渇いた心を潤したもの
職場の備蓄品の入れ替え作業があり、既存のそれらを東北地方のフードバンク活動団体に寄贈するにあたって、チャーター便を1台手配した。
搬出するのは、1箱12kgの荷物を100箱。
直前にかかってきた電話の「これから集荷に向かいますんで〜」の声は男性で、「何名でいらっしゃいますか?」の問いには「オレ1人っす〜」。
確実にチャラそうなノリだったことと、重量のある100箱もの荷作業なのに1人?という点で少し不安になりつつも、夕方、運搬する2tトラックとともに現れたのは、声のイメージどおりの若い男性だった。
ここからは、敢えて彼のことを “あんちゃん(兄ちゃん)”と呼ばせていただく。
色白の細目で、かの歌舞伎役者にも似ているあんちゃんは、左の鼻筋にキラッと光るピアス、両耳にもゴールドのフープピアスをいくつも付けていた。外見は、私の交友関係にはいらっしゃらないような様相だ。
とはいえ仕事相手だし、きちんと任務を果たしてもらえればそれで良いのだ。オバちゃん(私)は動揺を隠しながら、一台の台車を手にしたあんちゃんを当社のフロアへ案内した。
作業効率を上げるために、当社の大きな台車も駆り出し、2台体制で運ぶことにした。当社の台車は私が動かす。同僚にはセキュリティドアの開閉をお願いし、あんちゃんと私は積荷を載せた重い台車を押しながら、ビルの地下にある駐車場の荷捌き場に向かった。
「今日はこのまま東北地方へ向かうんですか?」
「いや、今日は埼玉の倉庫っすね。2tトラックは仮眠スペースがないんで、この時間から東北地方は無理っす。4tじゃないと。」
あんちゃんに他愛無いことを振ったりして、運送業界の常識たる話になるほど〜と頷く私。あんちゃんは自らベラベラしゃべるタイプではないけれど、コミュニケーションは悪くなかった。
ただ、あんちゃんはエレベーターを待つ間も、乗っている間も、私と会話しながらも、プライベート用らしきスマホをずっといじっていた。本当にイマドキの若者だ。
荷捌き場に着くと、あんちゃんはトラックの庫内のローラーコンベアを広げ、何も言わずとも私は台車から荷物をコンベアに上げる係、あんちゃんは庫内でコンベアから荷物を積んでいく係として、テキパキと作業を進めた。
何しろ1箱12kgもあるため、いくら力のある私とて重いし、40代後半の身にはきついし、息はゼーゼー苦しいし、駐車場は暑いしで、大変な作業だったけれど、あんちゃんとの阿吽の呼吸は、何故だかわからない楽しさがあった。
結果的に、3往復で完了させることができた。
駐車場のメーターもギリギリ時間内に収まった。「ヤッター!」と喜ぶ私の隣で、支払いをするのに取り出したあんちゃんの財布がルイ・ヴィトンのモノグラム マルチカラー(派手め)だったことに、これまた一瞬ギョッとした。
頑張って買ったのかな、それとも彼女か奥さんからのプレゼントかな、と余計な妄想をしつつも、あらためて見ると、額の汗が煌めくあんちゃんに似合ってるように感じた。
そんなあんちゃんは、別れ間際にペットボトルの冷たいお茶を買ってくれた。一度は断ったけれど、「すごい、手伝ってもらったんで。上(階)にいる方の分も。」と言う彼の言葉に、チャラさは全くなかった。
彼の気持ちは心からのものと感じ、ありがたく受け取った。
あんちゃんはきっと、「作業を手伝います」と現れた私を見て、「は?女?」と怪訝に思ったに違いない。力のある男性社員なんぞいくらでもいるだろうに。
けれど、男性に勝るとも劣らぬほどのフットワークで12kg×100箱をトラックに上げた私を認めてくれたのだろう。カラカラに渇いた喉を潤す彼の気持ちが、とてもうれしかった。
お互いに「この人で大丈夫か?」の第一印象。
…からの、
「この先もどうかお気をつけて!」
「あざっす!またよろしくっす!」
まるで、昔からの常連さんのような別れ方になっていることが、おかしくてたまらなかった。
あんちゃんの声は、それまでの一番の大きさで駐車場に響いた。
フロアに戻るエレベーターの中で私は、ただ与えられた仕事をするだけではなく、こうした仕事相手とのコミュニケーションや信頼関係を大事にしたいんだなぁということを、あらためて実感した。広報担当だった頃は、それがモチベーションにもなっていた。
荷物の搬出なんて、言ってみれば雑用。単なる雑用だけれど、作業を終えた時はとても清々しかった。それは、自分の働きが相手の役に立つことができて、自分も相手に感謝することができたからだ。
そう、私の快感はそこにある。
潤ったのは喉だけでなく、心も渇いていたことに気がついた。
筋肉痛さえ、一つの武功。
また機会があれば、あんちゃんに依頼したい。
そして、あんちゃんにとっても、当社からの依頼が良い現場だったと思ってもらえていたら、私は何よりも幸せだ。