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どん底からの脱出

第1話あらすじ

16歳の丸山臣吾しんご(美輪明宏)は長崎の裕福な家庭に育ち天性の歌声から歌手を夢見て上京、国立音楽大学附属高等学校声楽科に入学する。しかし間もなく実家が破産、仕送りも途絶え学費も払えず中退、住む場所も無く新宿駅の地下道で浮浪者のような生活に転落する。日雇いのビラ張り仕事でなんとか食い繋ぐ日々。そんな臣吾を救ったのは先輩大学生のアポロだった。
アポロの優しさに触れ彼のアパートで同棲生活を始める。歌への情熱を捨てきれない臣吾は"美少年募集"の求人ビラを頼りにショーパブのステージに立つ。そこは世間の目を忍んで同性愛者が集う秘密のショーパブだった。華麗なショーと美貌で人気を集める臣吾。そんな時以前からアポロに好意持ちながら袖にされ嫉妬に狂った男がアポロを刃物で襲撃する。事件はアポロの親族も知る事となり二人は家族会議で厳しく糾弾される。世間体を気にするアポロの親族、同性愛者に対する偏見と差別の時代。アポロはそんな社会に絶望し自分を恨んで首を吊り自殺してしまう。愛する人の無念な姿、臣吾の怒りと虚しさ「人間が人間を愛して何が悪い」いつか有名なったら必ず社会の偏見を変えてやると心に誓う。


【第1話】「どん底からの脱出」

1952年(昭和27年)
地下室の薄暗い階段を上がり扉を開け放つと、そこは路面電車が走る休日の銀座通り、行き交う人々が驚く「え!?」「何あれ?」孔雀くじゃくのような羽根を付け髪や爪、靴まで全身紫色の美青年が現れた。妖艶ようえんにあたりを見回す。「うわっなんだ気持ち悪い」「あれオカマだぞッ」「わぁ綺麗!」
あやしさをまとい、人々を惹きつける不思議な眼差しの美青年は、好奇こうきな目に微笑んでシャナリシャナリと歩き出す。

カップルの女性が駆け寄る「えッ、あなた男なの?」美青年はニッコリ微笑んで「あなたは、女なの?・・」"ようこそシャンソン喫茶「銀巴里ぎんぱり」へ" と書かれたビラを配り銀座の街を練り歩く。

オカマ結構、バケモノ結構、そこのけそのこけチンドン屋が通りますよ〜

面白半分に後を着いて行く通行人たち美青年は四丁目から七丁目まで練り歩くとビルの地下へと消えて行く。釣られるように皆入り口を覗き込む・・ 

/真昼の銀座に"綺麗なオバケ!? "現る/ シスターボーイと呼んで!/と週刊誌の見出し記事が踊り、ラジオからはアナウンサーの声「銀座に突如出没した火星人?その正体はシャンソン歌手です」満員のステージ。色鮮やかなユニセックス衣装でシャンソンを歌う美青年。週刊誌記者が言う「こんな事が世間にバレたら、あなた抹殺されますよ」「構いません、書いて下さい」
群衆に囲まれフラッシュをかれスキャンダラスな画面に心の声がする・・

「さぁどうぞ、私に石をお投げなさいな」




半年前、けたたましいドラムの連打からキュートな女性シンガーが歌い出す。

《カモンナ・マイ・ハウス♪》
うちへおいでよ わたしのお家へ あなたにあげましょ キャンディー
家へおいでよ わたしのお家へ あなたにあげましょ
リンゴに スモモに アンズはいかが?…

ここはダンスホールをしつらえた大箱のキャバレー「東洋一の歓楽街」と呼ばれた新宿歌舞伎町、戦後の欲望を全て飲み込んだようなカオスな店内。
ステージの楽団、踊るホステスと客、ミラーボールが輝き漂うタバコの煙。そんな喧騒を尻目に、ひとり淡々とモップがけのボーイ16歳の丸山臣吾しんご(美輪明宏)黒いズボンに蝶タイ白いワイシャツ。目の前で客が投げ捨てた吸い殻を拾い演奏に合わせて鼻歌を口ずさみながらまた淡々とモップがけ。

ボーイ、ホステス、皿洗い、やる気さえあれば
履歴書も性別も身分も国境もないサーカス小屋

突然モップがけの床に、泥酔した客が蹴ったビール箱が瓶ごと崩れ落ちる。客「どういう付け回ししてんだ!」フロアボーイ「すみません」客「いつまで待たせんだコノヤロウ!」どうやらホステスの取り合いらしい。ボーイたちが駆け寄って客をなだめる中、いざこざも我関われかんせず演奏に合わせて鼻歌を口ずさみながら窓の外を眺める臣吾。眼下に広がる昭和の歓楽街。背中越しにホステスが詰め寄る「アンタ気取ってんじゃないよ!」「フン芸術家気取りか」確かに音楽学校出身の気取り屋・・ゆえに酔っ払いに頭など下げられない。ホステスをなだめるマネージャーの男「住んでらっしゃる世界が違うようですね。そんなお偉い方はウチじゃもう結構ですよ..」臣吾、視線も合わせずに蝶タイを外して店を出て行く。

ちっぽけなプライド以外、ホントは何もないんだ・・

サーカス小屋を追い出されてみると今夜泊まる場所もない。懐には五拾円ごじゅうえん、荷物は風呂敷一つ、ネオンの連なる歓楽街、人並みが肩を打つ。
男「見ろよ、男か女かわかんねぇあいつ」女「気持ち悪い」サラリーマンの男「おい君、飯食わないか?おごるよ」 臣吾・・ふん乞食こじきじゃないよ。
ポツポツ雨も降ってくるネオンが輝く水たまりに波紋が広がる。行くあてもなく雨から逃れて新宿駅の薄暗い地下道に入る。そこはすすだらけの浮浪者が大勢寝泊まりする灰色の洞窟。帰る家もない今夜はここで寝るしかない。

ホントの乞食になっちまった。

浮浪者の視線を避けるように冷たいコンクリートで横になる。
父が破産した。電報を打っても返事がない授業料も払えない。呑気のんきに学生など続けられない。ヒロポン中毒の女が遠くで奇声をあげている。洞窟に響く金切り声、眠れない夜・・


「チーヨ、チーヨ!どうじゃろ?」 やさしい声がする。
ぼんやりと着物姿の若い女たちが微笑んで見つめている「みじょかぁねぇ」
10年前・長崎、カフェ・銭湯・料亭を営む実家の屋敷、二階の女給部屋から笑い声がする。桐箪笥きりたんすから仕事用の華やかな着物を取り出しては幼い臣吾に羽織らせて面白がる女給たち。

ナギサ「チーヨ(臣吾)は、まったく嫌がらんね?まるで女ん子やわ」
フミコ「うちらより似おうとうよ」行燈あんどんにぼんやりと浮かぶ艶かしい臣吾。

ポルトガル人、スペイン人、ロシア、上海、香港、西洋と東洋の文化が混じり合う長崎の街。屋敷の一階はカフェ、その向かいには近江屋楽器店、蓄音機からマリア・カラスの《或る晴れた日に(蝶々夫人)♪》が流れている。臣吾は絣の着物で石畳の道を渡り、屋敷の隣にある劇場兼映画館の南座へ、下足番に草履を預けて、裏舞台の隙間からグレタ・ガルボの映画「椿姫」やマレーネ・デートリッヒ「マタ・ハリ」をタダで鑑賞。スクリーンに目を輝かせる。少年コーラス隊に参加して海軍航空隊慰問の舞台で《月の砂漠♪》を歌う「♪月の砂漠を はるばると 旅の駱駝らくだが ゆきました..」ボーイ・ソプラノの歌声が響く、美しい長崎の街。
突然ピカッと眼も眩む閃光せんこう・・とてつもない轟音ごうおんと静寂、瓦礫と煙、灰色の街をただれた人々が幽霊のように彷徨さまよっている・・

地獄のような光景


ハッと目覚める臣吾、灰色のコンクリート。不快な寝床の新宿駅地下道。

「悪夢でも見たかい」浮浪者の中年男が頭上でニッと笑う。臣吾「・・」。
浮浪者「オレも毎日死んでるんだよ」臣吾「?」浮浪者「寝入りに毎日死んで、起きたら生き返る」臣吾「・・ふん」浮浪者「アンタ若いな、取っ払いのイイ仕事あるよ、どお?」浮浪者の男は右手が不自由らしく包帯を巻いている「心配ないって」。朝焼けの新宿駅西口、路地裏のバラック小屋に着くと目の前にドサっと大量のビラを積まれ「日払い百五拾円だからね」と雇い主にのりの入ったバケツを渡される。雇い主「いい相方見つけたな、よろしゅう」浮浪者「あんたのおかげだよ」ビラ貼りの仕事にありついた。

ビラはいかがわしい風俗店や、金貸し、パチンコ屋、その中に華やかな歌謡ショーの宣伝ビラも・・見つめる臣吾。「ほな行こか」浮浪者のおっちゃんが呼ぶ。バケツとビラの束を自転車に積んで雑踏を縫いながら朝から晩まで街のあちこちで剥がしては貼る。すすだらけの顔に汚れた服、街行く人は誰も自分なんか気にしてはいない。背中に誰かが投げ捨てたタバコの吸い殻が当たる、睨みつけてもしょうがない。右手の不自由なおっちゃんは軍需工場で指を失ったらしく、臣吾のおかげで生き延びてるよと何度も言う「ところで兄ちゃんは何やってるんだよ」臣吾「歌手」「え!?聴かせてくれよ」手のひらを差し出してお金を払えと臣吾(笑)夜になりおっちゃんと屋台の蕎麦を黙々とすすりコンクリートにザコ寝、地下道暮らしの日々は続いた・・


「泥棒!泥棒!その子ば捕まえてくれっせえ!」
戦後の闇市、バラックが連なる長崎・思案橋しあんばし通り。大人たちに捕えられた汚い子供が二人、少年臣吾(10)の前に逃げてきた。ぶたれて泣きながら謝る子供の手には盗んだらしい支那餅しなもちが二つ。

見かねた臣吾「あの、その餅いくらですか?」餅屋「聞いてどげんすっとね子供のくせに」。色鉛筆と絵の具を買うため父親の財布から二拾円抜いてきた臣吾「いくらですか?」餅屋「みんなで拾円ばい」臣吾「そんなら、こいでよかとでしょ」二拾円を差し出す「そいからもう拾円分、お餅ば下さい」物見客「ほら早う商売、商売」、臣吾「金ば払えば、子供でもお客でしょ」餅屋「ええい、小面こづら憎かばってん仕様なか」子供の頭をコツンと叩いて大人たちは去っていった。

「お食べ」と、臣吾は残りのお餅を持って一人で歩き出す。子供らは後を付いてくる。臣吾「ほら、こいもやるよ」・・ガツガツと食べる子供。すると物陰からそっと様子を見ていた若い女が臣吾に向かって「どうもありがとうございました。本当にすいまっしぇん、すいまっしぇん」母親らしき女が被っている手拭いの隙間から顔半分がケロイドなのが分かった。臣吾は大人から頭を下げられ恥ずかしくなり目の前にあった映画館に大人達に紛れ連れのような顔をして入ってしまった。映画館では主題歌を歌う加賀美かがみ一郎の美しいボーイソプラノに魅せられ涙を流した。思いがけない出来事が運命を変えることになる。

翌日・小学校の昼休み、
廊下で映画の主題歌《ゆうべの夢♪》「♪ゆうべ見た夢 花の船 広い海原超えてゆく..」を口ずさんでいると「丸山くん!あなた映画に行ったでしょ」と音楽女教師の小幡先生がニッコリ。「いかんでしょうが学校のルールじゃ映画観るんは禁止。放課後教室いらっしゃい」臣吾「(叱られるのか)」。放課後の音楽室には小幡先生と他に二人の先生もいる。オルガンの前で小幡先生が「何か歌ってごらんなさい。何が良かやろね・・」とおもむろに童話埴生はにゅうの宿♪》〜を伴奏する。歌い出す臣吾のボーイソプラノ「♪埴生の宿も わが宿 玉の装いうらやまじ のどかなりや春の空〜」二人の先生に「ねえ、どうでしょうか? この子才能あると思うんです」先生「そうですね、きれぇか声やし、ちゃんと音楽の学校で勉強させたらようなるでしょうね」。

病院、
母親・淑子の病室、小幡先生が熱心に臣吾の進路をいている。母は丹毒たんどく(皮膚の感染症)を患って体が弱く寝たきり、愛おしそうに臣吾の笑顔を撫でながら「自慢ん子ばい・・」聡明な母はやさしく臣吾を包む。
「♪唄を忘れた カナリヤは 後ろの山に てましょか?〜 」《金糸雀カナリヤ♪》


「いえいえそれは なりませぬ〜♪」新宿の雑踏、鼻歌の臣吾「♪唄を忘れた  カナリヤは 背戸せど小藪こやぶに 埋めましょか? いえいえそれは なりませぬ…」慣れた手付きでビラを張る。すると駅前が騒がしい。通りの向こうで楽器ケースを抱えた人だかり。手を止め掻き分けて入っていくと "ひろい" がいた。拾いとは駅周辺にたむろする自称バンドマンの中から腕利きの演奏家を見抜き斡旋する手配師。言わばスカウトマン。演奏を聴かずに見抜くためには楽譜所有の有無や、楽器ケースの形態など細かく観察している。
「トランペット吹けます!」「サックスならお任せ!」バンドマンのアピール合戦の中へ臣吾も割って入る「英語できます!フランス語もできます!」手配師「なんだおまえ、男か?女か?」臣吾「シャンソン歌手です!」
手配師「シャンソン?嘘つけ!ダメダメ」「どけガキが!」バンドマンたちに押しやられ「コラッ終わらんぞ」とおっちゃんに叱られビラ張りに戻る。

ここを抜け出さなければ…

剥がしては貼る大量のビラに「美少年募集」との文字が。臣吾「・・・」
ビラを丸めてポケットに入れようとすると「マルちゃん!」背後から聞き慣れた声、慌ててビラをポケットへねじ込み振り返ると、楽器ケースを抱えた3人組がいた。その中に先輩大学生アポロの姿。驚く臣吾。
こんな格好を見られたくないととっさに背を向け電柱の陰にしゃがみ込む。
「目立つよ、マルちゃん?でしょ」・・察したアポロの優しい眼差し。
見上げる笑顔にかつての想い出がフラッシュバックする・・


クラシカルな校舎、教室でチェロを奏でるアポロ。音楽大学付属高校・制服の臣吾、廊下の窓越しに臣吾を覗いて女学生たちがヒソヒソ話をしている。渡り廊下を颯爽さっそうと歩くアポロ、臣吾と目線が交差する。「マルちゃん噂になってるよ」キャンパスでアポロの同級生たちに混じり楽しそうに話している臣吾に「女子みたいだって!」と笑う大学生。臣吾の顔をまじまじと見て女学生「あなたはどうして男なの?」臣吾「・・あなたはどうして女なの?」 笑う女学生たちアポロも笑顔。


・・新宿の雑踏、
「臭うなぁ」汚れた服の臣吾に無神経なアポロの同級生ヒデオの薄ら笑い。臣吾を気遣うようにアポロ「やっぱりクラシックはお呼びじゃないみたいだね(笑)」通りの向かい側 "拾い" を指さし「キャンプのステージに立ちたいなぁ」と呟く。臣吾「・・」。拾われたバンドマンたちがトラックに乗り込む姿を眺めながら、アポロ「ところで学校、辞めたんですか」「寮も出たんですか?」臣吾「・・帰る所がないんです」雑踏の音が消え、心配そうに振り返るアポロ。アポロの肩越しには臣吾をジッと睨むヒデオの姿があった。


小綺麗な六畳間、高価なレコードが棚にたくさん並ぶアポロのアパート。
臣吾「わぁ〜聴いてもいい?」アポロ「高いから気をつけてよ(笑)」
棚からエディット・ピアフ(1945)のLP盤を見つけてゆっくり針を落とす。
ピアフが歌う。恍惚こうこつの臣吾ついていく。アポロ「仕方ありませんね(笑)」

《バラ色の人生♪》
♪Des yeux qui font baisser les miens…
(字幕)思わず目を伏せてしまいそうな素敵な瞳
Un rire qui se perd sur sa bouche
口元にうっすら浮かんでは消えるあの微笑み
Voilà le portrait sans retouche
これがありのままの姿

ピアフの歌にのって〜長崎の風景、楽器店の蓄音機から《バラ色の人生♪》が流れている。ショーウィンドー越しに覗き込んでは口ずさむ少年臣吾。

De l’homme auquel j’appartiens Quand il me prend dans ses bras
想いを寄せるあの人が私を抱きしめて
Il me parle tout bas Je vois la vie en rose
そっとささやくとき 人生がバラ色に見える

ピアフの歌は続く〜銀座をアポロと臣吾、軽やかに歩き、レコード店で名盤を物色、パーラーでスパゲッティーを分け合い、映画館・フランス映画、日比谷野音の小ステージでおどける臣吾、アポロに心惹かれ二人の時間を大切に過ごす。二人布団にくるまって窓の灯りが消える・・。
そのアパート前、背広の男が二人、路地から部屋の様子を窺っていた。

翌朝、
二階の窓からアポロを見送ると楽譜集を手にレコード盤に針を落とす臣吾。
譜面と自身の歌声を照らし合わせてシャンソンの自主トレが始まる。

自分にあるのは歌だけだ。

シャンソンの代表曲《枯葉♪…》、ピアフ、グレコ、ドリール、モンタン、それぞれの歌い手がそれぞれの個性でレコーディングをしている。同じ歌なれど人間味や解釈を自分なりに表現して歌う。その個性の違いを客は選んでレコードを買う。その事を歌い手もよく知っている。この歌は私の歌よ・・なんて野暮な事は言わない。続いて《群集♪…》歌い手たちの長所短所を探り自分の好みで取り入れる。その解釈した骨組みの上に肉や衣をあしらう。
臣吾、次々に針を落とす。《アコーデオン弾き♪…》身振り手振りも加わって真剣な自主トレの臣吾。発音、囁き、語り、絶叫、メロディックな唱法、一小節ごといや一音一音が真剣勝負まるで役者のような技術が要求される。隣の部屋では昼食の準備、コロッケに衣をあしらう主婦、漏れる歌声が気になる。リズムも、ワルツ、タンゴ、ツービート、フォービート、ラテンが含まれまさにシャンソンは化物だ。教室ではチェロを奏でるアポロ。臣吾の自主トレシャンソンとメロディーが融合する。ジューっとコロッケを揚げる隣の主婦。音が重なり臣吾の歌声はさらにさらに大きく高みへ昇る。
赤ん坊の泣き声。ドアを叩く音。たまりかねた主婦「いい加減におしッ!」臣吾「・・」レッスン終了。

夕食、「でねシャンソンばかり聴いてたからチェロまでオシャンソンになっちゃって(笑)」とアポロ。臣吾「・・ところでお金、いつもありがとう」
アポロ「マルちゃんには歌がある!出世払い頼みます」臣吾「うん(笑)」

甘えてばかりいられない、稼がなければ…

銀座みゆき通り、
アイビールックに身を包んだ若者たちがカッポする。クシャクシャになったビラを頼りに臣吾はある店先に辿り着いた。ガラスにサボテンの塗り絵、殴り書きのCoffeeという文字。店内からコールマン髭にラテン系の混血らしい太った小柄な四十男のマスター・ケリーが顔を出す。
"美少年募集" のビラを差し出すと品定めするように上から下まで眺め回してケリー「明日から来れる?ブラブラしてればいいヨ」臣吾「?」。
ケリー「二階、見る?」店の名は銀座ブランスウィック、一階は南米風のカフェ、金の手すりのらせん階段を上がると二階は黒豹の像が迎える怪しげなアラビアン風。テーブル席の他に小さなステージもある。臣吾「ショーもやるんですか!」ケリー「まぁね・・ステージは靴脱いでね」臣吾「・・」。

夜、BGMにのって二階の営業が始まっている。店内は大盛況。客は背広姿の中年が多い。ボーイはルバシカ姿で見目麗みめうるわしい二十歳前後の美青年ばかり。ここは表向きはカフェだが、その実態は同性愛者専門のショーパブだった。

裸に黒豹の毛皮、頭に金のターバンを巻いて魅惑的に踊る臣吾。客たちの好奇な目にさらされている。普段はお堅い役人や名のある実業家などなど、社会的地位や名声を持っている常連客、世間をあざむき自分をあざむく男たちは、愛してもいない妻をめとり、無理して子供を作り、世間の目をカモフラージュしなきゃならない。そんな客たちを妖艶に見回しながら踊る臣吾。 

操り人形、それで結構。甘えてばかりいられない、稼がなければ…

この店で大金を払う老人Mの席、呼ばれた臣吾は無愛想に横に立つ。
老人M「何か飲むかい?」臣吾「いいえ、僕は芸者じゃないから結構です」老人M「可愛くないなぁ」臣吾「綺麗ですから、可愛くはないのです」
ニヤリと葉巻の老人、鼻もちならない傲慢さ醜い顔が見苦しい。おもむろに千円札で二十万円分の札束をポンとテーブルに置き、「どうだい? これで」臣吾「(唾を飲み込む)」喉から手が出そう。ぐっと堪えて「乞食じゃないよ!」札束を鷲掴みにすると天井に向かって放り投げた。花吹雪が散るように札束が舞い散る。客席から歓声が上がり慌てて拾い集めるケリー。


アパートの部屋、
臣吾の帰りを待つアポロ。するとノックの音、ドアを開け「おかえり・・」しかし、そこには別の男が立っていた。
恨めしく鋭い眼差し、手には包丁を持っている。驚くアポロ。


ショーパブのステージ、イントロが鳴る、
スポットライトを浴び《バラ色の人生♪》を歌う臣吾「Des yeux qui font baisser les miens Un rire qui se perd sur sa ♪…」好奇な目の客たち。


《バラ色の人生♪》は流れ続ける・・アパートの部屋、
「やっぱりこういう事かッ」と叫びアポロを切りつける男。男はあの同級生ヒデオだった。揉み合いながら腕を切られてもひるまないアポロ。
ヒデオ「なんで俺じゃダメなんだよ!畜生」狂気の男はアポロに好意を持ち告白するが何度も袖にされ、臣吾との同棲を知って嫉妬に狂った男だった。
アポロ「刺すなら刺せ!」


Voilà le portrait sans retouche…♪」ショーパブのステージ、華やかに《バラ色の人生♪》を歌い続ける臣吾。


狂気の男「(むせび泣く)」 アポロ、男をすり抜けて外の路地へ逃げる。
追いかけてくる狂気の男。するとそこへ背広の男二人組が現れ、狂気の男は取り押さえられる。血だらけのアポロ「・・・」。


拍手の中、歌が終わる。ステージ脇の通路では先輩たちがある客を覗き見してヒソヒソ話をする「あれが、小説家の三島由紀夫だよ」「かっこいい!」編集者らしき取り巻きが「先生、先生」とおだてている。
臣吾「ふん何が先生だよ」ケリー「丸山、三島先生が君を呼んでるぞ、チップあげるからお願いだから先生のご機嫌とってね」臣吾、渋々三島の席へ。無愛想に立つ臣吾、三島「何か飲む?」臣吾「いいえ、僕は芸者じゃないから結構です」 三島「・・・ハハハ気に入ったよ」。ヒソヒソ話の先輩たち、「この店の事、小説にするのかなぁ(笑)」 臣吾「もうよろしいですか?」編集者「なんて生意気なガキだ偉そうに」臣吾「あんまり見られて穴が開く前に帰ります」去り際、三島「いいなキミは」臣吾「?」三島「もっと偉くなった方がいい」臣吾「・・」三島「偉くなったら言いたい事も言えるようになる」臣吾「・・」サッサと引っ込む。編集者「まったく、なんて奴だ」
三島は鼻っ柱の強い青年に光るものを見ていた。


朝方、
アパートへ戻るとアポロの姿がない。床には点々と血の跡が。そこへノックの音、ドアを開けると背広の男二人が立っていた「ちょっといいですか?」臣吾「・・」背広の男「アポロさんが呼んでいます」臣吾「・・」。


高く大きな漆喰しっくいの壁沿いを歩く臣吾、門前に着いて見上げる数寄屋建築の豪邸。広い中庭、どうやら葬儀の後らしく喪服姿の参列者が帰っていく。
入れ替わりのように女中に案内され、臣吾が広間に入ると辺りを警戒して襖がピシャリと閉じられた。和洋折衷わようせっちゅうの広間には親族らしき人たちがいる。
アポロの父親、母親、親族達、背広の男二人、その中にアポロがいた。
右腕に包帯を巻いて怯えているように見えた。

アポロの父「何だこのザマは?」
テーブルには帝国興信所が調査した報告書と二人の写真の数々・・
アポロの父「一人暮らしも容認してたが何だこのザマは!」アポロ「・・」
アポロの父「祖父じいさんが死んで後はどんなあきないか世間は詮索したがるんじゃ。こんなことが世間にバレたら一族の恥だ。・・どこかの娘でもあてがって、さっさと結婚させろ!」と親族へ怒鳴る。
臣吾を睨みつけ「お前も変態の片割れだろ、お前がそそのかしたのか」
臣吾、答えようとするとアポロ「あのお手洗い、行かせてください」
ゆっくり立ち上がり臣吾をじっと見つめて、廊下の奥へと消えて行った。

揺れる中庭の葉は色付きはじめ季節は秋になろうとしていた。なかなか戻らないアポロ。「野郎、逃げやがったな」アポロの父。親族たちは屋敷中を探し回る。嫌な予感がした。臣吾「まだ、お手洗いにいらっしゃるのでは?」二階の長い廊下の突き当たり鍵がかかったドアを親族たちがこじ開けると、
包帯で首を吊ったアポロの姿があった。
口から泡を吹いてだらんとぶら下がる無念そうな顔。

この人が一体何をしたというのだろう。唖然とする親族と父。
物を盗んだり人を殺したわけでもない。臣吾の絶望と無念の表情。 
臣吾「てめぇの息子殺しやがって(涙で叫ぶ)ざまぁみやがれ・・」
精一杯の罵声を返すのがやっとだった。裸足のまま屋敷を飛び出す。

女が人間なら男も人間、人間が人間を愛して何が悪い
男が男を愛して何が悪い

人が人を殺す戦争よりも、ずっととうといことなのに、なぜそれが許されない。臣吾は泣きながら走り続ける・・


怪訝けげんな目の乗客たち、裸足のまま電車に揺られ遠くを見つめる臣吾。
なぜ生きるのか教えてください。

暗い地下道から階段を上り表へ出ると、目の前にあの "拾い" がいる。
群がるバンドマンたちを押しのけて輪の中へ。
品定め中の "拾い" その面前めんぜんにすっくと立つと、アカペラで歌いはじめる。

《愛の讃歌♪》
Le ciel bleu sur nous peut s’effondrer
(字幕)高く青い空が 頭の上に落ちてきても
Et la Terre peut bien s’écrouler
大地が崩れひっくり返っても 私には どうってことない
Peu m’importe si tu m’aimes
あなたへの愛には 世界中のどんな出来事さえ どうだっていい

見下すバンドマンの声。ひるまず歌い続ける臣吾。歌声はすべてを黙らせる。次第に聴き入るバンドマンたち。

Je renierais ma patrie Je renierais mes amis Si tu me le..
祖国も捨てよう 友も裏切りましょう あなたが望むなら
On peut bien rire de moi,Je ferais n’importe quoi
人に笑われても平気 何だってしてみせる あなたが望むなら…

通りを歩く人の足が止まる。一人また一人と聴衆が増え歌声はさらに高く高く空へと届く・・・

Dans le ciel, plus de problèmes… Dieu réunit ceux qui s’aiment !
憂のない空の上で 神様が結び合わせてくれる 愛する者たちを!

最後は皆、路上で拍手喝采、魂の歌。
目を輝かせる"拾い"「ジャズもいけるか!?」臣吾「(ニコッ)」。《SING,SING,SING♪…》が鳴る〜バンドマンたちとほろ付きトラックの荷台に乗せられ街を駆ける。行き先は進駐軍のステージだ!
横須賀米軍キャンプ、ゲートをくぐると、そこはもうアメリカだった…。


つづく




第2話「色街が教えてくれた・・」

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