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バレンタインデーの懺悔

本当ならバレンタインデーなんてイベント全く関係ない気にもならない歳になってる筈だ。
ところがいい歳したおっさんなのに自分は未だにバレンタインという言葉に敏感に反応してしまう。
毎年この季節が来ると罪悪感に胸を潰されそうな気分になっている。

今の自分の人格に大袈裟抜きで一番影響を与えた人がいて、その人は自分が一生罪悪感を感じ続ける相手だ。

自分が通った中学は当時県内一荒れてることで有名で、地元民からやくざ養成学校って揶揄されるぐらいだった。
自分の在学中も授業中生徒がナイフで腹を刺される流血事件が起こって大量のパトカーと救急車が来ることとかもあったし、妊娠中の女性教師を畜生不良が遊び半分で階段から蹴り落として新聞沙汰になったりしていた。
気の弱い教師が生徒に震えながら敬語使ってたり、
そんな教師を不良が面白がって授業中廊下で追いかけ回したりしてる無茶苦茶な環境だった。
親たちも心配して、小学校から上がると、かなりの数の同級生がわざわざ隣校区に引っ越して転校していった。
イジメなんかも凄惨だったし、裁ちバサミで乳首切り落とされたやつとかもいた。

自分は酷い目に合わずに無事中学生活を送るために、
目の前にいる相手を不快にさせないよう徹して、とにかく敵を作らないことに徹した。
誰にでも朝から挨拶して、周囲から孤立しないよう人から話しかけやすい人間を演じた。
全然興味ない喧嘩の話とかでも興味ありげに相づち打ちながら延々と聞いていたし、返事を催促されたときは自分の意見は殺して相手が望んでそうな答えを機械的に返してた。
今の自分とは正反対のキャラだけど、
誰とも敵対しない八方美人作戦は功を奏して、思っていたより3年間普通に楽しめたし、それなりにみんなと上手く付き合えた。

2年の3学期になってすぐの頃、その八方美人にころっと騙された人がいた。
その人は、放課後たまに一人で教室にいることがあった。
不良校で男子の揉め事に巻き込まれずに生き抜く事に精一杯だった自分は、女子の世界はよく知らなかったけど、その人が一人でいることが多い理由はなんとなく知っていた。

いわゆる女子のスクールカーストの上位グループから、なんでか知らないけど嫌われているみたいな空気だった。
友達がいないわけじゃないみたいだったけど、八方美人の自分とは反対で、学校で話をする相手はかなり限定されてるみたいだった。

放課後何かの用事で教室に戻ったとき、
誰かいるのになんの挨拶もしないで教室を出て行くのが気まずく感じるぐらいは八方美人根性が染み付いていたので、
声をかけてたまに長話を聞いた。

だいたい他の女子との人間関係の愚痴だった。
全然興味がなかったので適当に聞き流しながらふーんいろいろ大変なんだねーって相づち打っていた。
ほとんど話聞いてないくせに
「あーそれ少しわかるかも」
なんてすごい適当な事言ってたような気がする。
この人話し長いなぁ…そろそろ終わらないかなーって思いながら聞いていたので、その人に自分自身の事を話す事はほとんどなかった。

正直その人には全く興味がなかった。
なんでかって言うと、少し言いづらいことだけど、可愛い子だったら興味が湧いたと思う…
つまりはそういうことだった。

八方美人してたのでバレンタインで貰える義理チョコの数は、
他の男子より多かった自信がある。
数で勝負するならモテキャラにも勝ってたぐらい。
でも、自分は子供の頃からチョコがあまり好きじゃなかった。
口の中にまとわりつくような食感が苦手。

その事はよく人に話していたんだけど、義理チョコでわざわざそんな考慮してくれる女子はいなかった。

でも、この年初めてバレンタインにチョコ以外のものを貰った。
なんの前触れもなく手作りのクッキーを貰った。

自分はその人に直接チョコが苦手なことを話したことはなかったけど、どこかで他の人に話していた情報が流れたんじゃないかなと勝手に思ってる。
バレンタインって言ったら普通チョコレートだろうし、わざわざクッキー作ってきたのはそういう事なんじゃないかな?と思ってる。

でも、手渡してもらった場所が悪かった。
自分もピチピチの中学男子だったし、当然好きな女の子も普通にいて、その子の目の前で渡された。
でもってクッキーの人は女子の間で少し嫌われてるわけで…
上手く説明できない感情だけど、正直少し嫌な気分になった。

そのせいで、たぶんお礼もそっけなかったと思う。

家に帰って「あー変なところ見られちゃったなぁ。どう思われたかなー」
って自分と好きな子のことだけ考えて、
クッキーくれた人の事なんて1ミリも考えていなかったような気がする。
これ言うの2回目だけど自分はその人に興味がなかった。
そのクッキーも部屋の中にポイって放ったらかしてた。

3日ぐらいして、そう言えばもらったクッキーでも食べようかな?と思ってやっと包装解いた。
すごく可愛らしく包装してあるのに気付いて、器用なんだな…なんて思ったんだけど
アリが湧いててクッキーはちっちゃいアリまみれになってた。
凄い罪悪感を感じながらクッキーはゴミ箱にポイした。

包装の中には手紙が入ってて自分の何処を気に入ったかなんかがいろいろ書かれていた。
まんま自分の表層人格の部分だったし、
仲良くなって中身知られたら絶対幻滅されるやつだコレって思った。
そもそもこの人と自分の接点は放課後何回か一方的に向こうの話を聞いただけだし、そりゃ表面上の事しか知らないよなって思った。

手紙の最後に日曜日の13:00に近くの公園で待ってると書いてあった。
わざわざおめかしして行くつもりだから2時間ぐらいは待ってるかもって書いてあった。

で、もらってから3日経ってたから、
それはまさに今日の事で、もう3時近くになってた。
2時間ぐらい待つって書いてあるし今もいるかも知れないと思った。
でもアリまみれクッキー捨てちゃったし、
クッキーの感想とか聞かれたら、
いくら自分でも笑顔で美味しかったなんて言えないぞ…
いろいろ考えてるうちに3時回ってたし、
考えるのも面倒くさくなって現実逃避して忘れることにした。

最低なことを考えていた。
あの人味方少ないし別に敵に回しても
それほど自分の害にはならないだろうって。
なんか面倒くさい気持ちの方が強いから無視しようって。

次の日、顔合わせるの気まずいなぁって思いながら学校行ったんだけど、
いきなり下駄箱のところで鉢合わせしてしまった。
絶対怒ってるかヘコんでると思ってたけど、
何事も無かったかのようにいつも以上の笑顔でおはよう!って返してくれた。
正直、その時の自分は恐怖を感じた。
なんで笑ってるんだろう?って。

それからは、何となく気まずいから自分からはなるべくその人に近付かないようになった。
結構露骨に避けていたような気がするし、
多分避けられてることはその人も気づいていたと思う。

でも、顔を合わせて挨拶するときは、
その人いつも笑顔だったような気がする。
放課後愚痴聞いてたとき以外は、
自分はその人の笑顔しか知らない。

その後、2回下駄箱に手紙が入ってた。

一度は3年の夏休みの少し前。
夏休み1日だけ空けてくれないかって書いてあった。
友達として遊びに行こうって。
気まずかったし面倒くさかったので無視した。
でも、学校で顔を合わせるときはやっぱり無視されたことが無かったかのように普段どおりに挨拶してくれた。

最後の手紙は卒業式の一週間ぐらい前。
文面は今までで一番短かった。

しつこくてホントごめん
土曜日に公園で待ってる

時間は書いてなかった。
面倒くさくて無視した。

今でも自己中じゃあるんだけど、
あのときの自分は今よりずっとずっと自己中で、
自分と自分が興味ある人間以外の人の気持ちなんか全然考えてなかった。

それから何日かして、
ブチ切れたその人の仲の良い友達から無茶苦茶怒られた。
最低のクズだと罵られた。
駄目なら駄目で返事ぐらいしてやれ
それでも男か?って蹴られた。
人の気持ち考えた事あんの?
あの子はいつもあんたのせいで泣いてたって教えられた。

でも、自分の前ではいつも笑顔だったような気がする。

中学最後の1年間、自分はその人を無視し続けてそれなりに楽しく過ごしてたんだけど、その人にはすごく嫌な思い出として残っちゃうんだろうな…
面倒くさくて考えないようにしてたけど、
その人の気持ちになって考えたらすごくキツかっただろうな…
初めてその人の気持ち考えてみたら、あまりにもキツすぎた。

謝ろう謝ろうと思ってはいたんだけど、結局それすら出来ずにそのまま卒業してしまった。

高校に入って八方美人をやめた。
今の我を出しまくり敵作りまくりの嫌味丸出しの人間になった。
もし、興味ない人に、可愛いと思わない人に初めからやーいブサイクって言えてたら
不誠実で面倒くさがりな自分とあの人が、
関わり合いになることもなかったし、
あの人は傷つかずに済んだ。
素の自分のクズ振りを最初から晒して
それでもOKな人以外は近付けないようになった。
付き合う人間の数はものすごく減った。
多分あのことがなかったら今の自分の性格はまったく別物だったと思う。
たぶんもう少しいい人のはずだ

と言うか自分自身の初恋の思い出とかどんどん薄れていって、初恋のときの感情も初恋の人の顔すらもぼんやりとしか思い出せないんだけど、
20年以上経った今でもバレンタインデーが近づくと、ゴミ箱に投げ入れたアリまみれのクッキーと、健気に頑張って作ってくれてた可愛くないあの人の笑顔が思い浮かんで、
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいってなる。

全然興味なかったはずのあの人は、
おそらく自分の人生の中で一番長く自分の心を支配し続けた人になるだろう。

そして、その人への罪悪感からか
この季節は少しだけ他人に優しくなれる気がする。

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