HIPHOPブーギー 最終話 リアルってなんなんだ?

 武道館公演まで一週間を切ってた。スタッフはみんなピリピリよ。連日のライヴリハ、加えてセカンドアルバムのレコーデイングも同時進行。
 「次のアルバムの後はアリーナを目指すぞ」
 プロデユーサーの今井はそう言って、ファーストよりも厳しく俺らを指導した。
ま、やるだけやった。今井の真面目さは音楽好きあっての事さ。それはすげー理解してた。生活もかかってるしな。
それにこの時点でいろいろ言うとめんどくせえってのもあった。だからとりあえずあいつの気に入りそうな歌詞をバンバン書いてやった。ふっきれたら楽勝だったな。それなりの詩を書くのは。どうせリリースされねーだろって思ってたからだろうがな。
 悪いとは思ったが、決めちまったもんはしょーがねー。お前へのリスペクトは忘れねえって感じよ。
 トラックも半分以上できてた。流石にバイブ。仕事が速え。それでいて、相変わらずいい曲作りやがる。そうさ。俺達は残りの仕事をさっさと終わらさなきゃいけなかった。俺らには次の段階が待っていたんだからな。

 ライヴの日、開演前に俺らは今井、吉田、岡田を楽屋に呼んだ。そして言った。
 「俺らのWAVでの活動はこれで最後にします」
 三人共ポカンとしてたな。笑っちまいそうになった。おっといけねえ。ここは真面目に言わなきゃなって思うくらい。
 「何を言ってんだ?お前らは」
 「すいません。三人にはとても感謝しています。いろんな事を教わりました。そして、いい思いもさせてもらった。だけどこれ以上は続けられない。嘘はつけない」
 「嘘?」
 今井は真赤な顔してたな。
 「バイブ君。説明してもらえるかな?」
 そうさ。バイブは俺よりもこいつらに信用されてるからな。
 「すいません。俺らはやっぱり、俺らのやりたい音楽を、HIPHOPをやります。シーンを意識して大衆の共感を狙う事が間違いだとは思いません。だけど、俺達の求めた世界じゃない。今やっている事は俺らのリアルじゃない」
 「何を君らは甘い事を言っているんだ。そんなの理想論だ。君らがやってたHIPHOPこそ嘘じゃないか。何がギャングスターだ。そんな奴、この日本にはいない。あんなのが売れると思ってるのか?この時代に自分達のやりたい事だけやって食っていけると思ってるのか?リアルがなんだって言うんだ」
 「わかっています。確かに日本にギャングスターはいない。そんなの万人に響かないかもしれない。そんな事やっても食っていけないかもしれない。だけど、やりたい事をやってだめなら諦められます。今のままじゃ、後悔が残る」
 するとマネージャーの岡田が震えながら言った。後で聞いたら、こいつは先走ってファンクラブとか作ってやがったんだ。
 「今日待ってるお客さん達にはなんて言うんだ?君達の家族は悲しむだろ。僕達は嘘をついていましたとでも言うのか?」
 「それは謝罪します。俺達は嘘をついてたんだから。自分のホントの想いを語っていなかった。だけど、もしついて来てくれるファンがいるなら、少数でもその人達に向けて音楽を作り続けます」
 「何を綺麗事を。この成功を、人気を捨てるって言うのか?お前らにそんな事できるのか?お前らなんて、一回消えたら二度と・・・」
 今井が癇癪を起そうとした時、スタッフが俺らを呼びに来た。
 「そろそろ開演です」
 「そう言う事です。失礼します」
 俺らはそれだけ言って楽屋を後にした。

ステージ袖で、俺はバイブにもう一度聞いた。
 「本当にいいのか?お前だけ残る道もあるし、俺はそれでもいいと思ってる」
 「バーカ。何言ってやがる。俺らはブラザーだぜ。それにな、ワールド。元々お前を引き込んだのは俺だ。そこは悪いと思ってるんだ。家族を、まわりにいる人間を喜ばせたい。それは本心だった。だけどそんなのは言いわけだったのかも知れない。やりたくない事で与えた喜びなんて嘘だ」
 「いいのか?マジで」
 「何度も言わせるな。俺だって、お前のラップのうしろでDJがしたい。俺らはホントの俺らのスタイルでこのシーンを、世界を変えるんだ。ワールドとサバイブするんだ」
 まったくホットな奴だ。俺らはハイタッチをしてステージに向かった。怒号の様な歓声と、光の渦に吸いこまれる。 
 身体がはち切れそうになるくらい俺は歌い、手が擦り切れそうになるくらいバイブはレコードを擦った。自分達の言葉じゃないからこそ魂を込めてアクトしなきゃいけねーって思ったんだ。
スゲーいいライヴだった。それがすべて俺らにとって虚構だったとしても、ファン一人一人の姿を俺らは目を晒さないで鮮明に記憶に刻んだ。
この罪悪感を忘れちゃいけねーって。そんでこの記憶を糧にして、自分達のHIPHOPでこの場所に帰ってくる事が、ファンへの謝罪であり恩返しにもなるって信じて。
 そして、とうとう最後の曲になった。
 「みなさん。ここでみなさんに言わなければならない事があります」
 会場は更なる歓声に包まれた。ほとんどの客がセカンドアルバムの制作発表だと思ってたんだ。
 「俺達WAVは、今日を持って活動を停止します。そして、俺達は元のワールド&SIR VIVEに戻ります」
 すると会場が静まり返った。
 「みなさんごめんなさい。俺達には、やりたいHIPHOPがあるんだ。それをやる為に、そしてまたここに帰ってくる為にそういう決断をしたんだ。本当の俺らの言葉で、姿で、またみんなの前に戻ってくるから」
 そこでバイブがスクラッチを入れてビートを鳴らした。この日の為に二人だけで作った曲よ。
 「最後に、みんなに俺らの本当のHIPHOPを聞いてもらいたい。本当にみんなありがとう。さあ、ここからが本番だ!メロディーなんてないぜ!YO!手上げろ!手上げろ!俺らがワールド&SIR VIVE。行くぞ!」

バース1
 生きる意味 探す旅の果てに

 見つけたはずのこの地 このステージ

 これがリアルとずっと言い聞かし

 成功への道 歩き出し

 だけど気付いたこれは違う道

 何かに囚われた イカサマの道

 歓声上げる 観衆前に

 偽りであると目覚めた日

 フープラ B‐PARK 思い込めた

 青春詰めた あの日々はNO DOUBT

 笑われたって関係なかった 心の叫び マジでHUNG OUT

 俺は決めたぜ もう誤魔化さないぜ 自分の言葉で綴るって

 それができなきゃ 全部嘘だって 気付かせてくれたすべてにSCREAM

フック
 俺は俺の為にライムする バイブと共に シャウトする

 それじゃマジDARTY?関係ねえ それこそが俺らのリアル

 そしてお前らの為にもライムする バイブと共に ジャンプする

 それじゃ無理だシーンには乗らねえ? 関係ねえリアルの果てならば

バース2
 東京城南 灯したランタン

 ワールドと共に メイクビーツ ガンガン

 すると訪れた 見えない混沌

 手をすり抜けた グラスとシャンパン

 仲間が離れ 女も盗られ 失くしたぜ我 悔しさ堪え

 不意に訪れた チャンスの芽

 変わった人生 永久に続け

 そうさ こればっかりは感謝してる

 間違いかもしれねえ わかってる

 だけどこの衝動には抗えねえ 

 心の叫び 捨てきれねえ

 俺はライムするラップするバイブはレコード擦る

 迷いはない 不安もない 

 辿りつく場所に 戸惑わない

 俺は俺の言葉を信じ生きる

 そう これが俺らのHIPHOPブーギー

フック
 俺は俺の為にライムする バイブと共に シャウトする

 それじゃマジDARTY?関係ねえ それこそが俺らの心のリアル

 そしてお前らの為にもライムする バイブと共に ジャンプする

 それじゃ無理だシーンには乗らねえ? 関係ねえリアルの果てならば

 正直、会場が一つになったわけでもなかった。盛り上がってたのは半分くらい。もしかしたらそれ以下だったかもしんない。だけど、それはそれさ。今の俺らのHIPHOPの力はそんなもんって事だって納得できた。
 そんな事よりも重要だったのは、俺らが元の俺らに戻ったって事よ。そんで、自分の言葉を発したって事。マジベイビーに逆戻りした様な気分だったが、武道館からの再出発。悪くない。
 甘い?舐めてる?この先どうすんだ?OK。そんなんこれから考えるさ。そんで証明する。これが正しかったって。
もう周りのせいにも、シーンのせいにもしねえ。俺らは俺達のHIPHOPで駆けて行く!

 俺がお前を揺らす

 お前が俺を覚ます

 リアル翳した 今この時に・・・

 「ちょっと」

 その答えの先 もう迷いはなし・・・

 「ちょっとあんた。リアルリアルってうるさいわよ」
 「何だよ姉ちゃん。だからノックしろって」
 「何回もしたわよ。そんな事より、はい。今のあんたのリアル。ここに料理本置いておくから。フリーターなんだから、料理くらいしなさい。今日当番よ!」
 「おいおい・・・。これが今の俺のリアルかよ・・・。リアルってなんなんだ?」 

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SONE
僕は37歳のサラリーマンです。こらからnoteで小説を投稿していこうと考えています。 小説のテーマは音楽やスポーツや恋愛など様々ですが、自分が育った東京の城南地区(主に東横線や田園都市線沿い) を舞台に、2000年代に青春を過ごした同世代の人達に向けたものを書いていくつもりです。