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ハンドクリームの記憶
水仕事をしている彼女の手は、冬になると荒れてとても痛々しかった。僕は寒くなってくると彼女にハンドクリームをプレゼントしていた。
「はい。これいつもの」と渡すと彼女は「そろそろだと思って待ってた」と言って笑顔を浮かべてくれた。しかしいつからか「毎年いらないなよ」「ワセリンの方が効くから」とプレゼントをしても喜ばなくなっていった。
気持ちが離れているのを知りながら、それでも僕は彼女のためにハンドクリームを買い続けた。いつかまた、あの笑顔を見せてくれるだろうと、微かな期待にすがって。
今でも、いつも買っていたハンドクリームが売っているお店の前を通り、香りを嗅ぐとあの時の辛い気持ちと愛しい彼女の手を思い出す。あの小さく華奢な手は今年も荒れてしまっているのだろうか。そして、もう他の誰かが暖めているのだろうか。
優しくなれない僕は、できれば彼女の手が荒れたままであって欲しいと願ってしまう。彼女の手を暖めるのは僕だけであってほしいと。
僕はまだ、君を忘れられないでいる。
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