年代のプリンス”という言い方もできますよね。第1章からカルメン・エレクトラとの関係についていろいろ書かれていて、こんなにカルメン・エレクトラの話が出てくる本はほかにないよなと思いました。

KID: ほんとですよ。ハセトモさんの本を読んでカルメンのCD買った人、絶対いると思いますよ。カルメンとか、ノーナ・ゲイとか、モニー・ラブとか、改めて聴いてみたいと思った人は多いと思います。


長谷川:
 僕がプリンスと女性とのことをどうしてこんなに書くかというと、女性読者に対してのアピールでもあるんですよ。結局、恋バナとかって盛り上がるし、面白いじゃないですか。僕も好きですし。なので、むしろそこを主軸にしたいぐらいの気持ちもありながら書いていました。カルメンしかり、ノーナ・ゲイしかり、普通はそこまで触れないでしょってところを書く。それが僕です、っていう。

KID: カルメンとの「アイ・ヘイト・ユー」の経緯とか、「パワー・ファンタスティック」のアンナ・ガルシアのこととかも書いてあって、やっぱり凄いなハセトモさんって思いましたよ。

ーー恋バナというより、ほとんど性バナですよね。そこをしっかり書く。

長谷川: あの時代はまだ若いですからね、プリンス。エホバに入る前でもあるし、”オンナは芸の肥やし”じゃないけど、80年代から一貫してそれをやってきて、で、いよいよ年貢の納め時じゃないですけど、マイテと結婚するわけじゃないですか。その流れはやっぱり書いておきたかったので。

ーー性に関して露骨に表現していた時代のプリンスに対して、あの頃はちょっと…と否定的に見る人は少なからずいる。でも真面目に言うと、性に対する切実な希求みたいなことがプリンスの場合は社会にも世界にも接続していたし、ときには地球規模の大きなメッセージに繋がることもあった。つまり性的なことを避けてプリンスを語りきることなんか絶対できないわけで、「友さん、よくぞここまで書いてくれました!」と思いましたよ。

長谷川: そう言ってもらえると嬉しいですね。プリンスって、要するにそういうアーティストってことでもあるので。

ーーそれから、何々ヴァージョンと何々ヴァージョンの違いみたいなことを、友さんは詳細に書くじゃないですか。同じ曲でも何々ヴァージョンは何分何秒長いとか、別の音、別の言葉が入っているとか、アルバムで発表される以前に初出はどこどこだったとか。そういうのってプリンスに限っての興味なんですか?  それともほかのアーティストでもそういうところが気になるわけですか?

長谷川: プリンスに限ってですね。結局それも、「プリンスとは要するにそういうアーティストだから」ってことになるんですけど。つまりいろいろ違うヴァージョンがあって、それが後々公式のアルバムのヴァージョンへ昇華されるということがよくある。未発表アルバムもいっぱいあるし、それがあってのプリンスなので、そこを説明しないことにはプリンスの核心に触れたことにはならないわけです。で、そこも僕がやらずに誰がやる?という使命感のようなものを持って、僕は書いているわけですよ。「ほかの方はそこは省いてもらっていいですよ、僕がひとりでやりますから」みたいな。

ーー「オレに任せろ」と。

長谷川: そう(笑)。だって、普通に考えたら面倒くさいことですからね。シングルのヴァージョンとアルバムのヴァージョンと未発表のヴァージョンとで何がどう違うかとか、普通はそんな聴き方しないじゃないですか。でもまあ、そこは僕がちゃんと聴いて文にしておきますので、ってことで。そこに興味がある人は読んでいただいて、興味のない人は恋バナのところだけ読んでいただければと。

KID: プリンスって、粗削りなものを研磨していって、ひとつの作品にする人じゃないですか。その研磨の過程まで書けるのがハセトモさんだと思うんです。僕は「こういう粘土があって、それがこういう形になりました」とは書けるけど、粘土をこねて形にするまでの過程は書けない。そこもブワーっと書いてあるのがハセトモさんの本なんですよね。

長谷川: ありがとうございます。

プリンスとラップ

ーー『オフィシャルディスク・コンプリートガイド』には、KダブシャインさんとKIDさんの特別対談も収録されています。対談はいかがでした?

KID: Kダブさんはプリンスの海外の本もたくさん読んでいらっしゃるようで、お詳しかったですよ。で、僕がKダブさんに一番訊きたかったのは、やっぱりプリンスのラップの話で。プリンスはラップが下手だと当時よく言われていたけど、「そうかなぁ?」と僕は思っていて。プリンスはケンドリック・ラマーとかみたいに韻を踏んでいくタイプではなく、ポエトリーリーディングとラップの中間くらいのスピードで自分の言葉を喋る感じじゃないですか。

長谷川: スピーディーではないですよね。

KID: そう。そのへん、ラッパーのKダブさんからはどう見えていたのか、お聞きしたかった。で、お話したら、さすがにKダブさんだからこその鋭い見方と知識があって、とても興味深かったですね。

ーー友さんの本にも、”プリンスはラップが下手だと言う人がいるけど、だったら「Pope」を聴いてみろ”といったようなくだりがありましたよね。

長谷川: はい。「Pope」はほんと、そう思いますね。プリンス流のラップを確立している。プリンスはヒップホップと戦っていたところもあったじゃないですか。戦って、セールス的には負けたってことになるのかもしれないけど、今になると再評価できるところがいろいろあるわけですよ。あの人は80年代からヒップホップを勉強して、女性ラッパーを使ってみたりして、あれこれ試していた。それは大抵アウトテイクに入っていて、公式のアルバムには入っていないので知られていないんですけど、間違いなく先見の明があった。そこは書いておきたかったので。

KID: プリンスはギル・スコット・ヘロンとかを好きだったんですよね。「The War」なんか、まさしくポエトリーリーディングじゃないですか。

ーーそうでしたね。今はラップも多様化して、いろんなスタイルがあるのが当たり前になったけど、当時はまだラップとはこういうものだという固定概念のようなものが世の中にあった。だからそこからはみ出したものを評価する余力のようなものが聴き手になかったのかもしれない。

KID: そうそう。ましてやあの頃はギャングスタラップみたいなものが主流だったけど、プリンスはそんなのはやりたくないと言っていたから。時代的にイケてるかイケてないかで言えば、プリンスのラップはイケてないということになったのかもしれないけど、決して下手だったわけではないですよね。

マイテが送った手紙。そして『プリンス FOREVER IN MY LIFE』のこと

ーー友さんの『ゴールド・エクスペリエンスの時代』のなかでとりわけ僕が引き込まれたのは、マイテがファックスで送ったという「親愛なるエイリーンへ。」という手紙の内容で。あれは驚きました。あの文面が日本語で公開されるのは初めてですよね?

長谷川: はい。プリンスの公式ファンクラブが作った『Controversy』というマガジンが昔あって。91年くらいからスタートして、93年8月に休刊しちゃうんですけど、ネットがなかった時代の唯一のプリンスの情報源であり、ファンのツールとして機能していたんです。そこにマイテが送ったとされるファックスの文面が載っていたので、全文載せたいと思って日本語に訳して載せました。あれはマイテが書いたとはいえ、プリンスの気持ちが集約されたものですからね。

ーー「彼(プリンス)が私に話をした事は、正に私が知っている彼だけの言葉によるものです。毎日、日常において彼は言っています。”話すことは禁じられているけど、歌うことは許されている”と。そう彼は感じています」とあって、ちょっと震えましたね。話すのではなく、歌うことで気持ちを伝える。本当にプリンスはそういう人だったということが、最も身近だった人によって証言されている。

長谷川: そうですね。でもプリンスはこれをマイテに書かせることで、自分はそういう人だとアピールしているわけですよ。プリンスはファンと繋がりたかった。けど、シャイなところがあるから、マイテをフィルターにして自分を伝えていた。とにかくレコード会社を介さずにファンと繋がれる方法をずっと模索していたんです。

ーー「でも私は彼にとても近いようで、その実とても遠いように思えてしまうのです」という一文も切なくて胸にきますね。

長谷川: プリンスはマイテにさえも距離を置いちゃう性格だったのかなと思う反面、間違いなくマイテを信用している。そういうプリンスの性格がこの文面から感じ取れますね。ただ、そこは僕が注釈を書くのではなく、訳して載せて、あとは読者の方に想像していただけるようにしました。

KID: 僕もこのファックスが存在することは知っていたんですけど、読んだことがなかったから、目から鱗でしたね。これが日本語で読めるという感動がありました。


ーーところで、『プリンス FOREVER IN MY LIFE』はもう読まれました?

長谷川: 読みました。ネタバレしない範囲でnoteに感想を書きましたけど、読まざるをえないという書き方でしたね。それは、プリンスの信頼がそこから漂っていたからなんですよね。ゴシップっぽく書いてあったら、僕はそっと本を閉じていたと思うんですが、すごく親密な書き方だったので。

ーーニール・カーレンというジャーナリストの人柄が感じ取れますよね。ウェンディとリサの批判をプリンスがし始めたら、その言葉を遮って帰っちゃうところとか。

長谷川: 謙虚な感じの人っぽいですよね。決して自慢話をしたい人ではなかったのがよかった。でも、僕はこの本で初めてプリンスの死というものに向き合いました。これまで避けてきたんですよ。でもこの本を読んで、向き合わざるをえなかったというか。

KID: 最初からドンときますもんね。こういうことが書けるのがこの人なんだなと思いました。よくも悪くも。僕には書けない。

私とプリンス。プリンスとは自分にとってどんな存在なのか

ーーでは、ここで本の話から離れて、おふたりにとってプリンスがどういう存在なのかをお聞きしたいと思います。先日、友さんが出版記念のトークイベント(@music bar PLANET EARTH)で、プリンスに救われたという個人的な話をされていたじゃないですか。そういう「私とプリンス」話をもう少し聞かせてもらえますか。

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