人生でいちばん大切な自分の正体を知ること HSS型HSPだとわかるまで

いつ頃からか、周囲と自分を比較して、漠然と「なにかがおかしい」と違和感を感じていた。

同じクラスの大多数の子たちが当たり前のように共有している価値観に、私は何故かずっと共感できなかった。簡単に言えば、話が合わなかったのだ。皮肉でもなんでもなく、純粋に「その話の一体何が面白いの?」と思うことが多かった。

中学生の頃には、その悩みが結構明確なかたちで私を苦しめた。中学は公立の学校だったので、親からは、「同じレベルの子たちの集まった高校に行けば、きっとみんなと話が合うよ」と励まされた。そういうものかと、その時の私は思った。

だけど、高校でもやっぱり大半の子たちの会話に、私は面白さを見いだせなかった。大勢の輪の中にいることは、むしろ苦痛でしかなかった。とりあえず、その時点ではっきりわかったのは、どうやら学力や知性が原因ではないということだけだった。

じゃあ何が原因なんだろう?

随分考えたけれど、やっぱり答えはわからなかった。ただもう、「自分は人と何かが違う」ということは確信に変わっていた。

基本的に、無理に人に合わせるようなことはしないようにした。高校時代には、同じクラスに仲間はいなくても、同じ学年という単位で見れば、変わり者は私の他にもいた。なので、その人たちとつるんで過ごしていた。ニッチな世界で、それなりに楽しい学生生活を楽しんだ。

ちょっとユニークな存在であるということも、悪いことではないと思えた。私のことを「3大摩訶不思議少女の1人」と呼んでいた生徒がいたという話を、友達から聞いたこともあったけど、そのときも大笑いしただけで、特に傷つきもしなかった。

問題は、なかなか自分で自分をうまくコントロールできないことだった。

私は外国とか未知なる世界を知ることを好み、わざわざ自分で選択して、刺激の多い場所へと旅立つことが多かった。これまで留学もしたし、海外就職もした。転職も人一倍している。そういうと、ものすごく心のタフな活動的な人のようなイメージを持たれがちだ。

けれど、そうではない。

妙に好奇心旺盛な一方で、感受性が強く、深く考え過ぎるらしい傾向の私は、他の人からみれば些細なことがきっかけで、心の中がしばしば嵐のようになっていた。やたらと深く落ち込んだり、引きこもりのようになってしまったり、調子のいいときの自分との落差がとにかく激しかった。

矛盾しているけれど、そういう苦しい状態に陥ってどうしようもなくなることがしばしばあった。

周りの目には、私は基本的に、飄々と我が道を行っている丈夫な人に見えていた。そのくせそんな風に時折、悩むまでもないようなつまらないことに勝手に囚われては、自滅している姿は、「わけのわからない人」でしかなかった。

「考えすぎだよ」

「もっと気楽にすればいいのに」

「能力があるんだから、自信を持ちさえすればなんでもできるよ」

のたうち回っている状態のときの私は、色んな人から色んな言葉をもらった。けれど、どの言葉を受けても、私の虚しさは増すだけだった。それらの言葉は、私の感じていることは、私ひとりの単なるつまらない思い込みでしかないのだと言っているのと同じだった。どんなに私が苦しさを叫んでも、他者からはそういう認識しかされないのだという現実を、ただただ突きつけられているだけだった。

本当に苦しい思いをしているときに、親しい人に苦しさを理解してもらえないことは辛かった。

だけど仕方がないとも思った。

自分でもわけがわからなかったから。
どれだけ必死に考えても、なぜ自分がこうなのか、こんなに矛盾しているのかわからなかった。

自分に最も関心を持っているのは、自分自身だ。その自分が全力で考えてもわからないのだから、他の人にわかってもらえないのは当然だし、どうしようもないことだと思った。

傷つきながら、もうこれ以上傷つかなくてすむように、誰かに理解してもらいたいという期待は早々に捨てた。

でも、少なくとも自分でだけは、自分のことをちゃんと理解したいとずっと思っていた。自分で自分を守らないと、そのうち自分が壊れてしまうと思った。

私の大学の専攻は心理学ではなかったけれど、自分の正体を見つけるために、私は心理学についての本を読み漁った。社会人になってからもそれは続き、仕事をしながらカウンセラーの講座にも通った。でもなかなか、私が捜し求めている答えは見つからなかった。精神疾患や発達障害などで、これはちょっと近い?と思っても、うーん、やっぱりなんか違うなぁという具合だった。

やっと自分ではっきり答えがわかったのは、数年前。
今では「繊細な人」や「敏感な人」という言葉がタイトルに入った本がたくさん本屋に並ぶようになった。はじめはその表現にぴんとこなかったけど、しっかり内容を読んでみて気が付いた。「私だ!」と。

私はHSPと呼ばれるものだった。
もっというと、刺激を求めるHSP(HSS型HSP)という、なんだかより複雑なやつだ。

刺激に敏感なのに、刺激を求めずにいられない。だからアクセルとブレーキを同時に踏んでいるような生き方をして、消耗してしまうらしい。セロトニンやドーパミン関連の遺伝子変異を持ち合わせることによって、そういう気質が形成されるとか。

自分の人生で最大の謎が、やっと解けた。
人生で最も幸せな、光が差した瞬間だった。

自分でも非論理的でわけがわからないと思っていた自分の行動や感覚に、ちゃんと、ちゃんと理由はあったのだ。

全人口の6%はこのHSS型HSPにあたるらしい。

6パーセント!
100人に6人。

性的マイノリティーは10%程らしいので、数としては、それよりももっと少ない。でも私の感覚としては、「え、100人に6人も!意外と多い!」というのが素直な感想だった。だって1000人いれば60人だし、1万人いれば600人だ。自分が気付かなかっただけで、仲間は意外といるのだ。

正体がわかったところで、自分が厄介なものを持っていることには変わりはない。

でも。

知ることによって、自分の色んな性質を肯定的に見れるようになったし、自分の取り扱いも前より上手くできるようになった。

同じことをやり続けることが苦手なのは、根性がないからではなかったし、
人よりも自分を休める時間が必要なのは、なまけものだからでもなかった。

人からどう思われたり、どう言われたりするか以上に、辛かったことは、実は、自分が自分自身を責めてしまうことだった。

「なんでだろう」って思い続けることは、ただただ苦しかった。

自分が自分の正体に気づいたことで、少なくともこの点だけは解消することができた。他の人たちと同じペースで生きられない自分を、私は今は理解して、そして許している。それだけでも、前よりずっと軽やかな気持ちで生きていけるようになった。

もし何か生きづらさを感じている人がいたら、おそらくそれにはちゃんと理由があると思う。ほんの少しの疑いなら、気にしないフリをしてみるのもいいかもしれない。それで気にならなくなったなら、それはきっと気のせいだ。

でも、気にしないフリでやり過ごせなかったときは、自分でとことん調べて欲しいと思う。もしかしたらそこにはちゃんと理由があって、知ることによって今よりずっと自分に合ったしあわせな生き方ができるようになるかもしれない。

自分を知って、ちゃんと自分を守りながら生きていく。

それ以上に大切なことなんて、この世にはないと私は思っている。

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