Daniel Caesar @東京国際フォーラム(20231206)
昂揚と寛ぎが交差し、絶叫が波打った90分。
カナダ・トロント東部のスカボローにて、1995年にアシュトン・デュマー・ノーウィル・シモンズ(Ashton Dumar Norwill Simmonds)として生を受けたシンガー・ソングライター/マルチインストゥルメンタリスト/プロデューサー、ダニエル・シーザーのツアー〈Daniel Caesar Presents “Superpowers World Tour – Leg 3: Australia + Asia+Hawaii”〉が東京国際フォーラム ホールAにて開催。今夏にはフジロックでパフォーマンスをしたが、単独来日公演としては初となる。
ダニエル・シーザーに注目しだしたのは、やはりH.E.R.とのグラミー賞最優秀R&Bパフォーマンス賞受賞曲「ベスト・パート」からで、どちらかといえば、当初はH.E.R.との共演相手として触れた形だ。その後、ブランディとも「ラヴ・アゲイン」(この曲もグラミー賞にノミネート)で共演。そして、何と言っても、ギヴォンとともに客演したジャスティン・ビーバー「ピーチズ」か。時間が経つにつれ期待が膨らんでいくなかで、3rdアルバム『ネヴァー・イナフ』が2023年にリリース。同作収録曲「スーパーパワーズ」の名を掲げてのワールドツアーの“レグ3”として、東京にも登場することとなった。
10月には米・ニューヨークのマディソンスクウェアガーデンのステージでH.E.R.と共演したようだが、さすがにこの東京公演でそのジョイントはなし。とはいえ、グラミーウィナーらしい貫禄と創造性に、ちょっとした茶目っ気も垣間見せたステージは、ホールに集う多くのファンたちをノックアウトするのに充分だった。
アルバム『ネヴァー・イナフ』の楽曲を中心としながら、「ゲット・ユー」「ベスト・パート」といった1stアルバム『フロイディアン』収録曲や、来日公演ゆえ演奏するのでは予想していた「ジャパニーズ・デニム」なども含めた、新旧に跨いだ曲構成は、初めてダニエル・シーザーを生観賞するのにはうってつけのラインナップ。体感では半分ほどが外国人女性なのではとも思えるような客層で、金切り声のような歓声や絶叫が止まない。しかも、空気を読まずにやたらと奇声を発したり(もう一生分聞いたというくらい“オー・マイ・ゴッシュ!”を連発する……笑)、それに釣られて重ねて叫び出す者もいるから、チルなR&Bをしっぽりと聴きたいと望んでいたであろう、ホールではマイノリティと思える“大人”の層は面を喰らったかもしれない。しかしながら、「ジャパニーズ・デニム」をはじめ、「ベスト・パート」「クール」「ゲット・ユー」といったいくつかの楽曲では、オーディエンスのシンガロングがホールの隅々まで響きわたるなど、海外さながらの雰囲気も創り上げていたから、それはそれで貴重な体験になったはずだ(じっくりとダニエル・シーザーの声を聴きたいのに、奇声の主の周囲になってしまった人はちょっと気の毒だったかもしれないが)。
ステージ背後のスクリーンに、スマートフォンでのライヴ生配信風にバックヤードからステージへと歩んでいくダニエル・シーザーを捉えた映像が流れる。まさにステージに足を踏み入れる瞬間、そして、天蓋付きベッドを想わせる薄手のカーテンが四方を囲むステージ中央の前にダニエル・シーザーが現れた瞬間、その都度一斉に歓声・絶叫がこだまし、単独初来日公演の幕が上がった。
「オチョ・リオス」から始まった序盤はそのカーテンの中に出入りしながらの歌唱がメイン。ステージを這うように沸いて出るスモークや青白いライティングといった演出とともに、シルエット風に浮かび上がる姿はミステリアスでもあり、崇高も窺わせるよう。その佇まいのなかで、スウィートなファルセットも駆使した温もりも伝わるテンダーなヴォーカルを紡いでいく。
カーテンを隔てた序盤にややもどかしさを感じているファンも少なくなかったかもしれないが、「サイアナイド」のイントロが流れるやいなやカーテンが落ち、背後の3面の横長のスクリーンにはダニエル・シーザーを追うカメラを通じて歌う姿が映し出され、ようやくはっきりと表情が露わに。(特に女性からの)絶叫の波がホールに轟いたのは言うまでもない。
離別を決意する葛藤を綴った「ルース」をキーボードソロで披露した後は、「ヴァイオレット」を経て、ピンスポットライトに照らされながらアコースティックギターを爪弾く「ショウ・ノー・リグレット」と内省的なムードの楽曲を。それに合わせてライティングも暗めに。ステージはセンターステージの床と背後のスクリーンなどが光るくらいで、ライティングは白や青白いものが多かった印象。葛藤や苦悩、蔑みなどネガティヴな機微を音のみならず色彩としても映し出す効果もあって、ノスタルジーだったり、幻想的なムードを創り上げていった。
トピックはさまざまあるのだが、中盤の「ジャパニーズ・デニム」から「ベスト・パート」への展開は、そのトピックの一つだろう。ダニエル・シーザーが合図を発するとすぐさまシンガロングが始まった「ジャパニーズ・デニム」では、安らぎのムードがホールを覆っていく。ダニエル・シーザーが紡ぐ美しく優しい声色やグルーヴがゆるやかに身体の芯へと浸透していくかのようだ。そして「ベスト・パート」のイントロのギターを爪弾くと再び歓声で埋め尽くされ、オーディエンスがH.E.R.のパートを歌い、それに寄り添うようにダニエル・シーザーが弾き語る光景は、この場所に足を運んだファンのほとんどが体感を期待していた美しいシーンだったのではないだろうか。それに続いて、テンダーでセンチメンタルな声色が一転し、感情を露わにするようにやや無骨に歌い上げた「プリーズ・ドゥ・ノット・リーン」のアウトロも印象的な瞬間だった。
「ショット・マイ・ベイビー」では、ダニエル・シーザーが仰向けに大の字で寝そべりながら歌い、Wonkのリミックス作品やピート・ロック&ザ・ソウル・ブラザーズへの参加、ダル・ジョーンズと組んだサーティーン(TH1RT3EN)でも知られるギタリストのマーカス・マチャドが、アウトロでギターを唸らせる場面も。そのパッションをスッとチルなムードへと移行させた「スーパーパワーズ」も妙演で、ギター弾き語りで優しく呟くように歌ったカニエ・ウェスト(現・イェ)「ストリート・ライツ」をリアレンジした「ストリートカ―」、キーボードの弾き語りでオーディエンスのシンガロングを共にした「クール」と、曲を重ねていく毎にエモーショナルからチルへと滑るように没入させていく展開には、ダニエル・シーザーがもつソウルやゴスペルあたりの要素も垣間見えた気がした。「クール」でのテンダーなファルセットが伝うなか、暗転するホールで左右に揺らぐスマートフォンのライトが一面に点在する光景は、本ステージ随一のロマンティックなシーンといえよう。
クライマックスは「ゲット・ユー」「オールウェイズ」と、どちらもシンガロングが加わって、ダニエル・シーザーはじめメンバーとオーディエンスが一体感を得る空間に。激しく煽ることなどは皆無で、どこまでも柔和な肌当たりなのだが、いつの間にか心根に沁み込むようなヴァイブスでオーディエンスの五感を刺激させる手腕は、さすがグラミーウィナーと面目躍如といったところだろうか。
“ワン・モア・ソング”の合唱が響き渡るなか、カメラがステージアウトしたダニエル・シーザーを追っていくと、楽屋に戻るやいなや既にセッティングされていたマイクの前に座り、アコースティックギターを抱える。スクリーンには楽屋からの生中継映像が流れ、歓声が渦巻くなかで爪弾き出したのは、コールドプレイの「スパークス」。哀切も漂うダニエル・シーザーの弾き語りを漏らすことないようにと聴き入る静寂から、カメラに手をかざして終わりが告げらる間際にはクラップが波打つ歓喜へ。名残惜しさもあるだろうが、それ以上に多くの興奮をもたらした喜びで溢れたオーディエンスの充溢が、余韻とともにホールのあちらこちらから伝わるのを感じたエンディングだった。
終演後やSNS上では音が良かったとの声が占めていたようだが、個人的に東京国際フォーラムでのライヴでは音響が優れていると感じたことはほぼないので(寧ろ良くないと感じること多数)、それはそれぞれの“聴き方”の問題かもしれない。ただ、同期音源にバンドを被せていたことと、歪むようなギターやここぞとばかりに乱れ打つドラミングなどは皆無で、元来音に隙間がある音数が多くないサウンドということもあってか、比較的音響の余韻がぶつからずにスムーズに耳に届いたということはあるかもしれない。
楽曲によっては短尺で演奏した楽曲もあったかもしれないが、『ネヴァー・イナフ』を軸として、たっぷりと20曲強。バンドやステージ・セットも突飛なことなくシンプルながら、楽曲の世界観を膨らませるような創造性豊かな演出もあって、内に秘めたエモーションと音にたゆたうチルアウトな感覚が巧みにシンクロした、ダニエル・シーザーならではのステージだったといえるか。絶叫の嵐でアイドル現場の熱狂という一面もあったが、旬なオルタナティヴR&Bの旗手の滋味を堪能した一夜となった。
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<SET LIST>
00 INTRODUCTION
01 Ocho Rios (*NE)
02 Let Me Go (*NE)
03 Disillusioned (Original by Daniel Caesar with serpentwithfeet)(*NE)
04 Toronto 2014 (Original by Daniel Caesar with Mustafa) (*NE)
05 Cyanide
06 Loose
07 Violet
08 Show No Regret
09 Entropy
10 Open Up
11 Japanese Denim
12 Best Part (Original by Daniel Caesar feat. H.E.R.)
13 Please Do Not Lean (Original by Daniel Caesar feat. BadBadNotGood)(*NE)
14 Pain is Inevitable (*NE)
15 Shot My Baby (include guitar solo by Marcus Machado)(*NE)
16 Superpowers (*NE)
17 Streetcar (Kanye West "Street Lights" re-arranged version)
18 Cool(*NE)
19 Get You
20 Always (Original by Daniel Caesar feat. Summer Walker)(*NE)
≪ENCORE≫
21 Sparks(Original by Coldplay)(sing with an acoustic guitar from Dressing room by Live streaming)
(*NE):song from album "Never Enough"
<MEMBERS>
Daniel Caesar / ダニエル・シーザー(vo,g,key)
Marcus Machado / マーカス・マチャド(g)
Chris Wong / クリス・ウォン(b)
Aaron Steele / アーロン・スティール(ds)
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