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【172.水曜映画れびゅ~】“Kinds of Kindness”~諦めへの回帰~

“Kinds of Kindness”憐みの3章は、先月末から公開されている作品。

第77回カンヌ国際映画祭に出品され、主演を務めたジェシー・プレモンスが男優賞を受賞しました。

作品情報

選択肢を取り上げられた中、自分の人生を取り戻そうと格闘する男。海難事故から帰還するも別人のようになった妻を恐れる警官。奇跡的な能力を持つ特別な人物を懸命に探す女。
3つの奇想天外な物語からなる、映画の可能性を更に押し広げる、ダークかつスタイリッシュでユーモラスな未だかつてない映像体験。

サーチライトピクチャーズ日本公式サイトより
一部抜粋及び改編

奇妙な3つの物語

本作の監督は、稀代のクレイジー監督ヨルゴス・ランティモス。今年の米アカデミー賞で主演女優賞を含む4冠を達成した『哀れなるものたち』(2022)の余韻がまだ残るなかで、この新作が公開されました。

本作は、オムニバス形式の作品。邦題で明示されているように“3章”、つまり3つの中編作品が収録された1本の映画です。

その3本の中編を、簡単に紹介すると…

自分の運命を他人に決められ続けてきた男の話。

海難事故から生還した妻を別人だと疑い続ける夫の話。

ある団体から認められようと、とある特殊能力を持つ人物を探す女の話。

このように、文字にして紹介してもあまりピンとこない話ばかりです。そして実際に観てみたとしても、なんだこれって感じです。その一方で、それぞれの物語に“ランティモスらしさ”を感じる節もあります。

諦めへの回帰

『ロブスター』(2015)から『哀れなるものたち』、そして本作についても、ランティモスの作品は基本的に訳の分からない設定であるということは大前提の共通点です。それとともに私が本作を通じて強く感じたのは、登場人物から透けて見える“諦念”の姿勢です。

基本的にランティモスの作品の主人公は、不遇な状況に取り囲まれます。その不遇から脱しようと努力しますが、もっと不遇に陥っていきます。すると主人公は諦めてしまい、運命に逆らうのをやめてしまう。そんな流れが『ロブスター』や『聖なる鹿殺し』(2017)にはあり、コリン・ファレルがいつも可哀そうでした(笑)。

ただ近年の『女王陛下のお気に入り』(2018)や『哀れなるものたち』ではそういった流れから脱した感じがあり、不遇からの逆転劇や自立が描かれました。しかし本作では、諦らめの姿勢が色濃く映し出される話へ回帰していった印象を受けます。

本作に収録されている物語の主人公は、今までの人生などを変えてやろうと思って行動に出ます。しかし結局は何も変わりません。何も変わらないから、諦めてしまいます。その方が楽だからです。

そんな“諦めの姿”が、それぞれの話で色々な形になって描かれています。そんな情けない姿がコミカルに描かれているので、観てる側としては笑うしかない感じになっていき、そんな冷笑的な雰囲気が次第にクセになります。『女王陛下のお気に入り』や『哀れなるものたち』で描かれる逆転劇や自立の物語も好きですが、個人的には今回のようなコミカルでシニカルな情けない話の方が好物ですね。

同キャストの3章

そんな本作ですが、特筆すべきは3つの中編のキャストがほとんど同じであることです。

1話と2話目の主人公はジェシー・プレモンス、3話目の主人公はエマ・ストーンですが、プレモンスは3話目にも登場しますし、ストーンも1話目と2話目のキーパーソンとして登場します。

このほかにも名優ウィレム・デフォーや、『ザ・ホエール』(2022)でオスカーノミニーとなったホン・チャウ、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019)で注目を浴びたマーガレット・クアリーなどが、3話それぞれで異なった役柄を演じています。

つまり1本の映画で1人3役を演じているわけです。それなのに、違和感はほとんどありません。同じ俳優ですが、さすがハリウッドの一流俳優…それぞれの物語でガラッと演技の雰囲気を変えいき、あまりにも違和感がなさすぎて、本当に同じ俳優なのかと疑いたくなるほどでした。

前述した通りジェシー・プレモンスがカンヌで男優賞を受賞。オムニバス形式という特殊な映画ではありますが、今年は話題作が少ないことを考えると、プレモンスだけでなく、エマ・ストーンなども来年の米アカデミー賞にノミネートされる可能性は十分にあり得ると思います。

・・・

ということで、今回はヨルゴス・ランティモス監督最新作『憐みの3章』を紹介させていただきました。この作品に限ったことではありませんが、ランティモス作品はかなり好き嫌いが分かれると思います。そして何より鑑賞後の感覚が毎回独特で、それを文字に起こそうとするのは一苦労なんですよね。

正直私は今回の作品については、好きとか嫌いとかについてはっきりしたスタンスはありません。ただ記事に書いたように“クセになる”面白さはあるなと思います。初めて『ロブスター』を観た時も「何かよくわからないけど、クセになる」感覚を抱きました。

クレイジーで、何を伝えたいのかはっきりわからないランティモス監督の作品ですが、それと同時に“クセになる”不思議な魅力を秘めた監督でもあります。安易に人に勧めれる監督ではありませんし、安易に名前を出してつうぶるほど私はこの監督を理解できてもいないとも思います。でもこっそりと、次はどんなクレイジーを私たちに届けてくれるかを、心のなかで楽しみにしている監督ではあります(笑)。


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次回の更新では、日米で週末興行収入1位を獲得した衝撃作“Civil War”シビル・ウォー アメリカ最後の日を紹介させていただきます。

お楽しみに!