自分の子供に「みんなと仲良くしなさい」と言う前に〜友だち幻想/菅野仁 レビュー
「友達百人できるかな🎵」の歌に代表されるように、多くの人はみんなと分け隔てなく仲良しであることをよしとする風潮があるように思います。
そんな空気もあってか、自分も何の気なしに子供に
「みんなと仲良くするんだよ〜」
「喧嘩しないでね」
といった言葉をかけることがあります。
一方、大人になるにつれてこの世には自分に合う人、合わない人が経験的にわかってきて、合わない人とは距離を置く、表面上の付き合いをするという対応を取る人が大半かと。想像ですが、会社の全員家族!愛してる!なんて人は極めて少数かと・・w
で本書を読んで感じたのは、自分が何気なくかけた言葉が子供の呪縛にならないよう、言葉を選ぶ必要がある、と言うことでした。
他者との関わり方
著者は、昔のように他人と関わらなければ生きていけない時代(具体的に、他者が身近にいて援助し、される関係がある状態)と今とでは状況が異なる、と述べます。確かに、間接的に他者がいないと生活は成り立ちませんが、実際、お金さえあれば他人と直に接することなく生きていくことは可能であることは想像に難くありません。寂しさといった人生の充足感はおいておくとして。
で、日本は良くも悪くも、旧態依然といいますか、他者との関わり=昔のムラにおける繋がりが強い人間関係と思い込んでしまいがちな部分があることを指摘しています。しかし、現代は上述のように他者に依存しなくても生活を成り立たせることができる時代。なので、人間関係の考え方を柔軟にする必要があると説いています。
そこで、他者の整理の仕方として、
①脅威の源泉としての他者
②生の味わいの源泉としての他者
の大きく2つに分類しています。
で、人間関係が苦しいのは、①②が綺麗に分けられないからだ、と。
これは、実体験からも腑に落ちる内容ですよね。
あの上司が嫌だから、会社に行きたくない(①)とか、彼女がいるから頑張れる(②)とか。厳しい上司だなと思っていたら(①)頑張りを認められて嬉しくなったり(②)とか。
分けたといって、劇的に何かが改善するとか、気持ちが楽になるとかではありませんが、このモノサシと言うか整理の仕方をしていることで、あの人がどちらなのか、なぜ苦しい(苦手)のかと言うのが少し解像度高く見られるかと思います。
ルール関係とフィーリング共有関係
で、苦しむ若者に対し、著者が提案するのルール関係とフィーリング共有関係で他者を分類する、と言うこと。
ルール関係というのは、他者と共存していくときにお互いに最低限まもなればならないルールを基本に成立する関係。フィーリング共有関係とは、フィーリングを一緒にしt、同じようなノリを持つ関係。
多くの人(特に社会人になる前の学生など)は、関係=フィーリング共有関係と認識してしまいがちですが、他にルール関係が存在し、必ずしもフィーリング関係に拘泥する必要はないと著者は説きます。
で、冒頭の話に戻りますが、大人が子供に対し「みんなと仲良くしなさい」という声がけをするのは、意識的にせよ無意識的にせよ、万人と良好なフィーリング共有関係を築きなさいというのを強要しているに等しいとも言えるかもしれません。
場合によっては、その”暗黙の強要”が子供を苦しめてしまうかもしれない。
大人は、もう少しそのことに敏感になっても良いのかなと思いました。
自分を振り返ってみてもですが、小さい時に親が言うことは絶対。
約束を守りなさい、友達を大事にしなさい、目を見て喋りなさい、ちゃんと挨拶をしなさい。
もちろん、幼少期に良い意味で刷り込まれ、その後の人生でも役立っている教えが大半かと思います。
ただ、場合によってはその暗黙のルールが子供を苦しめている可能性もある。
本書を読んで気付かされました。
冷静に考えても、大人でもできていない人が大半なのに、子供にだけ遵守を課すのはよろしくない気がしますよね。
みんな仲良くの重圧に苦しむ全ての方に!