朝起きてコーヒーを淹れる。 タバコに火をつけてニュースをみる。 台風が近づいてるやん。 予定を変更しなきゃあかんかなと、 ブツブツ言いながら考える。 ブツブツしてたら、 そうそう、思い出した。 地元にあるラーメン屋さんの話。 かなり美味いのだけど、 知る人ぞ知る程度のラーメン屋さんがあって、 僕は20年前くらいから通ってる。 店主は僕と同じ歳くらいの方で 僕が通い始めた時は30歳くらい、 同年代頑張ってるなと思ったもんだ。 経営に回ろうした事もあったのだろう、 あ
昨日は仕事終わってから画家の友人2人と飲みに行った。あれやこれやと色々と話したけど、とりあえず北海道に行こうという事で話がまとまった。意味は特にない笑。しかしよく飲んだな。 何人かの方々からメールをもらう。 いやはや作品でないので申し訳ないと思いつつ、 感謝感謝。 若者よ頑張れーと、 そこの彼や彼女につぶやいてみたり。 お盆期間中にまとまった休みがあるなんて、 おそらく学生の頃の夏休み以来。 とりあえず海にでも行こうかなの火曜日の朝。 と、書いてたら、 あ、あれもやら
休日。 •朝起きて飲兵衛友達の甲斐ちゃんに「今日しか休みなくて午前中しか時間なくデザフェスの展示行けない。ごめんね」とLINEする。返ってきた返信読んで、ほんと可愛いやつだ。今度酒奢ってやろうと思った。 •7時に起きて海に行ってきた。 天気が良くて波がもう!な感じで最高で、 日光浴楽しみながらPentaxしてきた。 •8月31日〜9月11日開催の「ハーフサイズカメラ展」に参加します。なんだけど、先日関西行った時に肝心のハーフカメラをライムライトに忘れてしまい来週引き取り
今日は中学の頃からの親友の黒ちゃんの誕生日。 おめでとうのメールを朝に送った。20代の頃にニューヨークに渡り絵を描き続けて、日本に帰ってきてからも個展やれば絵が売れる彼のストイックな生き方に乾杯な夜。 新しい職場に来てまもなく1ヶ月。 そこで働く方々の事が少し分かってきたので 慣れてきたのでしょう。 今朝テレビ観てたら、 さだまさしさんや所ジョージさんが、 「何か打ち込める趣味があると良いよね」 「悩み迷った事ないから分からんけど、 それで良いじゃん」みたいな事言ってて、
朝起きて窓の外を見たら日の出の刻で朝焼けが綺麗だった。良いことあるかなぁ。 長年勤めた会社を辞めて新しい会社に入った時に言われた事が「今のままを維持しながら人を育てて欲しい」だったのだけど、我こそがプロだ!という人が多く「今のまま、、」という言葉が頭の中をクルクル回る最近だったりする。 予期せぬというか何故か10万円頂けるという幸運があったので、お世話になった方々や何かをひたむきにしてる方々に投資出来たらと思って頭に浮かんだ方々にメールで伝えたらすぐ返信があった2人がいて
本格的な夏の到来を知らせてくれるかのように今年も南の島からマンゴーが届いた。 昨年末に立てた計画があってそれをゴールにただひたすら動いてきたが気がつけばあともう2ヶ月でゴール。時の流れはただただ早い。 25年前、音楽の自主制作のレーベルを立ち上げた際に15万円ものお金を出資してくれた友人にようやくお金を返すことが出来た。ありがとうと心から伝えた。 7月末から始まる2つの展示は縦の写真を大きくプリントしようという目標を掲げて6月からひたすら645の中判カメラで撮り込ん
長い事勤めた会社を6月30日を持って退職した。 ここ何年かは、朝は4時に起きて仕事へ行き帰りは21時過ぎの生活で、休みの日は(職場は屋内だし朝は早いし夜も遅いから太陽を見る事が日常においてあまりなく)、太陽の光を求めて海へ行っては2時間くらい散歩。ついでに写真を撮っていつもと同じ堤防に座ってはビールを飲んで帰宅して現像して。 まぁそんな生活を何年も何年もよく頑張ったなぁと思う。 そもそもの退職した理由は、あと5年もすれば役職定年になるし、癌の治療を頑張ってた家内もほぼ完
僕が中学生の頃少しの間だけ家族が1人増えた。オギャーオギャーと隣で大声で泣いたかと思ったら急にニコニコと笑いだしたりして賑やかなひと時だった。 両親が経営してたスカーフ工場の倒産の後、母親が始めた弁当屋の手伝いで朝から晩まで働いてた長姉の第一子は女の子だった。 僕と長姉は16歳離れてて(僕は5人姉弟の末っ子長男)生まれたばかりの姪っ子と僕も13歳しか離れてなくまるで妹が生まれたような感覚だったのを覚えている。 姪っ子が18歳になった頃だろうか、写真を撮って欲しいと言われ
ヤスダイサオ & Jun Kyo 2人展「ポジティブ シンキング」(Special guest:田浦ボン)が横浜のPhoto Bar 【sa-yo:】で4月12日から開催されます。 2月に大阪で開催されたヤスダイサオ氏との2人展「ラブ・ザ・フォトグラフィ」とは少し違い、今回は美しきポジフィルムの原板とスライド映写機を用いたスクリーンへの拡大投影の展示となります。 話の始まりは昨年9月の半ば頃でした。 この頃は本年2月に大阪で開催されたヤスダイサオ氏との2人展「ラブ・ザ・
3月17日(金)〜3月29日(水)、 東京は戸越銀座にあるフォトカノンで 3人展「海」がいよいよ始まります。 甲斐康友さん、ナカノジュンさんとの3人展です。 ナカノジュンさんは2019年の「街と人と」からの繋がりと言いたいところですが実は2017年に神奈川の鵠沼海岸での友人達との集まりでそこで初めて出会いました。無口ではあったけどその頃からストイックで写真がとても好きという印象が今でも残っててお誘いして後に「街と人と」に参加してもらいました。そのストイックで秘めたる熱さ
2人展「ラブ ザ フォトグラフィ」 ヤスダイサオxJun Kyo 2月19日(日)〜2月25日(土) Gallery & Darkroom LimeLight -大阪- ステートメント 私共が主催として2016年より展開してきた写真展「街と人と」が、昨年6月のトーテムポールフォトギャラリーでの開催で最後になりました。 好きが高じて始めた写真展でしたが、 多くの方々と写真を通して繋がった実りのあるものでした。 The Finalと銘打った昨年の開催では関西からギャラリ
1998年、僕がロックバンドのPEALOUTのマネージャーになった頃である。 24歳の僕は先輩マネージャーからチラシ数千枚を渡される。 当時はSNSなんてなかったから、CD発売、そして全国ツアーともなるとタワーレコード、HMV、ディスクユニオンなどを中心に街場の小さなレコード屋さん、都内のライブハウスに足を運んではチラシを置いてもらい、全国のライブハウスやレコード店に電話してはご挨拶して郵送してチラシを置いてもらう。 足を運んだり電話したりしてるうちに顔や名前を覚えても
2019年1月13日〜2月13日、横浜の曙町にある「Art and Syrup」にて初の個展を開催してから3年と半年強が経たちました。 https://artandsyrup.com/exhibition6_nostalgia/ ちょうどその少し前に横浜の吉田町でPhoto Bar 【sa-yo:】さんがオープン(2018年9月14日オープン)しました。 僕の個展に来てくれた方々の何人かがそのままsayoさんへ行って僕の個展の話をしてくれたのを知ったのは、sayoさんに初
「姜くん、テキーラいこか」 山中湖での泊まり込みのレコーディングで同部屋になった植松さんがニコニコしながら僕に言った。 いきましょう!とストレートで一杯飲んではまた一杯、毎晩空っぽになるまで2人で飲み明かした1週間を過ごしたのは1998年の夏の終わりの頃だったと思う。 レコーディングエンジニアである植松さんとは1995年に僕が務めたレコーディングスタジオで出会った。(終わりなき旅のはじまり14章参照https://note.com/jun_kyo/n/nda7aae60
2020年12月13日、僕は1人関西へと向かった。 奈良に住む姉夫婦の家に宿泊、認知症になった母親が入居してる奈良の老人ホームに行くのが目的だった。 せっかくだからと、奈良に向かう前に大阪に寄り、兼ねてから興味のあったギャラリーを目指した。 そのギャラリーは阿波座(現在は移転し今里)というところにあり、東京でさえ道に迷う方向音痴の僕は大阪駅で人に聞いて電車に乗り阿波座に向かった。 大阪は十数年前、大阪のホテルで四番目の姉が亡くなった時以来で、車窓から見える街並みにふと
2011年3月11日、時刻は14時46分、突然グラッと揺れたかと思ったら、立ってられないほどの衝撃がやってきた。 ホールから厨房に入ろうとした時だった。ガス止めろ!と咄嗟に叫んだその直後、厨房のありとあらゆるものが倒壊し、グラスやお皿が割れる音が鳴り響いた。 両手で棚を押さえながら、ヤバい、ヤバいと呟いてたのを覚えてる。 ホールを見渡すと、食事をされてた何組かのお客さんが自発的にテーブルの下に潜り込んでるのが見えた。 出来たばかりの海外へ行く飛行機が飛び交う空の玄関は