4年近く同棲していたのに生活リズムの不一致で新婚早々妻と別居した話(9)
睡眠導入薬を服用することで眠れるようになり、穏やかな精神は取り戻した。
いわゆる寛解である。
しかし薬がなければ眠れない状態は長く続いた。
こんな状態では突然異世界に飛ばされでもしたらすぐに死んでしまう。
異世界に転移なり召喚なりされなくても、いつでも火事になりすべてを失う覚悟はできている。
薬が切れたら眠れないなんてハンディキャップはないに越したことはないのだ。
薬がなくても眠れる状態を目指しながら、また妻に用もなく起こされてそれを指摘すると怒涛の言い訳が始まって言い合いになったりとしながら時は流れた。
言い合いといっても、妻の言い訳すべてに正当性がないことを説明したうえで、僕はまた約束を守ってもらえなかったというのを悲しみ、なぜ約束を守る必要があるのかを根気強く理解してもらおうと試み続けたくらいだ。
しかし言い換えるとつまり、僕が一方的に正しいことを言うことになってしまい、妻が責められているような状態になってしまったのである。
もちろん妻を責めたところで問題は解決するはずもないので、責めるようになってしまわないよう、根本原因を探ってみたり、妻が起こそうとしても思い留まるような仕組みを作る提案もした。
だが、それが逆に妻にとっては負担になったようだ。
感情的に責め立てるでもなく、ひとつひとつ言葉を選びながらよく考えて説明してくれているのがよく伝わる、それが迷惑をかけているというのをより感じさせられてつらい、と。
僕としては怒っている感覚すらないのだが、妻は僕に「怒られるのが怖い」と言っているので、少なくとも妻から見ると僕は怒っているのだろう。
それに合わせて僕も怒るという表現を使っている。
そして結婚式の日の1週間前となり、式直前の準備を整えるために妻は実家に帰った。
次に会うのは式の当日だ。
その1週間で、僕はあっという間に早寝早起きの生活に戻った。
やはり早起きはよい。活力がみなぎる。
早起き以前に、夜眠くなったタイミングで寝られるというのは実にストレスフリーだ。
一人というのは非常に暮らしやすい。
僕のほうが妻以上に、結婚に向いていない人種と言えるだろう。
結婚式の話はまあよいだろう。
つつがなく平和に終了した。
二泊三日でとある山奥で執り行った。
式は初日だ。
そして結婚式翌日。
朝4時に起きてラウンジで軽くお菓子をポリポリと食べながらコーヒーを飲み、温泉に向かった。
途中の景色は最高だった。
春は、あけぼの。
やうやうしろくなりゆく山ぎは、
すこし明かりて、
紫だちたる雲の、細くたなびきたる。
なんて一節がふいに呼び起されてしまうような情景が目の前にあった。
そのまま少し待って日の出を拝んでから清々しい気分で温泉に入った。
僕は1時間くらいは余裕で入っていられる程度の温泉好きである。
今まで入った温泉の数も、旅行好きな人には劣るだろうが、そうではない人の中では比較的多いほうだろう。
自宅でも週に一度は長風呂している。
今回は前日の朝に3時間くらい別の温泉を堪能しているのだが、それとこれとは別である。別腹というやつだ。たぶん。
ほどなくして兄も来た。
僕が日の出前に起きるタイプだとすれば、兄は日の出とともに起きるタイプかもしれない。
しばらく兄と一緒に温泉を楽しみ、休憩で脱衣所の水を飲んでいると、義父とも合流した。
時間としてはおそらく6時ごろだろう。
義父はまず兄のマッチョな筋肉に感嘆し、次いで早起きであることに言及した。
「起こすと怒るって聞いてたからこんなに朝早くにいてびっくりした」と。
とんでもない誤解を受けてるな、とは思ったが、訂正するほどではない。
いつだって人は誰かに相談するとき自分に都合の良い言い方をするものだ。
おおかた起こす時間を言っていないか、朝起こして怒られたときのことを話したのだろう。
少なくとも僕が本来早寝早起きであることも、妻が夜に起こして怒られているということも、義父は知らないのだ。
そういうものだろう。
多少の誤解はあるにせよ、「起こすと怒る」は事実だしそれを義両親に受け入れてもらえているのであれば、それでよい。
誤解はあるがそれでも理解がある。良い親だ。
ご両親は妻の絶対的な味方であるべきである。
要らないことを言う必要はない。