見出し画像

eill @Billboard Live YOKOHAMA(20230303)

 儚さに秘めたしなやかな声色で彩る、eill流グルーヴ。

 過去にはビヨンセやマドンナらが受賞してきた、2007年より音楽業界に多大に貢献し、女性たちをエンパワーメントしたアーティストを〈ウーマン・オブ・ザ・イヤー〉として表彰する米・ビルボード主催のイヴェント「ビルボード・ウィメン・イン・ミュージック」にならい、その日本版が〈Billboard JAPAN Women In Music vol.0 Supported by CASIO〉として初開催。ビルボードライブ東京ではちゃんみなが、同大阪ではUAが、同横浜ではeillがそれぞれ登場し、同日に各会場でライヴを行なうこのイヴェントのビルボードライブ横浜でのeillのステージに足を運んだ。

 eillを生で観るのは実は初めてではなくて、一度2018年11月のCICADAの公演(記事→「CICADA@SPACE ODD」)のゲストアクトで観て以来。といっても、まだ改名直後あたりでデビュー曲「MAKUAKE」や「HUSH」「FUTURE WAVE」などを歌っていた初期の頃のステージを少し体感しただけだったかから、事実上しっかりと観るのは初めてといっていいか。CICADA公演出演時の拙ブログには「楽曲の印象も含めて、初期Crystal Kayや日之内エミ、emyliなどm-floとフィーチャリングを重ねてきたシンガーの路線に近いのかなと」「m-floワークス路線のサウンドワークにアリアナ・グランデらのUSコンテンポラリーのポップ感、ティナーシェら(最新作のエイメリーでもいいかな)のUSフューチャーソウル/R&Bやトラップの要素をプラスしたイメージ。それを現世風にアップデートしているとでも言おうか」などと記していたが、2020年のm-floの“loves”プロジェクト再始動の第1弾にm-flo Sik-K & eill & Taichi Mukai「tell me tell me」で名を連ねた時は、「ああ、やっぱり☆Taku Takahashiが好みそうなシンガーだったか」と思ったりしたものだ。☆Taku Takahashiは2022年のeillの楽曲「プレロマンス」にアレンジ参加しているし、相性も良さそうだ。

Billboard JAPAN Women In Music vol.0 Supported by CASIO

 かねてからeillの単独ライヴには行ってみたかったのだが、m-flo楽曲に客演したあたりから躍進してメジャー・デビュー、米・フィラデルフィア出身のR&Bシンガー・ソングライター/プロデューサーのピンク・スウェットと「17」でコラボレーションするなど一気に知名度を高めていったから、チケットが取れなかったり、タイミングが合わなかったりで見逃していたところ、本公演を知った次第。ビルボードライブ主催のイヴェントでおそらくワンマンライヴよりも尺は短い(ビルボードライブ公演は1日2公演でおおよそ70~80分)からなのか、ソールドアウトにはなっていなかった幸運もあって、滑り込みで参加。支持層は20代~30代前半が中心のようで、当初は観客の平均年齢を一人で爆上げしてしまうかなとも思ったが、案外自分よりも(見た目が)先輩と思しきミドルエイジもちらほら見かけたのは、ビルボードライブ公演(チケット代金がやや高め+飲食代)という、中心支持世代にとってやや敷居が高くみえる場所柄というのもあったのかもしれない。

 個人的にはm-floへ客演した「tell me tell me」のアナログ・シングルや2ndミニ・アルバム『LOVE/LIKE/HATE』(タワーレコードで初回限定盤を購入したら、スリーブにサインが入っていた)をチェックしていたりはしたから、2018年のデビュー当時から全く追っていないということはないが、『LOVE/LIKE/HATE』以降は2022年にメジャー1stアルバム『PALETTE』をリリースしていたりと未聴の楽曲も多いので、新鮮な感覚で開演を待った。

 バンドはステージ左からギター、マニピュレーター、キーボード、ベース、ドラムが配され、中盤の「フィナーレ。」より3名のストリングスがプラス。eill自身も「20」ではキーボードを演奏したり(イントロ時にキーボードのnabeと軽いセッションみたいな遊びも披露)と、コンパクトながらもヴァラエティに富んだステージとなった。

 さすがに「HUSH」「FUTURE WAVE」あたりのeill初期クラシックス曲はラインナップにはなく、近年の人気曲を凝縮したような曲構成となったが、デビュー当初に抱いていた楽曲イメージとはほぼ変わらず。アッパーなダンサーから琴線に触れるメロディのバラード、R&Bマナーが通底したポップスからギターの鳴りが派手やかなロッキンな作風までと振り幅は多彩だが、どこか儚さを帯びながらもしなやかにメッセージを伝えるヴォーカルワークを貫いていく。

  前半では、ヴォーカルエフェクトを用いて、韻を重ねるようなヒップホップ的な譜割が特色の「((FULLMOON))」や、物憂げなムードで展開する「Perfect love」などの黒っぽさが伝わる楽曲を披露。「Perfect love」はバスドラムの叩き方といい、ウェットな質感といい、ややレトロな雰囲気を携えたR&B歌謡テイストに近いアレンジなのだが、そこからいまやシティポップの代表曲に祭り上げられてしまった竹内まりや「プラスティック・ラブ」のカヴァー(eill自身もデジタルやアナログでリリース、個人的には同じ竹内まりやなら「夢の続き」のカヴァーの方が好み)へとシームレスに繋げる演出。享楽のなかにいるのに孤独を感じるといったような都会的なある種の冷淡さ、虚無感を示した「Perfect love」のメロディやビートは、おそらく当初より「プラスティック・ラブ」を意識して作られたのではと思えなくもないが、その親和性ある楽曲をeill流のポップネスに汲み入れてスムーズにアウトプットする技量や巧妙さが、人気や支持を得る要因のひとつなのかもしれない。

 アッパー・ファンクな作風の「FAKE LOVE/」をはじめ、この日覚えて行ってほしことがあるといって語り始めた「ダメな自分も弱い自分も抱きしめてあげて、愛してあげて」「誰だって自分らしく生きることが第一」「人生という物語の主人公はいつだって自分自身なんだ」というeillからのメッセージの核を担い、文字通りの"スポットライト”が照らされるなかでスタートした「SPOTLIGHT」や、ボトムのビートが効いた「SPOTLIGHT」路線ともいえるアーバンポップで本編ラストを飾った「踊らせないで」といった、力を与えてくれるようなしなやかな躍動を感じるR&Bマナーのポップス群は、キャッチーかつ瑞々しさを湛えていて、耳当たりも良好。特に「SPOTLIGHT」でのトゥルル~という軽快なホイッスルのイントロから「心配しないで!」「私を誰も止められはしない!」と突き進む推進力あるグルーヴは、eillらしい活力とグルーヴネスを体現した楽曲といえそうだ。

 アンコールでは、3月15日にリリースする8thデジタル・シングル「WE ARE」をチョイス。リクルートの企画による、募集した人生上手くいかないと思う"悩み”やそのメッセージから受けた気持ちをもとに新たな楽曲を生みだすというプロジェクトのテーマソングで、eillがそれらの送られてきた悩みやメッセージを読み、(それぞれ想いの違いはあるけれど、悩みを抱える状況は誰にもあるから)「みんな独りぼっちで、独りぼっちじゃない」ことをテーマに綴ったとのこと。やや尖がった感の威勢の良いヴォーカルがロッキンなヒップホップソウル・ビートと絡みあう、eillらしい儚さとしなやかさの同居も垣間見えた。

 eillはヴォーカル自体は声量や声圧がある訳ではないので、ほかのR&Bシンガーに比べると迫力という点ではそれほどパワーを感じる訳ではない。だが、どのようなタイプの楽曲においても、ビートやメロディのツボを押さえながら歌い渡っていくフットワークの良さとセンスが真骨頂。ナイーヴに見えそうだが、勝ち気をチラチラと覗かせるような芯の強さが、ヴォーカルのしなやかさとなって現れているところも魅力だ。詞世界とヴォーカルに垣間見える、苦難や葛藤を抱えながらも、弱さも吐露した上で自らを奮い立たせてアグレッシヴに道を進んでいく姿が、同世代、特に女性たちから支持を得ているのも分かる気がした。

 eillは6月22日に東京でワンマンライヴの開催も決定。ワンマンライヴではどのような構成になるのかも気になるゆえ、詳報を待ちたいところだ。

◇◇◇
<SET LIST>
00 INTRODUCTION〈Billboard JAPAN Women in Music〉Artist Message Video~BAND INSTRUMENTAL
01 ここで息をして
02 FAKE LOVE/
03 ((FULLMOON))
04 Perfect love~プラスティック・ラブ(Original by 竹内まりや)
05 フィナーレ。(with strings)
06 いけないbaby(with strings)
07 花のように(with strings)
08 SPOTLIGHT
09 keyborad session~20
10 23
11 踊らせないで(with strings)
≪ENCORE≫
12 WE ARE(New Song)

<MEMBERS>
eill(vo,key)
nabe(nabeLTD / key)
Katsushiro Sato/サトウカツシロ(g/BREIMEN)
Ochi the funk/越智俊介(b,sequencer)
Yukino Matsuura/松浦千昇(ds)
K.F.J/YosukeMinowa(manipulator)
(vn)
(va)
(vc)

eill

◇◇◇
【eillに関する記事】
2018/11/27 CICADA@SPACE ODD
2023/03/03 eill @Billboard Live YOKOHAMA(20230303)(本記事)

いいなと思ったら応援しよう!

***june typhoon tokyo***
もし、仮に、気まぐれにも、サポートをしていただける奇特な方がいらっしゃったあかつきには、積み上げたものぶっ壊して、身に着けたもの取っ払って……全力でお礼させていただきます。