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INCOGNITO @高崎芸術劇場(20241220)

 45年の変遷と不変のファンクネスで魅せた、貫禄のステージ。

 思い返せば、今年の3月の公演から約9ヵ月ほどで再び高崎へ戻ってきた、ジャン=ポール・“ブルーイ”・モーニック率いるアシッドジャズ・コレクティヴ、インコグニート。前回の高崎芸術劇場スタジオシアター公演(記事→「INCOGNITO @高崎芸術劇場(20240310)」)は全席指定席だったが、本公演は前方がスタンディング、後方と2階席が指定席というスタイル。多くのファンに終始踊ってもらおうという趣旨があったかは分からないが、少なからずフロアの熱量をより高めるのに貢献していた。
 開場前の高崎芸術劇場のエントランスフロアは、今や遅しと前のめりになっているインコグニートファンで溢れ、期待を寄せる声があちらこちらか聞こえるなか、定刻の18時に開場がスタート。スタンディングのチケットの入場整理番号がそれなりに若かったこともあって、最前列のポジションでブルーイ一行を待つこととなった。

 今回の来日ツアーは、12月14日~16日のブルーノート東京公演、18日の名古屋クラブクアトロ公演までが前半戦で、19日の大阪・梅田クラブクアトロ公演から20日の高崎芸術劇場(スタジオシアター)公演、21日~23日のブルーノート東京公演までがスペシャルゲストとしてメイザ(・リーク)を迎えた公演となる。タイトルに〈INCOGNITO "45th Anniversary Tour"〉とあるように、結成45周年を記念したアニヴァーサリーツアーで、春3月のツアーではアルバム『イントゥ・ユー』のリリースを記念したツアーだったが、その『イントゥ・ユー』収録曲(「キープ・ミー・イン・ザ・ダーク」「1993」「ナッシング・メイクス・ミー・フィール・ベター」)も組み込みながら、初期の楽曲に重心を寄せた構成に。ライヴ定番曲の「スティル・ア・フレンド・オブ・マイン」「トーキング・ラウド」などに「シンキング・アバウト・トゥモロー」「スマイリング・フェイセズ」「ディープ・ウォーター」がプラスされて、黄色のジャケットが目を惹く1993年のアルバム『ポジティヴィティ』収録曲を軸とするセットリストになった。

 流動的にメンバーが代わるインコグニートだが、春3月の公演からヴォーカリストたちがガラッと変更。ナタリー・ダンカンは前回に引き続いて名を連ねたが、お馴染みのトニー・モムレルに代わって、男性ヴォーカルにはテディベアのような大柄のゼビュロン・エリスを起用。そのほか、黒人女性ヴォーカルのデボラ・ボンド、ショービズで活躍するモデルや女優のような顔立ちの白人女性のメーガン・カーンがステージに並ぶ。カーンはバックヴォーカルとしての参加だが、「ドント・ユー・ウォリー・アバウト・ア・シング」のイントロではシシリー(伊・シチリア島)出身のキッコ・アロッタの伴奏でソロを任されていた。そして、センターステージにメイザが加わり、5名のヴォーカリストたちが並んで魅惑のハーモニーを重ねる瞬間は、何とも胸躍る、豪華な光景だった。

 また、ベーシストは、高身長のジャマイカンのフランシス・ヒルトンからジョー・サムに代わったのも大きなポイントか。キャップの上にフードを被り、小柄ながらも溌溂とした爪弾きでボトムを鳴らす。ライヴ恒例となっているイタリアの伊達男フランチェスコ・メンドリアと(前回のリッチー・スウィートに代わって再び呼ばれた)マカオのパーカショニストのジョアン・カエタノの(ブルーイいわく)“インコグニート元気ドラマーズ”による壮絶セッション「スーパーソニック・ロード・スモー」の直前に、サムのベースとアロッタの鍵盤で快いセッションを繰り広げていたのが印象的だった。そのほか、トロンボーンがアリステア・ホワイトからトレヴァー・マイアズへとチェンジしていた。

 ブルーイの「年末ダネ~」の発声から始まった結成45周年記念ライヴは、バンダ・ブラック・リオのジャズ・ファンク「エクスプレッソ・マドゥレイラ」のカヴァーから興奮の波が次々と押し寄せる展開。ヴォーカル陣のスキャットのみの「シンキング・アバウト・トゥモロー」とインストゥルメンタル・チューンが続いたところで、ブルーイの「ウェルカム・メイサ!」の招きでインコグニートの元祖歌姫メイザが登場。「トーキング・ラウド」で待ち侘びていた貫禄十分のヴォーカルが響くと、大きな歓声が沸き起こった。

 “ヴォイス・オブ・インコグニート”ことメイザは別格として、ヴォーカル陣の軸となるのはナタリー・ダンカン。明確なメイン・ヴォーカルは「キープ・ミー・イン・ザ・ダーク」くらいだが、歌唱にアクセントやアドリブをつけるなど、インコグニート・ヴォーカリストとして手慣れてきたか、気を利かせる役目も果たしていた。
 「アイ・シー・ザ・サン」のリードを執ったのは、アルバム『アンプリファイド・ソウル』に参加するほか、2016年のインコグニートのブルーノート東京公演(記事→「INCOGNITO@BLUENOTE TOKYO」)や、ブルーイのもう一つのプロジェクト“シトラス・サン”でもヴォーカルを務めたデボラ・ボンド。歌い出しこそ軽やかでモダンな歌い口だったが、やはりクライマックスになると持ち前のファンキー・ヴォイスが炸裂。アニタ・ベイカーあたりの影響を窺わせる熱唱で魅せた。

 トニー・モムレルの穴を埋めるのはなかなかに難しいが、スティーヴィー・ワンダー・ミーツ・ゴスペルというような抑揚と懐の深いヴォーカルで圧倒したのが、ゼビュロン・エリス。大きな身体と愛くるしい表情とのギャップもポイントだが、ハイトーンファルセットを駆使しながら豊かな声量と巧みな表現力でスティーヴィー・ワンダーの名曲「アズ」(永遠の誓い)を歌い上げた。また、中盤に披露したインコグニート・クラシックス「スティル・ア・フレンド・オブ・マイン」では、メイザの背の高さに合わせて肩を寄せながらエナジー全開のデュオ・パートも披露し、喝采を浴びていた。

 ヴォーカル陣に目を惹くなか、鍵盤奏者のキッコ・アロッタもヴォーカリストとして活躍。“ドレミ”の音階で詞を紡いだ「1993」の後は、ブルーイのリクエストで坂本龍一の「メリー・クリスマス・ミスター・ローレンス」(戦場のメリークリスマス)の一節を歌い、フロアを沸かせた。

 ただ、何といっても強烈な印象を残したのは、メイザの「ディープ・ウォーター」。ゼビュロン・エリスが超絶熱唱し、会場がクラップで包まれた「アズ」(永遠の誓い)の直後で、なおかつ作風としては抑揚の幅も少ない、タイトルどおりにディープな曲調だけに、沸点に届いたヴォルテージを抑えてしまうのでは、と一瞬頭を過ぎったが、それは全くの邪推に終わった。深みのある低音と胸を揺らす漆黒のグルーヴはもちろん、ホイットニー・ヒューストンの代表曲のひとつ「オールウェイズ・ラヴ・ユー」から、“ディスコの女王”ことドナ・サマーの「愛の誘惑」、15タイムス・グラミー・ウィナーという世界的歌手アデルの「ハロー」、“ロックンロールの女王”ことティナ・ターナー「愛の魔力」といったフレーズを紡いで、アウトロで乱れ舞うほどの熱唱でまとめ上げたパフォーマンスは、固唾を呑むほどの迫力に満ちていた。選曲の明確な意図は分かりかねるが、ソウル・ミュージック・シーンに大きな軌跡を残してきた女性ヴォーカリストの矜持を、今の時代に改めて問いかけたかったのかもしれない。フロアの四方八方から喝采が飛び交ったことは言うまでもない。

 その興奮を軽快なリズムで加速させ、ザ・ジョーンズ・ガールズのカヴァー「ナイツ・オーヴァー・エジプト」でフロアは最高潮へ。照りのあるホーン・セクションの高鳴りにも後を押され、オーディエンスもパッションを発露させていく。ナタリー・ダンカンによる「コリブリ」のスキャットを挟んだアドリブ・コーラスも熱量の上昇に一役買っていた。

 ステージを降りることはなかったが、オーディエンスの止まない拍手と歓声に「チョットマッテ! 」「最後でいいの?」「スゴーイ、エナジーネ」「ノッテルカイ!」と立て続けにブルーイが叫んで、事実上のアンコールとなる「オールウェイズ・ゼア」へ。フロアにシンガロングが行き渡り、興奮と熱気がないまぜになりながらのエンディングとなった。

 ブルーイは途中で左腕をさすりながら袖へ行ったりもして、(グループとして45年も経っている訳で)若くない年齢もあるし、万全の状態ではなかったように見受けられたのは、少し気がかりではあった。だが、リードギターとしてチャーリー・アレンが手練な爪弾きを見せているから、演奏には問題はなし。最後はおなじみの愛と希望のメッセージを問いかけて、「ワン・ラヴ」のBGMでシンガロングしながらのハッピーエンド。インコグニートのファンキー・グルーヴをスタンディングで味わう醍醐味を存分に堪能した高崎の夜となった。

◇◇◇
<SET LIST>
00 INTRODUCTION
01 Expresso Madureira (original by Banda Black Rio)
02 Thinking About Tomorrow
03 Talkin' Loud (M)
04 Don't You Worry 'bout a Thing (original by Stevie Wonder) (M)
05 Keep Me in the Dark (N)
06 I See the Sun  (D)
07 Smiling Faces  (M)
08 Still a Friend of Mine  (M)(Z)
09 Colibri
10 Bass-Keyboard session ~ Supersonic Lord Sumo(Drum-Percussion session)
11 1993 / Merry Christmas Mr. Lawrence (original by Ryuichi Sakamoto) (C)
12 Nothing Makes Me Feel Better
13 As (original by Stevie Wonder)  (Z)
14 Deep Waters(include phrase of ”I Will Always Love You”(well known as Whitney Houston hit song)~ ”Love To Love You Baby”(original by Donna Summer)~ ”Hello”(original by Adele)~ ”What's Love Got To Do With It”(original by Tina Turner)  (M)
15 Nights Over Egypt (original by The Jones Girls)
《ENCORE》
16 Always There (original by Ronnie Laws, well known as Side Effect song)  (M)
17 OUTRO~BGM "One Love" by Bob Marley

(M): Lead vocal by Maysa
(N): Lead vocal by Natalie Duncan
(D): Lead vocal by Deborah Bond
(Z): Lead vocal by Zebulon Ellis
(C): Lead vocal by Chicco Allotta

<MEMBERS>
Jean-Paul 'Bluey' Maunick / ジャン=ポール “ブルーイ” モーニック(g)
Natalie Duncan / ナタリー・ダンカン(vo)
Deborah Bond / デボラ・ボンド(vo)
Zebulon Ellis / ゼビュロン・エリス(vo)
Megan Khan / メーガン・カーン(back vo)
Sid Gauld / シド・ゴウルド(tp)
Trevor Mires / トレヴァー・マイアズ(tb)
Andy Ross / アンディ・ロス(sax,fl)
Francesco Mendolia / フランチェスコ・メンドリア(ds)
Chicco Allotta / キッコ・アロッタ(key.vo)
Joao Caetano / ジョアン・カエタノ(perc)
Charlie Allen / チャーリー・アレン(g)
Joe Sam / ジョー・サム(b)
Special Guest:
Maysa / メイザ(vo)

◇◇◇
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