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パジャマで海なんかいかない @天王洲キャナルフェス(20230423)

 祝祭ムードの水辺の街を彩る、上質で刺激的なグルーヴ。

 1年前くらいだろうか。ぼんやりとネットで心地よい楽曲を探していた際に、クロエ・キブル(Chloe Kibble)の「Unhiding」に出会った。麗らかで瑞々しく、懐を温めるような優しい肌当たりで、オーガニックでありながら活力もあるヴォーカルが耳を惹いたのだが、その後、プロデューサー/ビートメイカーのuruwashiによるネオソウル/トラップR&B風の「Love Me」という曲にもふと耳が止まった。どこかで聴き覚えのある声だと思ったら、そのクロエ・キブルをヴォーカルにフィーチャーしていた曲だった。

 俄然クロエ・キブルという人物が気になり始めたところ、「Unhiding」はデビュー曲で、当時発表されたオリジナルはその楽曲のみだったため、その時は深く情報を得ようとせず、一旦様子見をしていた。

 しばらくして、英語のなかにチョロッと日本語のフレーズが入り込む、女性のツインヴォーカルらしきオルタナティヴ・ネオソウル/ジャズ調の「trip」なる曲を発見。アーティストの名は"パジャマで海なんかいかない”だという。耳の奥で聴き覚えを感じたヴォーカルに、もしや……と思ってパジャマで海なんかいかないのメンバーをチェックすると、"クロエ”という名前が。

 実のところ、"パジャマで海なんかいかない”というバンド名は初見ではなかった。インパクトあるネーミングゆえ、名前だけは目にしていた記憶があったのだが、サブカルライクなネーミングという印象だったからか、"ヤバイTシャツ屋さん”とか"キュウソネコカミ”のような系統のロック・バンドだと勝手に思い違いをしていて、まさかネオソウルやジャズが通底したサウンドを奏でるグループだとは思いもしなかったのだ。
 という経緯から、ようやく最近になって、クロエ・キブルとパジャマで海なんかいかないが自分のなかで繋がった。

 パジャマで海なんかいかない、通称"パジャ海”は、鍵盤奏者/作・編曲家で、Yasei CollectoiveやGentle Forest Jazz Bandといったバンドでも活動経験のある別所和洋のソロ・プロジェクトとして発足。2021年よりFiJA、Chloeのヴォーカル2名と、ベースにHaruna(まきやまはる菜/牧山羽留奈)、ドラムにSeiya(小名坂誠哉)が加わり、5名編成のバンドスタイルへ移行。2022年に1stアルバム『Trip』をリリースしている。

PAJAUMI / パジャマで海なんかいかない

 ひとまず、実際にライヴを観てみたいと思っていたところ、4月21日より3日にわたって天王洲アイル一帯で開催される「天王洲キャナルフェス2023 -SPRING-」にて、3日目の23日にフリーライヴを行なうという情報を嗅ぎ付け、夏のような晴れ晴れとした空模様のなか、天王洲まで足を運んだ。

 ライヴは、建築家・隈研吾監修の天王洲運河に浮かぶ船上スペース「T-LOTUS M」をステージにしたもので、デッキ風のボードウォークから船を見上げるような形で観賞することになるのだが、ちょうど真上に太陽が燦燦と輝いていて、なかなか眩しい。空を見上げるほどもない高さで飛行機が幾度となく行き交うのも、羽田空港に近い天王洲ならではの光景か。DJ DAISHIZENのリラクシンで身体を揺らすに相応しいプレイに浸っていると、あっという間にパジャ海の出演時刻に。最初は別所をはじめとする楽器隊のみの3名がステージに登場し、インストゥルメンタル曲を2曲披露。それに続いて女性ヴォーカル陣2名が加わると、「Let Me Know」からは歌モノ曲を展開。「〈パジャマで海なんかいかない〉という名前ですが、パジャマで海に来ちゃいました!」と挨拶していたが、メンバー全員がアーシーな柄のパジャマ仕様の衣装を身に纏っていた。

 海が近く、風もある船上ステージゆえ、音響についてはそれほど期待していなかった(気にしないようにしていた)のだが、おそらくそれぞれがジャズの名プレイヤーに指南・師事し、ジャズ畑で多くの場数を踏んできただろうメンバーゆえ、音やグルーヴをフレキシブルに捉えて、高揚へといざなう手腕が秀抜。そこへFiJAとChloeの清新で洗練されたヴォーカルが重なると、テクニカルかつオルタナティヴなバンド・サウンドが一気に親和性を高め、エクスペリメンタルなポップの側面を持ったネオソウルやジャズとして昇華していく様が痛快だ。

 中盤で披露した「Between the Lines」は、オーガニックなネオソウル然としたヴァース、テンポアップして爽快なグルーヴを走らせるなかでエレガントなヴォーカルが映えるフック、鍵盤、ベース、ドラムが絡み合いながら熱情を滾らせるアウトロと、さまざまな変化に富む楽曲だが、複雑さによる気難しさはなく、演奏と歌唱の距離感やバンドとしての一体感が絶妙だ。

 かたや「Blue」は、しなやかなミディアムによる浸透性がウリの楽曲かと思いきや、Seiyaの力感溢れるドラムを合図に生命が蠢き出すような活力が沸き上がるアレンジで、観客の興奮を高めていく。

 ステージは、個人的にパジャ海との出会いの曲となった「trip」でエンディング。チチチチと刻むドラムとともに流れるように指を滑らせる鍵盤がヴォルテージを一層高めるが、そのなかでも主張は激しくないのに、グイグイと褐色のビートを這わせるベースが心地よさを倍加させていたように思えた。背後に飛行機が滑空していくなかで、FiJAとChloeがグルーヴの波に身を委ねて声色を重ねていく姿は、文字通りの心地よき音の"旅”であり、"刺激的”な体験の発露でもあった(tripには「刺激的な体験」という意味もある)。

 40分弱の屋外ステージだったが、天候にも恵まれ、清々しい聴後感が体躯を巡ると同時に、屋内ステージではどのような演奏を繰り広げるのだろうかという興味も芽生えてきた。ネーミングの先入観でこのようなグッドミュージックを遠ざけていた自身を反省しながら、パジャ海の音世界の余韻と海風を感じる昼下がりとなった。

◇◇◇
<SET LIST>
01 (Instrumental)
02 Dream Journey(Instrumental)
03 Let Me Know
04 Rain
05 Between the Lines
06 Blue 
07 Trip

<MEMBERS>
Bessho(別所和洋 / key)
FiJA(vo)
Chloe(Chloe Kibble / vo)
Haruna(まきやまはる菜 / b)
Seiya(小名坂誠哉 / ds)

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もし、仮に、気まぐれにも、サポートをしていただける奇特な方がいらっしゃったあかつきには、積み上げたものぶっ壊して、身に着けたもの取っ払って……全力でお礼させていただきます。