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ベルリン20世紀の旅《42》外出自粛でも旅の気分
ビュルツブルクから特急ICEを乗継いでベルリンに接近するするのは西側からとなる。かつて存在した東ドイツという国の中に浮かぶ島のような西ベルリン地区をいま通っているのだ。東西冷戦が自分の記憶の中にリアルにある世代だからだろうか、微かな緊張をもって車窓を眺める。私の乗車券に記された下車駅は「Berlin Alexanderplatz」、東ベルリン地区なのだ。今朝まで滞在していたロマンチック街道北部の歴史都市と異なり、ここは20世紀の冷戦最前線の場所だったところである。
いうまでもなく、私が初めてベルリンに降り立った2015年はベルリンの壁崩壊から四半世紀以上が経っている。東西ベルリンもひとつになってドイツ連邦共和国首都ベルリンだ。それでも私が下車したアレキサンダー広場駅のすぐそばには、東ドイツの作った妙な形のテレビ塔が高々と聳え立っている。1989年当時、テレビ画面に映る壁を打ち壊す人々の姿を見ながら、不謹慎にもベルリンに飛んで行き歴史的シーンを直に見たいと思ってもいたのだ。それから四半世紀後のこの旅はその後半が20世紀戦後の歴史現場に立ち会うものとなった。
旅の前には旅先に関する本を読むようにしている。「壁」崩壊以前から現地に住む日本人による『ベルリン 東ドイツをたどる旅』(見市知著)は印象深かった。政治的な事柄より、東側の暮らしを追うバランスのとれた視線が素敵だった。この本にあった、東側時代の家庭料理を出す小さなレストランへ、市電に乗って郊外の住宅地を歩いた。件のテレビ塔も言及され、市民の憩いや、不気味なほど立派でつまらない社会主義的大通り、こんなそんなのエピソードを知っているだけで街歩きは趣深くなる。そして読書に加えて、このときは知人に教わったDVDを見た。その『善き人のためのソナタ』は社会主義時代東ドイツの国民監視・秘密警察組織、国家保安省の局員が主人公。監視対象とされた人物を盗聴・監視することを通してむしろその考えに共鳴してゆく、静かで複雑で重たいストーリー。ナチによる惨禍も癒えぬ戦後に再びこのような社会主義・全体主義の怪物が40年も続いたという悲劇がジワリと伝わってくる。
ベルリンを歩くとあちらこちらに歴史的建造物として残された「壁」が見られる。そして、東側の監視塔、壁東側の緩衝地帯、東西を行き来するチェックポイントと呼ばれる関所。再びヨーロッパの大国となったドイツの首都には今でも東西分割の痕跡がしっかり残っている。