interview: Glider、5thアルバム『Spectrumation』を配信リリース。結成以来、”もっともポップで、もっともマニアック”なこの傑作はいかにして誕生したのか。栗田兄弟、大いに語る。
Gliderが、9月16日にニューアルバムを配信リリースした。
2017年11月発表の『Dark Ⅱ Rhythm』から始まった3部作の完結編。通算5作目となるアルバムだ。タイトルは『Spectrumation』(スペクトラメイションと読む)。
今作もまた非常に多彩だが、混沌とした様が面白くもあった前作『衛星アムートゥ』と比べるとリスナー・フレンドリー。ドリーミーだったりもするが、全10曲の流れがよくて、何度でも繰り返し聴きたくなる。風通しがよく、いまの彼らの絶好調ぶりがビンビン伝わってくる爽快かつ痛快な作品だ。
Gliderは栗田祐輔(ヴォーカル、キーボード)と栗田将治(ヴォーカル、ギター、ベース、キーボード)の兄弟とドラムの椿田翔平を中心にしながら、そのときどきの自由な編成で活動。2017年の3作目『Dark Ⅱ Rhythm』以降は彼らの地元である埼玉県本庄市のレコーディング&リハーサルスタジオ「スタジオディグ」(自分たちで運営)と自主の「けや木レコード」を最大限に機能させながら、ハイペースで作品を生み出している。『Spectrumation』はそんな彼らが前作『衛星アムートゥ』からわずか9ヶ月で発表した作品だ。
約3時間半に及んだこのロングインタビュー。ドラムの椿田翔平は都合で来ることができなかったが、作詞作曲を手掛ける栗田兄弟、そして途中からエンジニアのテリーにも加わってもらって、これまでの活動と新作に関する話をじっくり聞いた。
長いので、2回に分けて掲載。前編ではデビュー当時から昨年発表の前作『衛星アムートゥ』までを振り返ってもらったが、今回は『Spectrumation』という新たな傑作がどのようにして出来上がったかを、各楽曲解説含めて彼らの言葉で解き明かしていくとしよう。まずは『衛星アムートゥ』の話の続きからどうぞ。
*前編はこちら↓
インタビュー・構成/内本順一
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「『衛星アムートゥ』が一番つかみどころがなくて奇妙なアルバムだったかもしれない」
――『衛星アムートゥ』の反響はどんな感じだったの?
栗田祐輔: よく言われた感想が、「よくわかんないけど、すごくいいね」というもので。まあ自分たちもそんな感じはしてたんですけど(笑)
栗田将治: 『Dark Ⅱ Rhythm』からの3部作のなかで、『衛星アムートゥ』が一番つかみどころがなくて奇妙なアルバムだったかもしれない。でもあれが一番、自分たちにしか作れないアルバムって感じがしますね。
――確かに。
将治: あれは絶対、自分たちにしか作れない。例えばサウンド面で言えば、Gliderが単に60年代のロックやビートルズのマナーに則ったバンドだったら「ハイエナヂー」のギターの凄まじい速弾きなんかは入れないだろうけど、僕たちはああいうのをかっこいいと思う感性がある。「アムートゥ慕情」の初めの30秒も、独りよがりだったとしても面白いと思うから入れる。
――その拘りが一番大事なところだからね。
将治: うん。だから『Dark Ⅱ Rhythm』は「これ、いいでしょ?」って感じのアルバムだったけど、『衛星アムートゥ』は「わかんないんだったら別にいいよ」っていうアルバムだったかもしれないです(笑)
――ははは。ただ、やりたい放題やっていて、カオティックなところもあるとはいえ、楽曲単位で見ると、例えば「野蛮チュール」なんかはすごくポップだし、「スリーピーホロウ」や「スティール・シュガーパイ」はメロディアスできれいなバラードだし、言うほどわかりづらいわけではないよね。
祐輔: そうなんですよ。全体通して聴いたときに歪感を与えるかもしれないけど、楽曲単位で捉えたら自分たちとしては十分ポップだと思っている。別にアバンギャルドなものを作ろうと思っていたわけじゃなく、普通に自分たちなりのポップをやろうとしたらああなったっていうだけで。実験音楽を作ろうと思っていたわけではまったくないですからね。
将治: もしかすると、祐輔のヴォーカルの個性も大きいのかもしれない。祐輔はポップに歌えるから。
――それもあるかもしれないね。「スティール・シュガーパイ」はリード曲だったけど、あれなんかは特に原田真二好きの祐輔くんの世界観がよく表れていて。
祐輔: そうですね。確かに。
将治: あのアルバムのなかで「スティール・シュガーパイ」は一番うまくいった曲だと思っているんですよ。アレンジもそうだし、無駄がない。
――あと、個人的には「衛星グッバイ」が本当に大好きで。メロディも祐輔くんのヴォーカル表現も素晴らしいし、歌詞もね、“公衆便所”というワードが出てくるポップスは日本で初めてなんじゃないかと。
祐輔: ははは。別に驚かせようと思ったわけじゃなく、自然に出てきた言葉なんですけどね。
――祐輔くんの言葉のチョイスの個性が、このアルバムからさらに際立ってきたように思う。
祐輔: 始めにテーマを決めて、それに向かって歌詞を書くのは、自分には不自然なところがあるんですよ。職業作家のひとはそれがうまくできるんでしょうけど、僕の場合は前後の関係性を無視しても自然に出てきたワードを使ったほうが、自分にとってリアルな曲になる。だから将治のメロディを聴いて最初に思い浮かんだ言葉をそのまま使おうって思っていて。
将治: 『Dark Ⅱ Rhythm』以降、そういう書き方になったよね。
祐輔: ただ、Gliderにとってのいい歌詞は書いているつもりだけど、これでプロの作詞家として通用するかというと、そんなことはまったくない。汎用性がないんです。
将治: 祐輔の歌詞って、SFっぽいって言われることがけっこうあるんですよ。
祐輔:『衛星アムートゥ』だったら、サイバーパンクっぽいとか。シュールレアリスムっぽいとか。
将治: でも共作者としては全然そんなふうに思わなくて。自分的にはすごくリアルなんです。
祐輔: 廃墟化したショッピングセンターとかって、聴くひとによってはSFっぽく感じられるかもしれないけど、自分たちにとってはそれが昔からリアルな遊び場だったから。
――郊外のリアル。
祐輔: そう。
――サウンドがまた、そういう歌詞の景色をよく表しているよね。『Dark Ⅱ Rhythm』のサウンドの方向性ともだいぶ違ってはいるけど。
将治: 『Dark Ⅱ Rhythm』がフォークだったりソウルだったりの匂いがあるとしたら、『衛星アムートゥ』はもうちょっとニューウェイヴよりでしたからね。例えばトーキング・ヘッズだったりとか。
――「モーターサイクル・ウィークエンダー」とか「ハイエナヂー」がそんな感じだよね。ところで祐輔くんがGLIM SPANKYのサポートを始めたのって、『衛星アムートゥ』よりも前だったよね?
祐輔: 『Dark Ⅱ Rhythm』を出してわりとすぐに最初の仕事があって。台湾でのライヴだったからよく覚えてるんですけど、それが2018年の年明けでしたね。
――そのサポート活動は、『衛星アムートゥ』の制作姿勢になんらかの影響をもたらしたと思う?
祐輔: ああ、そうですね。それまでは自分のことをキーボーディストだと思ったことがなかったんですよ。強いて言うなら自分はヴォーカリストで、ピアノは自分の歌のバッキングをするための楽器のように思っていた。けど、GLIMのサポートで初めてキーボーディストの立場で仕事をすることになって。やばいなと。
――やばい?
祐輔: 本気で練習しないとまずいぞって(笑)。で、めっちゃ練習したんですよ。そのときに初めてキーボードって面白い楽器だなと思ったんです。それまでは曲作りのツールでしかなかったけど、演奏の面白さに目覚めたというか。キーボードの音色とかシンセの音色のよさに改めて気づくみたいなところもあった。それからミノタウロスだったりgo!go!vanillasだったりの現場にもちょいちょい呼ばれるようになって、ますますキーボードを触る機会が増えたんです。
――それがGliderのレコーディングにもいい影響をもたらした。
祐輔: そう思います。キーボード・プレイヤーとしての意識が『衛星アムートゥ』のレコーディングに反映されたという。
――確実に反映されてるよね。『Dark Ⅱ Rhythm』はギターがメイン楽器だったのに対して、『衛星アムートゥ』は鍵盤音がかなり効果的に鳴っている。
将治: 「無人塔」のソロとかね。ああいう特徴的なソロはなかなか弾けないと思う。
「今回はバンドとしての音のかっこよさを追求しようと」
――じゃあ、ここから新作『Spectrumation』の話を。『衛星アムートゥ』からわずか9ヶ月でのリリースとなったわけだけど、『衛星アムートゥ』が終わってからそのまま間をあけずに取り掛かったものなの?
祐輔: そうです。本当は『衛星アムートゥ』のライヴをやろうと思っていたんですよ。そろそろライヴをやりたくなっていたから。そうしたらこんなことになってしまったので。
将治: コロナがきて、だったらライヴはやらないですぐ制作に入ろうってなった。ライヴができないのなら、作品を作ることでどんどん更新していくやり方がいいんじゃないかと思って。というのも、『Dark Ⅱ Rhythm』はけっこうライヴのときの物販で届けることができたんですけど、『衛星アムートゥ』はそれができなかったから、出した直後がセールスのピークになってしまう気がしたんです。ライヴをしないで時間だけ経っても激的に広まることはないなと思って、だったらすぐまた新しい作品を作ろうと。そうやって新作を作ることで音楽性を更新させていけば、過去の作品にもまたスポットが当たるかもしれないし、僕たちはそうなることを望んでいるので。
――『衛星アムートゥ』を作っている段階で『Spectrumation』の初めの5曲のデモは作っていたとさっき言っていたけど、それにしてもずいぶんスムーズに制作が進んだようだね。
祐輔: 今回は新しい試みをしていて、全曲の作曲を将治、作詞を祐輔というふうにはっきり分けたんですよ。そのやり方は初めてだったんですけど、それがうまくいったみたいで。この分業制、自分はすごくいいなと思いましたね。
――どういうところが?
祐輔: 互いが互いの領域に踏み込んで口出ししたりしないで、しっかり自分のやるべきことをやり遂げられる。自分の役割が明確になるし、そのほうが互いの性格にも合っているみたいで。
将治: 祐輔もそうだけど、自分も一端スイッチが入るとガーって入り込んでやれちゃうタイプなんですよ。で、自分は『衛星アムートゥ』を作りながら、これはマニアックでディープなアルバムになるなとわかっていたので、次はわかりやすくしたいという気持ちが早くからあって、そういう曲を貯めていたんです。それを祐輔に聴かせて「歌詞書いて」って言ったら、祐輔もちょうど歌詞を書くモードになっていたので、どんどん書けて。すごく効率がよかった。
――で、そうやって早くにできた曲に対して、今回はどういうサウンド・アプローチをとろうと思ったの?
将治: 録音に入る前に思ったのは、今回はギターとドラムとベースと鍵盤というソリッドな編成でいこうということで。
祐輔: 『衛星アムートゥ』で小手先のサウンド実験みたいなことをやりきった感じがあって、そういうのに自分たちが飽きてもいたので、今回はそれよりも基本的なところ……定位感とかボトム感にこだわって、バンドとしての音のかっこよさを追求しようと。そのことは録音に入る前にみんなで話しましたね。
将治: 『衛星アムートゥ』のときは作品史上主義になりすぎていたんです。例えば「ここに女性の声がほしいね」ってなったら「山岡(恭子)さんに歌ってもらおう」とか、「フリーキーなギターの音がほしいね」ってなったら「まっちーさん(町田昌弘)を呼んで弾いてもらおう」とか。「ここは翔平のドラムをデリートして打ち込もう」とか。そんなふうにメンバーのプレイの拘りを無視して、コラージュするように作っていた。アートワークも含めて、あのアルバムは全てがコラージュ的だったんです。で、あのアルバムはそういう作品史上主義的なやり方がうまくいったけど、今回はコロナという状況もあったので、コラージュではなく、ちゃんとメンバーの顔が見えるアルバムにしようと思って。
祐輔: ほんとに基本的なことなんですよ。翔平のスネアがバシっと決まる音の気持ちよさとか、ヴォーカルがメロディに馴染んでいることの気持ちよさとか。ロックバンドならではのかっこよさ。今回は拘りの方向性をそっちに変えたんです。
――なるほど。だからベースとドラムによる土台がしっかりしていて、音が太い。芯が通っている感じがする。
祐輔: そうですね。それはテリーにも最初から相談して、そういう音にしようってことで録り始めたので。
将治: 『衛星アムートゥ』はドラムから録り始めたんですけど、今回はベースとギターを先に録って、翔平はそれに合わせて最後に叩いている。しかもどうフィルを入れるかとか、かなり細かいところまで打ち合わせた上で、翔平は譜面を書けるからそれを譜面に起こして、完全に曲を把握した上で叩いているんです。そこは前の2作との大きな違いですね。
祐輔: しかも翔平、すごく進化してるからね。『Dark Ⅱ Rhythm』のときとは雲泥の差と言っていいくらいにスキルが上がっている。
将治: そうだね。それに僕も祐輔もレコーディングに慣れてきたところがあって。奇跡のプレイとかってよく言うけど、そういうのってやっぱり考えてプレイしてないと、できるものじゃないんですよ。今回、翔平はすごく考えて叩いているし、祐輔も自分も考えて弾いてるから。
――全員が曲を理解して、想像力を働かせながらプレイしていたということだよね。
将治: そうです。クリエイティブなところで一緒にやれたというのが大きかった。
祐輔: 『衛星アムートゥ』のときは将治以外、誰にも完成図が見えてなかったですからね。そのやり方と、今回みたいに全員で設計図を共有して作るのとでは、そりゃあ違うよね(笑)
――ということは、2016~17年に一度バンドとしての形態を壊したGliderが、再びバンドの形を取り戻した作品とも言えるのかな。
将治: ああ、そうかもしれないですね。確かに。
祐輔: 今回はやりたいことが明確だったので、歌詞も書きやすかったんです。『衛星アムートゥ』が出る前に将治から初めの5曲が繋がったデモが送られてきたので、全部の繋がりを考えながら書くことができたし。
「ノスタルジーが今作の鍵」
――まーちゃん(=将治)のなかで、初めの5曲は同時期にできたものなの?
将治: ゼロの状態から一晩であの5曲を作ったんですよ。MTRで録ってるんですけど、初めの曲を弾いて録って、一回とめて、次の曲を考えて録って、またとめて。普通だったら1曲ずつリズムを入れるなどしてデモを録っていくものですけど、そういうやり方じゃなくて、2~3時間の間に曲順通りにまず録って、で、その5曲のドラムをまとめて自分で叩いて、ベースも入れたデモを作った。それを共有したんです。
――すごいな。
祐輔: そういう瞬発力って大事だよね。
――ほかの5曲もそのあとすぐにできたの?
将治: そうですね。次のインストの曲は、祐輔が「今回もインストを入れたいね」って言ってきて、言われたその日に作ったもので。あと、「エミカレプリカ」は『衛星アムートゥ』のときから作ってあったし、「マスク・ア・レイド」は2016年くらいに作った曲だった。一番最近作ったのは「LOVE SCENE」と「スペクターズ」の2曲ですね。
祐輔: 今回はわりと自分たちのルーツに近いというか。キンクスとかビートルズとかXTCとか、そういうブリティッシュ・ロックに回帰したところがあるんです。デビュー当時もそういうことをやりたかったんだけど、スキル不足でできなかった。それをいまやっているという。細かいオマージュがいろいろ入っているんです。
――だよね。あの頃のブリティッシュ・ロックをちゃんと聴いてきたひとなら、そのへんも面白がることができる。しかもいままでで一番、そうしたオマージュをストレートに出しているよね。隠し味というよりは、わかるひとにはわかるように出している。
祐輔: そうですね。
将治: でも意識的にというよりは、すごく自然に、素直に作ったらこうなったという。「マスク・ア・レイド」と「LOVE SCENE」だけはちょっと意識的にサイケデリックにしたけど、ほかは本当に自然でしたね。
――プロデューサーの青木(和義)さんが、フェイスブックに「原点回帰・自然体・解放感・ロックアルバム」というふうに書かれていたけど、まさにそういうことだね。
将治: そうですね。毎回最高傑作を出したいし、そう思えるものじゃなかったら出したくないから、ハードルは高くなっていたんですけど、青木さんとそういう僕たちのテンションを共有しながら自然体で作ることができた。今回はコロナで県外移動が難しくて青木さんはスタジオ・ディグにほとんど来れなかったんですよ。だからスタジオに入っているのは基本的にメンバーとテリーだけで。そういう意味ではセルフ・プロデュース作と言うこともできるけど、でも途中経過を常に青木さんに聴いてもらって、メールやラインでキャッチボールしながら作っているから。今回も青木さん含めたひとつのチームの作品なんです。
――その青木さんは「三部作の流れで考えると、ザ・ビートルズで言えば『リボルバー』かな!?」とも書かれていた。
将治: まだ『リボルバー』で、『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』じゃないからって。
祐輔: 「最高傑作ではないよ」ってことを言いたい(笑)
――あ、そういう意味なんだ(笑)。
将治: 青木さんは現役バリバリのバンドマンでもあるから、プロデューサーとバンドって考えたときに、“まだ『サージェント~』は作ってない、音楽的にもっと上に行ける”って思ったんじゃないかな。
――僕はサイケとポップさの理想的なバランスという意味で『リボルバー』に譬えたんだと思っていた。
祐輔: もちろんそれもあるでしょうけどね。でも僕のなかでは、将治のデモを聴いたときから謎の遊園地感を感じていて。それは『サージェント~』とかストーンズの『サタニック・マジェスティーズ』のあの遊園地感で、ああいうノスタルジックな感じが出せたらいいなと思っていたんですよ。比較的最近だと、トラヴィス・スコットの『アストロワールド』も遊園地感がありますけど。だから、音で言えばドラムの音とかが『リボルバー』っぽい気もするけど、自分のなかでのコンセプト的には『サージェント~』のようなカラフルでノスタルジックな感じに近かったです。
将治: ノスタルジーっていうのはひとつの鍵で、「スペクターズ」はかなりノスタルジックな曲。あのイントロに出てくるピアノのフレーズは、自分が生まれる前から実家にある時計のチャイムなんです。それをピアノで弾いている。
――自分にとってのノスタルジー。
将治: そう。あとは本のページを開くのをパーカッションで聴かせたりとか、けっこうノスタルジックなムードを作ってますね。このジャケットのアートワークもそうで、これはウチの親父が撮った写真なんですよ。僕たちが生まれる前のホームアルバムにあった写真の一部なんですけど。
祐輔: シャンデリアなんですけど、それを逆にしてるんです。
「骨格の太いアルバムをここで一回作っておかないと、どんどんわけのわからない方向へ行くような気がした」
――タイトルの『Spectrumation』はどういうところから?
祐輔: 最後にこのタイトルを付けたんですけど、「スペクターズ」という曲ができたときに、これは間違いなくこれまで自分たちが作った曲のなかで最もクオリティが高いと思えて。歌詞もアレンジもミックスも全てがうまくいった。なので、そこからとって付けました。スペクターは亡霊とか幻影って意味ですけど、それだけだと味気ないので、色をつけてスペクトラメーション。
――ミックスは今回どうだった?
テリー: いままでで一番、自分のこだわりを入れやすかったですね。とにかくかっこいいサウンドをっていうテーマがあって、それを一番やりやすかった。『衛星アムートゥ』はとりあえず各トラック録って、それをミックスしてあとから整える感じだったけど、今回は1曲1曲に自分のこだわりを録る段階から入れられたから、やってて楽しかったです。
将治: 『衛星アムートゥ』のときはすごいトラック数になっていて、そこからいろんな音を塗り固めてできたようなアルバムでしたけど、今回はトラック数も少なくて。各楽器の音をよりよく鳴らすってことに拘ることができたんです。
テリー: ひとつひとつの楽器の音をかっこよくミックスできたんですよ。
将治: 自分たちの演奏にも拘れたし、テリーはそれをいい音にしてくれた。
――ボトムもしっかり出ているし、ノスタルジックな雰囲気を表現しながらもちゃんといまの音として鳴っているのがいいよね。
テリー: そうですね。最近のサウンドに負けないようにしたかったので。
将治: 単純にこれを古めかしい音で録ったら面白くないと思って。いまの音楽と聴き比べたときに違和感のないように作りたかった。例えばビートルズとかストーンズとかっぽい曲だったとしても、音色は自分たちらしく現代的にしたかったんです。マスタリングは今回オンラインでやったんだけど、エンジニアの塩田(浩)さんにもそういう意向を伝えて共有しました。
祐輔: 『衛星アムートゥ』はいろんな音を入れて、あとでバランスとることをしたんですけど、そうするとやっぱりひとつひとつの音は細くなっちゃうんですよね。だから今回は音数を少なくして、キックだったりスネアだったり歌だったりを際立たせるようにしようと。とにかく骨格の太いアルバムをここで一回作っておかないと、どんどんわけのわからない方向へ行くような気がしたので(笑)。まあ、一回リセットする意味も込めて。
――ふたりのヴォーカルに関しても訊きたいんだけど。スペシャ時代の2枚はふたりのヴォーカルの個性の違いを明確に出していたけど、『Dark Ⅱ Rhythm』以降はそれほど違いを際立たせなくなった気が僕はしていて。そのあたり、今回はどう?
祐輔: 今回は量で言えば僕が歌っている曲が多いんですけど、「これは誰々がリードをとって」ということではなく、1曲のなかでツイン・ヴォーカル感が出ている曲が多い気がしますね。ふたりのヴォーカルをうまくミックスして、ツイン・ヴォーカル感を出す。ビートルズなんかもそういうやり方をしてるじゃないですか。
将治: 自分的には今回、60年代のロックのイメージもあったので。ツイン・ヴォーカルの感じでなんとなくイメージしていたのは、クリームなんですよ、『カラフル・クリーム』とかの。
――ああ、なるほど。わかる。
将治: クラプトンとジャック・ブルースが「サンシャイン・オブ・ユア・ラヴ」を交互に歌ったりする、あのツイン感。
祐輔: ライヴのクリームじゃなくて、レコードのクリームの感じですね。
将治: スタジオ盤だとジャック・ブルースのクセが出てたりするじゃないですか。だからツイン・ヴォーカル感がありながら、そのなかで互いの個性をわりとちゃんと見せたという感じですね、今回は。
「世の中も人々も分断されている。そういういまのムードが自然に出ていると思います」
――では、ここから各楽曲についての話をしよう。まず1曲目「逃亡劇」から。「もう世界は確実に歩き出してる」とか「おそらくこんな歌はもう手遅れみたい」とか、コロナ以降のムードが歌詞と曲に表れているようにも思えたんだけど。
祐輔: コロナ以前に書いた歌詞なんですけど、いまの世界の空気感とリンクしている気がしたので、これをリードで出そうってなったんです。
将治: たぶん祐輔が世の中のムードとかを無意識に感じとっていたんじゃないかな。『衛星アムートゥ』にしても、あれは終末感の漂うアルバムで、あのときはまだコロナの予兆もなかったけど本当に「無人塔」みたいな世界になっちゃった。ゴーストタウンになっちゃったじゃないですか。そういうのって予言ではないけど、肌感覚でムードを感じとっているんだと思う。
祐輔: なんか嫌な予感とかね。そういうのって、あるよね。この曲に限らずほかの曲もそうですけど、基本的に今作はコミュニケイション・ブレイクダウンがテーマになっていて。「逃亡劇」だったら「おまえが探してるものはない」「おれには探してるものがない」というふうに歌っている。いま、世の中も人々も分断されてるじゃないですか。そういういまのムードが自然に出ていると思います。
――2曲目は「マイトな季節」。イントロからビートルズ感がわかりやすく出ている。
将治: これはアンサンブルのかっこよさの極みみたいな曲ですね。普通に演奏したら普通のブリティッシュ・ロック、普通のソフトロックになるだろうし、コード感もザ・フーとかキンクスとかXTCとか、もう出尽くしたようなパターンなんですけど、そこをアンサンブルの工夫で補っている。ドラムのリズムが変わったりとか。
――歌詞はどう?
祐輔: 具体的には書いてないけど、これはテロ事件に自分がショックを受けたことから書かれたものなんです。失うもののないひとって、とんでもないことをするじゃないですか。
――自爆テロとか?
祐輔: そう。しかもそれが続いたじゃないですか。それがすごいショックで。全部が全部、それを歌っているわけじゃないけど。
――そう思って聴くと、印象がだいぶ変わってくるね。続いて3曲目「恋のラウンダバウト」。最高にかっこいいし、開放感がある。
将治: これは早くライヴでやりたいですね。
祐輔: 自分のなかではナッズ感のある曲です。ナッズってバンドをトッド・ラングレンがやってたじゃないですか。ドラムの感じとかメロディの感じが、それっぽい。
将治: これはわかりやすくブリティッシュ・インヴェイジョンに影響を受けたバンドがやりそうなロックンロールって感じだよね。これこそ自分たちの原点かもしれない。
――ザ・コレクターズとかああいうベテランバンドも嫉妬しそうな曲だね。
祐輔: ああ、けっこうモッズな感じもありますもんね。ガレージっぽいとも言えるし。
――とにかくイントロが聴こえた瞬間に気持ちをもってかれる曲なので、J-waveとかでガンガン流れればいいな。
将治: かけてほしい(笑)。イントロだけでかっこいいと思わせることができるロックンロールって、最近のGliderにはなかったですからね。あったとすれば「サンダーソニアの黄色い太陽」くらいで。
――4曲目は「くちびるはサルビア」。祐輔節が出ている1曲かなと。
祐輔: 作曲はこれも将治ですけど、そう思うのもなんとなくわかります。
将治: これもけっこう自分たちにとっては新しいサウンドを取り入れていて。キックと、あとアンサンブルのあり方に拘ってます。シンベ(シンセ・ベース)だったりもするし。普通のキレイなバラードのようだけど、ビートがしっかりしている。それが特徴かな。
――陽炎感があるよね。ゆらめいていて、時間が曖昧な感じがする。
祐輔: いつの時代かわからないような感じはありますね。
将治: 声のピッチをあげたコーラス部分はフランク・オーシャンを聴いててやったんだよね。
――ああ、なるほど。言われてみれば、その感じ、あるよね。で、5曲目の「▽」(デルタ)だけど、これは“あのデルタ”の意味?
祐輔: 三角関係の歌がいいなと思って書いたんですけど、三角と言って最初に思いつくのは内本さんも大好きな“あのデルタ”だったので(笑)。
――ダハハハ。
祐輔: あと、夏の夜空の大三角という意味もあるし。
将治: これはずっと前に自分たちで『etude』というデモ版を作って、地元でアコースティック・ライヴをやったときに10くらい限定で売ったんですけど、そこに入ってた曲を発展させたものなので、超ディープなGliderマニアはその曲だってわかったかもしれない。
――そうなんだ。で、インストの「Neighborland」。まさしく遊園地感。ライヴの始まりにかかるとよさそう。
祐輔: ああ、いいっすね。
将治: これは自分でMTRで録ったデモをそのまま使ってるんです。で、最後にテリーがそれをカセットに入れて、カセットの質感にした。そういうやり方でもちゃんと仕上がるもんだなとわかって、面白かったですね。
――7曲目は「LOVE SCENE」。これはとりわけユニークだね。いままでにないGliderで、完全に新境地。エキゾチックな感じもあって、これが一番ぶっとんだな。
祐輔: ブリティッシュ・ロック的なエキゾチズムだと思うんですよ。XTCの曲にもありそうな無国籍感。ロックのフォーマットのなかの無国籍感というか。
将治: サウンドの特徴としては、実はアコースティックだってことで。エレキは使ってないし、シンセ以外は鍵盤も使ってない。アコギとベースとドラムでできてるんです。あとバンジョーも。変拍子になったりして、ヘンさが面白いっていう曲ですね。
祐輔: 最初は普通にアコースティックな曲だったんですけど、ミックスのときにテリーがああいう電子音をいっぱい入れてきてこうなったという。
将治: テリー、突然あれやったよね(笑)
テリー: うん。けっこう勝手に(笑)
祐輔: それによってアシッドフォーク感が出た。ティラノザウルス・レックスみたいな。
――確かに。
将治: あれはテリーのお手柄だよね。
――急に思いついたの?
テリー: 急にというより、初めはすごい悩んでいて。一回ミックスしたものをみんなで聴いて、「どうもしっくりこないね」って言ってたんですよ。で、何回もミックスし直したあと、一回むちゃくちゃにしてみようと思って、やってみたら意外とよくて(笑)
――聴き取りにくい歌詞もヘンで面白いよね。始まりから「呼ばれて もうだめで」って歌っているという。
祐輔: はははは。これは自分の得意なニヒル感で作ってました。
将治: 歌詞の世界も原点回帰というか、昔ふたりで作ってた頃の世界観に近いかも。
「”音楽として楽しいでしょ? だから素直に聴いて”って感じ」
――8曲目「エミカレプリカ」はカントリー・タッチの歌もの曲。
祐輔: 昔の歌謡曲感がありますね。フレーズ的にはキンクスの「ローラ」の感じだったりするんですけど。
――祐輔くんのヴォーカルもすごくいい。
祐輔: それこそレイ・デイヴィス感を出して歌ってました。レイ・デイヴィスとかデーモン・アルバーンとかのちょっとシニカルな感じを出せればと。
将治: これもアンサンブルがうまくいった曲で。シンプルにやっているようだけど、ドラムはヘンなことをやってたりとか。翔平とアイデアを出し合って、プレイの面白さが出せた曲ですね。今回のレコーディングはそうやって翔平と一緒にいろいろ考えたりしている時間がすごく楽しかった。
――9曲目は「マスク・ア・レイド」。この曲の着想は?
祐輔: 最初、アルバムの仮タイトルが『マスク・ア・レイド』だったんですよ。そのワードが前から気に入っていて。でもこのご時世にマスクってワードが入っているのはやっぱり嫌だなと思って、一回ボツにしたんですけど、舞踏会的なイメージがあるし、曲名だったらいいかなと。アレンジにレトロ・フューチャーなイメージもあったから。
将治: 1966~67年の感じですね。ビーチボーイズの「ゴッド・オンリー・ノウズ」のイントロを聴いたときにイメージできるあの感じというか。それが今回の遊園地感とマッチするなと思ったんです。ギターのフレーズにもサイケポップのパロディを散りばめていて。
――わかりやすいところではビートルズだけど、もっとマニアックなサイケバンドネタがいろいろ入ってそう。
将治: そう。でもとりあえずビートルズやビーチボーイズが好きなひとにも刺さればいいかなと。
――で、最後が「スペクターズ」。ものすごい曲で締めるよね。密室感がありながら同時に不思議なスケール感もある。
将治: この曲って、すごいポップってわけではないんですけど、なんか惹きつけるものがあると思うんですよ。めちゃくちゃ魔力がある。
――うん。まさしく魔力だね。一回聴いてパーンと入ってくる曲ではないけど、聴き返すうちにズブズブと沼にはまる感覚がある。
将治: 曲作りの段階からそういう感じだったんですよ。ヘンな曲なんだけど、こういう曲をこれからも自分たちは作りたい。
祐輔: この曲に関しては、テリーも直したいところ、ないでしょ?
テリー: うん。いつも聴き返したときに、“ああ、ここはこうすればよかったな”っていうところがどうしても出てきちゃうんですけど、この曲は全て完璧にできた。好きですね。
――昔のサイケポップじゃなくて、いまのバンド……例えばテーム・インパラが好きなひととかも好きになりそうだし。
祐輔: そうかも。
将治: ギターのジャンジャンジャンジャンっていう繰り返しを保ったまま転調していくっていう。「逃亡劇」もそうだけど、そういう曲って日本にあまりないと思うんですよ。ジャンルは違うけど、ニルヴァーナにもそういう曲がいくつかあって。
祐輔: ヘンなコード進行の曲ね。
将治: そう。だけどポップじゃないですか。ヘンだけどポップ。逆にポップだけどヘヴィーだったり。それがブレンドされてる曲がもともと好きだったので、「スペクターズ」でそれを達成できたという満足感がありますね。
――祐輔くんが今作に関して「もっともポップで、もっともマニアック」ってツイートしてたけど、まさにそれだよね。アルバム全体、そんな感じ。LPを出すなら、それを帯のコピーにしてもいいくらい。
祐輔: そうですね。オマージュも盛沢山だし。
将治: 気持ちよく聴けるアルバムを作れてよかったです。
ーーうん。本当に気持ちよく聴けるアルバムで、爽快ですらある。
将治: 『Dark Ⅱ Rhythm』で模索して、『衛星アムートゥ』でさらに模索したものが、今回は実になったというか。すんなりアウトプットできた。
祐輔: そうだね。でも自分たちの性格からすると、どんなに完璧に思えるものを作っても半年もするといろいろ粗が気になってくるんだよ、きっと。
――それはまあそういうものだろうし、そうじゃないと前進できないだろうけど。でも3作のなかで一番達成感があるのは間違いないでしょ?
将治: というか、すごい素直なアルバムができたなと思いますね。迷いがなかった。そういう意味で気持ちがいい。さっきも言ったように『衛星アムートゥ』のときは「わかるかな、これ。わかんなきゃわかんないでいいよ」って感じだったけど、今回は「音楽として楽しいでしょ? だから素直に聴いて」って感じなので。
――10曲という曲数も聴きやすくていいよね。レコードにしたときにちょうど5曲ずつになる。
祐輔: それは考えてましたね。できればレコードにしたいという気持ちがあるから。
――テリーくんとしても満足度が高いでしょ。
テリー: 高いですね。自分のやりたいようにやれたし。
将治: めちゃくちゃ音がいいアルバムだと思うよ。誇れると思う。
祐輔: うん。たった半年とはいえ、『衛星アムートゥ』から飛躍的に音がよくなっているのは、聴けばわかると思うので。
――翔平くんもきっと満足度高いだろうし。
将治: うん。
――みんなが大満足の作品っていう。
将治: そうですね。しかも集中してスピーディーに録ったものを、フレッシュな状態のまま出せる。今回、先に配信でリリースしようというのは、そこなんですよ。CDにするとなると、なんだかんだでまた時間がかかるので。
――配信ライヴとかをやる予定はないの?
将治: やりたいですね。やるべきかも。スタジオもあるし。
――そうだよ。GOOD BYE APRILに貸すばかりじゃなくて、自分たちがやらないと。
将治: ははは。そうですね。でも面白いのは、GLIMもAPRILも近い時期に新作をリリースするってことで。コロナ禍でもそうやって頑張ってるバンドが身近にいるし、Gliderもそのなかに入って、一足先に出せたというのが嬉しいんです。
――Gのつくバンドが熱い季節だね。
将治: そうですね(笑)。そうやっていい作品を作ってるバンドがあるってこと自体が、思うように動けなくてストレス溜まってるひとたちにとっての希望みたいなものになればいいなとも思っていて。
――本当にそうだね。じゃあ、締めの言葉を。
祐輔: Gliderの音楽がもっと世に浸透してほしいという気持ちもありますけど、いまはSpotifyでもYouTubeでも気軽に音楽が聴けるし、自分らは本当にいい音楽を提示しているという自負があるので。まあとにかく聴いてくれればわかる、って感じですかね。
将治: うん。みんなに聴いてほしい。絶対聴くべきだよ!!
(写真左から、将治、テリー、祐輔)
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