コツは“ひっくり返し”
セッションでいつも教わること。
ひとは、相手を見ているようで、自分しか見ていない。
相手に思っていることは、自分が自分に思っていること。
それを読み解いてあげること。
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友人に対して、いつも助けになろうとする自分がいる。
でも違和感があるのだ。
わたしは、相手を助けたいんじゃない。
わたしは一体、何を見ているんだろう。
“わたしが力にならなくては”
“このひとにはわたししかいない”
“わたしが見捨てたら、、、このひとは途方に暮れてしまうのではないか”
いつも、このしんどい依存の癖を繰り返すんだ。
気が付いたら、意識がそこに行ってしまう。
ううううーん。。。
「自分がほかの人とどんな関係作ろうとするかって、親との関係が土台になってるんよ。」
そうなの、そうなのです。
おかんだな・・・。
父にも持ってたけど、その奥には母がいる。
そう思った。
自分の方が恵まれているような罪悪感。
相手が自己犠牲しているように見える感じ。
おかんに持ってた気持ちそのものっす。
何回も出てくるなぁ~
ラスボス。
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人間関係でざわざわしたら、相手に対して思っていることをひっくり返す。
話を聞いてあげなきゃ。→わたしは、わたしになにか言いたいことあるんじゃないかな。聞いてほしいことあるんじゃないかな?
自分の話するの遠慮しなきゃ→自分が遠慮させてないかな?わたしにはなんでも言っていいよ。
相手が困ってそうに見える。→自分が困ってることあるんじゃないかな?
癖は習慣で繰り返しているわけではない。
自分の中に解消されていない滞りがあるということ。
それが今日の気づき。
今まで何度も言われてきたかもしれないけれど・・・
癖ってただの習慣だと思ってた。
繰り返すことにイライラしていたけれど・・・
溜まってる欲求、見つけてほしい感情があるってサイン。
それは体の深いところにあって・・・
一回だけじゃ終わらないもの。
何度も何度も。
繰り返し。
飽きて満たされるまで。
癖として現れる。
癖=滞り
悪いものじゃなかった。
今まで悪性腫瘍みたいに扱っていたよ。。。
「やっつけようとしない」
「なでなで、一生付き合うよ」
「いいんだよ」
そうやって寄り添うんだよって和泉さんにも教わったんだけど・・・
「この癖のせいで!」
「またあんたか!」
寄り添いきれんかったなー。
でも今日から、さらに丁寧にできる気がする。
滞りの底にある、感情やエピソードを見つけて味わってあげること。
子どもの頃は訳が分からなくて傷ついたことも、
大人になったわたしなら感情を受け止めて、解説してあげられる。
そうやって自分を癒してあげられる。
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人を見ることで、気づきやすいことがある。
自分の読み解きが身につくことで、人との関わりから生まれる感情も財産になる。
気になるな・・・と思って出会った人たち。
偶然に見えて、わたしが自分で選んでいるのだ。
なんで同じような人を招き入れるのか。
相手が悪いのでもなく、運が悪いのでもなく、
「わたしに気づいて!」とわたしの中の“なにか”がサインを送っている。
わかってる、わかってるんだけど・・・
ちょっとひっくり返し方にコツがいるのだ。
どうやってひっくり返すんだ???
フリーズしたり、逸れてわかんなくなる。。。
ここでへそを曲げたくなるんだけれど
いつでも連絡してくれていいからねって言われてるんだから。
なんぼでもやってみたらいい。
目指せ、ひっくり返しマスター。
自分に期待して・・・がんばるっす。