見出し画像

不世出のレジェンド・内村航平の素顔⑧

【鉄棒落下直後、何を考えているのか?】

残念ながら、内村選手の東京オリンピックは終わってしまった。
内村選手の鉄棒と言えば、プレッシャーがかかる中でピタリと着地を決める姿が目に焼きついているが、カッシーナやコールマンなど手放し技が多い分、落下することもあった。落下から演技を再開するまでの時間は、わずか30秒。
この間、一体、何を考えているのか?
実は、プライベートで内村選手に聞いたことがある。

「鉄棒落ちたときって、ショックじゃないんですか?」
「そんなこと考えてるヒマ、ないっす(笑)」
「補助に入るコーチと何か話したりは?」
「それもないっす。落ちた後って凄く忙しいんですよ。あの技とあの技はやったから、このあとはどうしようって、あの30秒の間、頭の中フル回転なんです。だから、ショック受けてるヒマなんてないっす」

今回の鉄棒後のインタビューでも、「ああ、落ちたんだ。終わったなと思った」と淡々としていて、ショックより残りの演技に集中していたことがわかる。

内村選手がいかに素晴らしい選手であるかは、練習時の様子を見ていても感じた。

【体操選手の体内時計】

私が書いた企画書が通り、番組の撮影が始まったのは、リオ五輪の予選会を控えた冬だった。
コナミスポーツ体操競技部の体育館は、オートロックの玄関を入って右側が体育館で、左側がロッカールーム、シャワールーム、会議室などがある。

さすが一流選手が何人もいるトップクラスのチームだけあって、体育館は大きく、天井も高くて綺麗だ。外から覗けるような窓はないが、天井にはめ込まれた曇りガラスから注ぐ光は柔らかく、とても明るい。
いつもポップス系のBGMが流れ、穏やかな空間ではあるが、神社にお参りしたときに感じるピンと張りつめた「聖域」のような清々しさもある。

練習中の内村選手は、はっきり言って "怖い"。ほかの選手が、時折笑顔を見せたり、小声でおしゃべりするのに比べ、内村選手はニコリともせず、近寄り難い雰囲気を醸し出している。
そして練習が終わると、さっさとロッカールームへ引き上げてしまう。

私が、やっと内村選手に話しかけることができたのは、ロケの2日目だった。
「あのう内村さん、撮影でお世話になります。放送作家の黒田と申します。実は、以前、内村さんにお会いしたことが……」
まだ、すべてを言い終わらないときだった。
「覚えてますよ」
内村選手は例のミッキーマウス型の口元に八重歯をのぞかせて、ニコッと笑った。これには参った。世界最強の王者は、世界最強のツンデレだ!
「えっ、本当ですか?   覚えてるんですか?」
「もちろん、覚えてますよ」
「カメラが入ってご迷惑をおかけします。失礼があったら、すぐに言って下さい」
「全然、平気ですよ」
近寄り難い雰囲気だと思ったのはこちらの勝手な思い込みで、実は内村選手は自然体だったのだ。

しかしこの時は、世界で数人しかできない跳馬の大技「リ・シャオペン」を完成させるための、とても大事な時期だった。
「リ・シャオペン」は、五輪と世界選手権で金メダル16個を獲得し、中国歴代最多金メダル数を誇る李小鵬(リ・シャオペン)選手が、2002年の世界選手権で成功させ金メダルを獲った技だ。

演技を通しでやるのは大会前だけ。普段はどんな練習をしているのかというと、演技を区切ったパート練習だ。1回練習をしたら近くの器具や床に腰掛け、宙を見つめて“ぼーっ”とする。
頭の中でシミュレーションをしているのだ。

3〜5回パート練習をしたらほかの種目に移り、そこでも3〜5回パート練習。
淡々と同じ練習が繰り返されるのだが、そのタイミングがまるで計ったかのように5分間隔なのには驚いた。つまり、5分休んで練習をし、また5分休んで練習をする。そんな体内時計が、選手たちには備わっているようだ。
だから2時間の練習だとしたら、実際に器具を使って練習している時間は、1時間程度だと思う。

「単調な練習は、すごくつらいです」
昔のインタビューで、内村選手はこんなことを言っていた。

プロの体操選手の1日のタイムテーブルはどうなっているのか?  ご飯は何を食べているのか?  オリンピックチャンピオンが掃除当番!? は、また次の機会に。

いいなと思ったら応援しよう!