黒川沙良 @BANK30(20230424)
ナチュラルとハプニングが同居した、情感溢れるアクト。
竹芝埠頭や浜離宮にも近いアーバンなウォーターフロントに立つ複合施設「ウォーターズ竹芝」内のアトレ竹芝に誕生した、日本初というラグジュアリーオーシャンビューラウンジ「BANK30」にて、シンガー・ソングライター/ピアニストの黒川沙良が〈TALIKA JAPON presents MOMENT feat. 黒川沙良〉を開催。黒川はこれまでもBANK30でライヴを行なっているようで、直近では昨年9月以来とのこと。個人的には初めてのBANK30となる。黒川のライヴは、2月のバースデーライヴ(記事 →「黒川沙良 @BLUES ALLEY JAPAN(20230220)」)以来。
バンドセットだったバースデーライヴとは異なり、自らが鍵盤を弾き、オケに合わせて歌うソロ/弾き語りスタイルでのステージ。それぞれ30~40分前後の2セットで、未音源化の「Secret Call」や、3月8日にリリースされたTokimeki Recordsへ客演した大澤誉志幸のカヴァー「そして僕は途方に暮れる」といったフレッシュな楽曲、ライヴ恒例の即興ソングコーナーなど、親和性がありながらもエレガンスを感じるパフォーマンスを展開した。
1stセットでのトピックは、弾き語りで披露した「Appreciate」だろう。「ありがとう 愛してる」を繰り返し、愛と感謝を伝える黒川が大切にしている楽曲の一つだが、曲中に感極まって歌えなくなる場面が。普段はライヴで泣いたりしないという黒川だが、何か音楽活動やプライヴェートで思い巡らすことがあったのだろうか……などと考えていたら、2ndセットの冒頭で、その涙について弁明。「Appreciate」歌唱中に山形から観に来ていた祖母がおしぼりで目を拭ったのが目に入り、それに釣られて想いが込み上げたようなのだが、演奏後に家族が祖母に黒川が涙していたことについて問うたところ、「え、そうなの?」と気にも留めていなかったらしい。黒川は思わず「泣き損じゃん!」と叫んでいたが、今回は思い込みに終わってしまったものの、それだけ歌詞にある気持ちを聴き手に届けたいという真摯な感情に溢れているということだろう。
その涙を払拭するかのごとく、アドリブによる即興ソングコーナーを挟んで、1stセットの最後に披露したのが、もう一つのトピックとなる大澤誉志幸が1984年にリリースしたヒット曲「そして僕は途方に暮れる」のカヴァー。黒川いわく「自分が生まれる前の曲」というこの曲を歌うきっかけは、80~90年代の邦・洋楽カヴァー・プロジェクトのTokimeki Recordsからのオファーとのこと。Tokimeki Recordsは、竹内まりや「Plastic Love」のカヴァー以降、主にひかりをヴォーカルに迎えてコンスタントに楽曲を発表。2022年前後からはオリジナル楽曲も手掛け、同年にオリジナル・アルバム『透明なガール』もリリースしている。
Tokimeki Recordsは、たとえば中谷美紀の「MIND CIRCUS」や杏里の「悲しみがとまらない」などのカヴァーにしろ、「SLEEP PARTY」や「透明なガール 〜Dye me〜」などのオリジナルにしろ、80~90年代の歌謡ポップスの空気、言うなれば、祭りの後のうら哀しさにも窺える、都会性とセンチメンタリズムを重ねたビタースウィートな感覚が特色。いわゆる"シティポップ”という枠組みになぞらえながら、エレクトリックなアレンジで描出するのが肝なゆえ、その音質とは異なるこのステージでの黒川のヴォーカルと演出では、やや身綺麗過ぎたか、少し物足りなさを感じたのも正直なところ。瑞々しい瀟洒な歌い口のなかに、仄かにほろ苦さや毒気が見え隠れするのが黒川のひとつの優れた独創性だと勝手に感じているからかもしれないが、もう少しアクがあるヴォーカルに重心を寄せても良いのではないかとも思えた。ただ、これは、今回の弾き語りソロスタイルでの印象であって、あくまでも客演曲ゆえ、Tokimeki Recordsの楽曲イメージ(音源)の歌唱として、郷愁と洒脱を兼ね備えたドリーミーな世界観を作り上げるのには十全ということなのだろう。
祖母の話を受けて、「誰にも惑わされないようにしよう、もういいじゃん!」ということで、2ndセットは「いいじゃん」から幕開け。キーボードを離れ、前に立ってマイクにて披露した「pulse」「ブリコー」の悲哀ミディアムR&Bは、リスナーの心をグッと掴まれるような訴求力の高いヴォーカルワークで、一瞬にして甘美かつ艶やかな世界へといざなう。見目麗しい黒川が、「pulse」で成就しない恋愛へのもどかしさに嘆き、「ブリコー」で遊ばれた男に「クソ野郎」と唸ったかと思うと、続いて鍵盤に戻って披露した「ガールズトーク」では軽快なリズムのなかをキュートな笑顔で跳ねるように歌うなど、その振り幅の広さや懐の深さも魅力のひとつだ。フロアからのクラップを味方に破顔する様子は、自らの歌を届けられるという歌い手としての喜びも感じられた。
本編ラストは「I'm Going My Way」、アンコールは未音源化の「Secret Call」でという対照的な楽曲を並べてエンディング。R&Bバラディアーが好みそうなどっぷりと浸る「Secret Call」も聴き応えがあるのだが、個人的には、やはり「I'm Going My Way」のような、レトロな彩りを忍ばせチープな音色も添えたUSコンテンポラリーなアッパーR&Bへのさりげない対応力は、もっと評価されてもよいと思うのだが、どうだろうか。
「自然体をテーマに」ということでスタートした2セットだったが、涙あり、笑いあり、即興ありと、思いのほかヴァラエティに富んだステージに。このポテンシャルの高さが活かされる楽曲が次々と生まれるよう期待を抱きながら、夜景が煌めくウォーターフロントを後にしたのだった。
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<SET LIST>
≪1st Set≫
01 Allnight (*P)
02 I Still Love You (*O)
03 イイネシナイデ
04 Blue (*P)
05 Appreciate (*P)
06 即興ソングコーナー ~ "新しい出会い” "月曜日”
07 そして僕は途方に暮れる(Covered by Tokimeki Records feat. 黒川沙良, Original by 大澤誉志幸)
≪2nd Set≫
01 いいじゃん
02 pulse
03 ブリコー
04 ガールズトーク (*O)
05 I'm Going My Way
≪ENCORE≫
06 Secret Call
(*P):song from album『Prelude』
(*O):song from album『On My Piano』
<MEMBERS>
Sala Kurokawa / 黒川沙良(vo,key)
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【黒川沙良に関する記事】
2020/09/12 黒川沙良「イイネシナイデ/ブリコー」
2022/12/22 黒川沙良 @下北沢SEED SHIP
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黒川沙良 @BANK30(20230424)(本記事)