路上アンケートで逆ナンされたら恋愛商法詐欺だった話(1)
ある夏の日。
普段は在宅ワークなのだがその日はたまたま直接職場のパソコンを触る必要があったため、珍しく出社していた。
定時で仕事が終わり、会社から駅までの帰り道。
新卒のようなきっちりしたスーツを着た若い女性に話しかけられた。
若い女性というか、普通に新卒っぽい女の子だ。
「すいません、アンケートしてるんですけど、お時間いいですか?」
みたいなありきたりな声かけだったと思う。
若い女の子が仕事で助けを求めている。
協力することはやぶさかではなかった。
「おいくつですか?」「えーっ若いですね!20代かと思いました!」「銀座から来てるんですけど、すみません声枯れてて、いつもはこんなんじゃないんですけどコロナとかではないので安心してください」「お仕事帰りですか?」「1時間くらいここで声かけさせてもらってるんですけど全然人通らなくて、ここ人間住んでないのかなって」「テレワーク!わたしテレワークしたことないので憧れてます!上だけスーツで下はパジャマとかよく聞きます!」
アンケートの説明より先に雑談か。
そういうマニュアルなんだろうか。
確かにフレンドリーな印象は受ける。
そういえば以前有楽町を歩いていたら、結婚意識調査みたいなアンケートで女性に話しかけられて、僕が持っていた縦長の紙袋を見て「ワインですか?」と聞かれたことがある。
紅茶ですと素直に答えたら、「えーすごいおしゃれ!贈り物ですか?センスありますね!」なんてやたらヨイショされた。
アンケートと雑談、セットなんだろうか。
「いえいえ綺麗なお声で」「この辺ほとんどIT企業なんでみんなテレワークじゃないですかね」
と適当に返事をしながら、ちょっと雑談長いなと感じていた。
アイスブレイクとしてはそろそろ十分じゃないかい。
まあまだ20代前半だろうし、頑張ってるんだろう。
温かく見守ろう。
僕の雰囲気を察してか、彼女は本題に入った。
その女性はMと名乗った。
ブライダルアンケートをしていて、用紙に記入してほしいと。
その内容は、
・現在の年齢
・交際相手の有無
・何歳で結婚したいか
・結婚に必要なものを知っているか
・写真の印象
・名前と電話番号
くらいだったように思う。
前に有楽町で遭遇した結婚意識調査と同じような内容だった。
そのときは電話番号の記入は拒否した気がする。
有楽町と言えば、今回の子も銀座から来たとか言っていたか。
銀座と有楽町は徒歩数分だし、あの辺はブライダル産業が盛んなのかね。
アンケートというと匿名のイメージが強いので最後の個人情報は抵抗があったが、ここで渋るのはよくないだろう。
この子が悪いわけではない。
アンケートの項目の写真の印象というのはダイヤモンドの写真だったか、ブライダルショップの内観の写真だったか、両方見た気はするがアンケートで聞かれているのがどちらの写真だったかは忘れた。
「きれいだと思ったとか何か思ったことを簡単に書けばいいですよ」と言っていたので、そのまま「きれい」と書いた。
アンケートなのに促してどうすんだよとは感じたが、彼女はアンケートを回収するのが仕事だとするとその内容自体は別にどうでもよいのかもしれない。
用紙に記入している間にもMの雑談は続く。
「まだ明るいのに月見えますねー、あれ満月ですか?」「あっそうなんですねー、わたし目が悪いんですよぉー」
みたいな。
なんだろう、聞いてもないのに自己開示が多い。
こっちからもう少し突っ込んでみようものなら自虐エピソードでも出てきそうだ。
恋愛塾に80万投資している身から見ると、僕の得意タイプである。
まあ向こうも仕事で話しかけてきているわけだし、僕もこんな見知った顔がちらほら駅に向かっている仕事の帰り道でナンパをするつもりはない。
頑張って仕事してる子にちょっかい出すわけにはいくまい。
80万と引き換えに得た僕の恋愛スキルを刮目せよ。
関係を発展させる方法を知っているなら、その逆も然り。
自己開示の多い子に対しこの場で関係を終わらせる方法はズバリ、相手の発言を否定することである。
そうすると晴れてこの人とは話したくないなとか生理的に無理とか思われるのだ。
いやいや、あえて嫌われる必要もないか。
相手個人に関する質問をしない、話を広げない。
これでいこう、うん。
ちなみにこのときの僕はまだ結婚はしていないが、3年くらい付き合っている彼女はいた。
しかしちょうど別れるギリギリのタイミング、というかまだ別れてはいない程度の関係だったため、アンケート用紙には交際相手は無しと記入した。
下心なんてまったくない。...と言ったら男が廃る程度には思っているが。
「ブライダルショップって、女性が通うお店ってイメージありませんか? 男性が来るとしても結婚を決めている男性が指輪を選びに来るくらいの。でもうちのお店はまだ交際相手のいない男性が多いんですよ」
ふーん。
あ、アンケート書き終わりましたよ。
話を広げないスキルを発動している僕に隙はない。
ってどうせ何も発展なんかしないんだから普通にしてよう。
まさかアンケート回収して終わりってことはあるまい。それじゃ売上に繋がらないしな。
興味はないけど一応協力的な姿勢は見せておこう。
資料とか名刺とかないんですか?
「お渡しできるものはないんですよぉー」
そうか、そういうもんか。
本当にアンケートだけか。
よくわからんな。
じゃあ頑張ってください
「お時間ありがとうございました!」
で、解散。
と思ったら別れ際に、
「電話するかもしれないです」
と声をかけられた。
なんと返したのかは覚えていない。
社交辞令を言われた時のような適当な返事をしたような気はする。