ハンドクリームの記憶
水仕事をしている彼女の手は、冬になると荒れてとても痛々しかった。僕は寒くなってくると彼女にハンドクリームをプレゼントしていた。
「はい。これいつもの」と渡すと彼女は「そろそろだと思って待ってた」と言って笑顔を浮かべてくれた。しかしいつからか「毎年いらないなよ」「ワセリンの方が効くから」とプレゼントをしても喜ばなくなっていった。
気持ちが離れているのを知りながら、それでも僕は彼女のためにハンドクリームを買い続けた。いつかまた、あの笑顔を見せてくれるだろうと、微かな期待にすがって。
今でも、いつも買っていたハンドクリームが売っているお店の前を通り、香りを嗅ぐとあの時の辛い気持ちと愛しい彼女の手を思い出す。あの小さく華奢な手は今年も荒れてしまっているのだろうか。そして、もう他の誰かが暖めているのだろうか。
優しくなれない僕は、できれば彼女の手が荒れたままであって欲しいと願ってしまう。彼女の手を暖めるのは僕だけであってほしいと。
僕はまだ、君を忘れられないでいる。
僕は37歳のサラリーマンです。こらからnoteで小説を投稿していこうと考えています。 小説のテーマは音楽やスポーツや恋愛など様々ですが、自分が育った東京の城南地区(主に東横線や田園都市線沿い) を舞台に、2000年代に青春を過ごした同世代の人達に向けたものを書いていくつもりです。