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『走狗』文庫発売特集 本作を通じて描きたかったこと 【歴史奉行通信】第五十九号

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1. はじめにー 川路利良という
一人の男のビルドゥングス・ロマンと
ピカレスク・ロマンの二重構造ー『走狗』

今回は2月20日発売の
『走狗』文庫版 について
熱く語っていきたいと思います。


本作は、薩摩藩の幕末から
明治維新までの流れを、
川路利良の視点から描いた大作です。


この作品を書いた理由は三つあります。


川路が外城士(とじょうし)という、
武士としては足軽同然の
最下層の出身でありながら、
維新政府で異例の出世を遂げ、
現在の警視総監にあたる大警視
という地位にまで登り詰めたことに、
まず関心を持ちました。
つまり川路は、
幕末から明治維新という混乱期に、
自らの能力を頼りに頭角を現わしていった
明智光秀や石田三成のような
男だったのです。


また西南戦争で西郷に付いた
村田新八を『武士の碑』で描いたので、
その対照的人物として
大久保に付いた川路を描こうと思った
ことも執筆動機に挙げられます。
西郷を大恩人としながらも、
鬱屈した心情から大久保側(体制派)となり、
西郷を葬り去ろうとまでした
心の内を描きたかったのです。
これぞ小説にしかできないことです。


さらに私も山田風太郎兄貴に
影響を受けた一人なので、
文明開化で沸き上がる
明治維新期の陰の部分、
言うなればノワールな明治の実像を、
川路という恰好の存在を通して
描いてみたいと思ったこともあります。


この三点が執筆動機になりますが、
そうした理屈は抜きにして、
読者の皆様は川路の視点を通して
「薩摩藩の幕末と維新を
ウォークスルーする(通り抜ける)」
ことをお楽しみ下さい 。 
その点からしても、司馬さんの
『翔ぶが如く』に真っ向から挑んだ作品
と言えるでしょうね。


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さて、禁門の変(蛤御門の変)で
敵将の来島又兵衛を狙撃する
という大功を挙げた川路は、
幕末期は西郷と大久保の
手足の一人として走り回り、
維新初期の人材不足と
持ち前の上昇志向から
頭角を現わしていきます。
しかしそこには、
無理に無理を重ねて走り続けた男
特有の「負の部分」もありました。


その最大のものが、
西南戦争の際に
大恩人の西郷の許に駆けつけず、
大久保側に付いたことです。
しかも西郷を葬り去ろうとする
陰謀の首謀者にもなりました。


その結果、
西南戦争で西郷一派は潰えます。
そこまでは川路の思惑通りに行きましたが、
大久保が暗殺されることで
川路の運も暗転します。


川路を警察から追い出すために、
長州閥が仕掛けたとしか思えない
藤田組贋札(がんさつ)事件という
謀略にはまった川路は、
フランスへと脱出を試みますが、
途次に病を得て不可解な死を遂げます。


もしも西南戦争の翌年に
大久保が暗殺されなければ、
川路も出世街道をひた走り、
大臣になり元勲になり、
偉人扱いされたかもしれません。
というのも長生きした元勲たちは、
そろって過去の汚れた部分を消し去り、
自伝などで歴史を書き換えることまで
したからです。


そうした意味で、本作は川路利良という
一人の男のビルドゥングス・ロマン
(成長物語)であり、
また維新を分岐点として、
ピカレスク小説つまり
「明治ノワール」でもあるという
二段構造になっているのです。


さて、今回の文庫化にあたって、
単行本版から15%前後のカットを断行し、
リーダビリティを格段に引き上げました。
不用な人物や地名をカットし、
テーマから逸脱するウンチク的なものも
容赦なく切り捨てました。
こうした作業により、
一段と贅肉が剥ぎ取られ、
スリリングな展開が際立つようになったと思います。


それでは単行本発売時の
何種類かのインタビュー記事に手を加えたもので、
本作を語っていきたいと思います。

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2. インタビュー前編ー川路利良は
明智光秀、石田三成、土方歳三のように
「誰かのNO.2ないしは補佐役で輝く男」

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■明治維新の功罪は様々に言われていますが、
川路利良の果たした役割とは何でしょう


功としては、
国内の治安を維持する組織として警察を創設し、
社会に秩序をもたらしたことです。
現代を生きる私たちにとって、
警察は水や空気のように、
あって当たり前の存在ですが、
江戸幕府の奉行所しかなかった当時の日本に
警察制度を導入していくのは、
並大抵のことではありませんでした。

しかもフランスの交番制度を導入したことにより、
日本の治安は世界のトップレベルにまで
一気に引き上げられました。
そうした安心感があってこそ、
人々は日々の仕事に邁進でき、
日本は近代国家の道をひた走れたのです。


川路は自ら率先して警察官であろうとし、
自らの生活まで律します。
その姿勢は真面目一筋で、
いかに彼が警察制度の導入に
情熱を燃やしたかの証左になります。


そうした表の部分だけなら、
川路も偉人の一人として扱っていいと思います。
しかし陰の部分を担わねばならないのも
警察の宿命です。
陰の部分とは今で言う公安的な仕事ですが、
それがどんなものかは、
作品の中でお楽しみ下さい。


■西南戦争では、
大久保に付くと目されていた村田新八が西郷に付き、西郷に付くと目されていた川路が
大久保に付きますね


人というのは不思議なもので、
村田は運命の糸に搦め捕られるようにして
西郷軍に身を投じます。
おそらく私学校の若者たちの暴発を
抑えるために鹿児島に帰ったのでしょう。
これには従兄弟の証言あります。
しかし周囲の熱気に煽られたのか、
内戦を最小限で押さえようとしたのか、
西郷と共に起つことになります。
佐賀の乱における江藤新平と
同じような状況です。


一方、川路は確信犯でしょう。
彼にとっては西郷への愛よりも、
自分が丹精込めて作り掛けていた
警察への愛が勝ったのです。
もちろんそこには、せっかく得た
富と名声を手放すことができなかった
という人としての弱さも
あったのかもしれません。


結局、いかに西郷を尊敬し、
西郷を慕っていても、
彼は鹿児島に帰って芋を掘る生活に
戻る気はなかったのです。
それが西郷側近の桐野利秋、
別府晋介、辺見十郎太たちと
異なる点です。


そこにはホモ・ソーシャリティという
微妙な心理が存在していました。
桐野らは、その頸木から
逃れられなかったのです。
その逆に川路は、西郷を中心とした
ホモ・ソーシャリティ・サークルの
少し外縁部にいたので、
そこから脱するために
西郷を葬らねばならなくなったのです。


桐野ら西郷子飼いの連中に対し、
川路が憎悪と嫉妬を抱いていたこともあります。
要は、西郷にもっと近づきたいのに
近づけされてくれないという
コンプレックスです。
桐野たちは「おいたちの西郷先生」として
西郷を囲い込み、
少し距離のある川路や黒田清隆を
近づけさせなかったわけです。
男の嫉妬とは、げに恐ろしいものなのです。


いわば西南戦争は、
「おいたちの西郷先生」に殉じたい桐野たちと、
西郷という偉大過ぎる存在から解き放たれ、
新たな道を歩みたい川路たちとの
戦いでもあったわけです。


■川路利良とは、どのような男だったのですか


端的に言えば
「誰かのNO.2ないしは補佐役で輝く男」
だったと思います。
明智光秀、石田三成、土方歳三に
近いものがあります。


光秀は信長あってのもので、
信長の命令を忠実に実行しただけでなく、
その言外の意を捉えるセンスに
長けていたからこそ頭角を現わせました。
しかし自らの手で信長を討ってしまうと、
迷走が始まります。
光秀が本能寺の変までは周到だったのに、
変が成功した後は人変わりしたように
何もできなかったのは、
信長の頸木から解き放たれることで
思考停止してしまったからでしょう。
光秀は単体では輝けず、
信長がいたからこそ輝けたのです。


三成についても「秀吉がいてこそ」だったのは
言うまでもありません。
しかも三成は秀吉の死後、
秀吉が担っていた人望、人徳、リーダーシップ、創造性といった部分を全く補えず、
自滅するかのように敗れ去ります。
これは「大谷刑部主導者説」でも、
さして変わりません。
三成も刑部も秀吉にはなり得なかったからこそ、
多少なりとも人望のある家康に敗れたのです。


土方は例外的にリーダーもできる存在だったかもしれません。
しかし近藤勇と袂を分かった後も、
大鳥圭介や榎本武揚のNO.2的立場に回っています。
土方は誰かと補完関係を築き、
自分の居場所を見つけるのに
長けていたからです。


同様に川路も西郷や大久保あってのものでした。
彼は誰かを支えるのが得意で、
その暗部を担うことさえしました。
しかし西郷を裏切り、大久保を失うことで、
自身も破滅するしかなくなります。
彼の上昇と転落の軌跡こそ、
明治維新の理想と現実を端的に
表していると言えるでしょう。


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3. インタビュー後編ー時代の変革期を
迎えようとしている今、現代社会の写し鏡でもある
幕末を描くことの重要さ

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■明治維新同様、現代社会も
大きな変革が訪れていますね


ここ20年、グローバリズムの流れが
加速することで、世界では少数の富裕層と
大多数の貧困層という分断が生まれ、
グローバリズムに疑問が呈されると同時に、
それを支えてきた民主主義という
政治理念さえ軋んできています。
西側諸国は、新たな国際秩序と政治理念を
確立すべき時期に来ているのです。


こうした背景を踏まえて、
現状維持をよしとしない中国・ロシア・
イラン・北朝鮮といった独裁国家が、
軍事力による拡張主義を
鮮明に打ち出してきています。
つまり、これからの日本は、
たいへんな外圧に見舞われます。


こうした状況は幕末と酷似していると
言ってもよく、
政治体制から社会制度のみならず、
日本人のメンタリティまで
抜本的な改革をしていかないと、
日本は衰退の一途をたどることでしょう。
しかも少子化によって
社会から活力が失われているので、
明治維新のような画期的な改革は
望むべくもありません。


唯一の光明は「年功序列」
「責任を取らない体質」「事なかれ主義」
「先送り」といった日本企業に巣くう
悪しき風習が一掃され始めたことで、
優秀な若者たちが台頭してきていることです。
今われわれにできることは、
こうした若者たちをいかに育てるかです。


これからの若者たちは大海、
すなわち世界へと進出していきます。
その時、五十代以上の世代ができることは、
川をさかのぼって得た収穫を
若者たちに持たせることです。
川とは歴史のことで、
収穫とは歴史から学んだ教訓のことです 。


ドイツの鉄血宰相ビスマルクは
「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」
と言いましたが、
経験を語らず歴史を語ることこそ大切です。


その役割を担う者の一人として、
私も襟を正して歴史に取り組んでいくつもりです。
とくに現代社会の写し鏡でもある
幕末を描くことは、
時代の変革期を迎えようとしている
日本の若者たちにとって、
極めて重要だと心得ています。

■本作は『武士の碑』と『西郷の首』と共に
西南戦争三部作という位置付けだと
聞きました。


仰せの通りです。
まず『武士の碑』で西郷に寄り添った
村田新八を描き、
本作で西郷を裏切った川路利良を描き、
『西郷の首』で外野的立場の
加賀藩士たちを描きました。

この三作は時代がかぶるだけでなく、
西南戦争によって運命を変えられていった
男たちの悲劇を描いています。


村田の場合、
あえて渦中に飛び込んだ感がありますが、
大久保に付いた川路も、
毒殺としか思えない不可解な死を遂げます。
さらに西郷軍が潰え、親友(千田登文)が
西郷の首を見つけてしまったことで、
明治政府に失望した島田一郎は
大久保を暗殺します。
彼らの西郷との距離は様々ですが、
その運命はタペストリーのように複雑に絡み合っており、渦の中心には常に西郷がいます。

それだけ西郷という存在は大きく、
今でも幕末から明治維新期のシンボル
ないしはメルクマークとなっているのは、
ご存じの通りです。

この機会に『走狗』文庫版を
お読みいただきたいのはもちろんですが、
この三作すべてを読み、
明治維新とは何だったのかを、
読者の皆様にも考えていただきたいと思っています。

■本作について、
読者へのメッセージはありますか。


本作は歴史の流れを追うだけの
偉人伝ではありません。
川路利良のビルドゥングス・ロマンであり、
ピカレスク・ロマンでもあります。
つまり上昇と転落の軌跡を描いていくことで、
明治維新の理想と現実を
知っていただきたかったのです。


また本作は、
歴史解釈とミステリー小説的な伏線が
絡み合った作品でもあります。
とくに後半から終盤にかけてのグルーヴ感は
拙著の中でも出色の出来でしょう。
いわゆる一気読み状態になることは
間違いありません。


歴史小説には、読者が結末を知っている
というハンデがありますが、
そこに至るまでのプロセスで、
いかに楽しませるかに作家の腕が掛かっています。


私の場合、史実をしっかり押さえつつ、
歴史解釈力という武器で
一気読みのグルーヴを生み出してきましたが、
本作はその方法論が成功した作品の一つだと思います。


もちろんドラマ部分は作り込んだものなので、
史実の通りとは言い難いものですが、
読者に
「ああ、こういうことが実際にあったかもね」
と思っていただけるよう、
妥当性には細心の注意を払っています。
すなわち「史実から逸脱せずに、
スリリングなドラマが展開されている」という
歴史小説にとっての理想的な作品となっているのです。


『走狗』を読み、
歴史小説でも「ここまでやれるんだ」ということを、
ぜひ知っていただきたいと思っています。


『走狗』(文庫版)
http://fcew36.asp.cuenote.jp/c/bNwBaafLcapVznbE

『武士の碑』
http://fcew36.asp.cuenote.jp/c/bNwBaafLcapVznbF

『西郷の首』
http://fcew36.asp.cuenote.jp/c/bNwBaafLcapVznbG

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