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「蛙化現象」 不穏な流行語はなぜ生まれるのか。なぜ嫌われるのか。

「蛙化現象」なるワードが世に解き放たれ、何やらインターネットが騒がしくなっているようだ。

ある女性YouTuberが「交際中の男性のちょっとした(ダサい)言動を見て、気持ちがスッと冷めてしまう」現象としてこのワードを用い、具体的な事例を面白おかしく紹介している。その中には、男性にとっては「え、そんなことで!?」と理不尽に思えるような些細な事例がいくつも挙げられており、「付き合った男が可哀そうすぎる」「そんなことでイチイチ冷めるなら恋愛なんかするな」と火の手が上がった。炎上係数の高いコンテンツは、切り抜かれるとさらに係数が上がる。いつものように誰かが動画を切り抜いて拡散し、いつものように誰かが真顔で難癖をつけ、いつものようにトレンド化する。「炎上お決まりパターン」を順調に歩み進んだ「蛙化現象」は、ほどなく立派な新語となって独り立ちし、「私もある!」「分かる!」と、逆に大勢の女性からの共感を得ることとなる。「そうそう、それだよ!」と。

逆に男性からは、共感ではなく、叫喚が聞こえる。新型コロナウイルス流行への恐怖が和らぐ中、この新型ワードの流行に世の男性たちは怒りの声を上げているようだ。

この一件で流行語にのし上がったためご存じの方も多いと思うが、「蛙化現象」とはもともと、好きな相手から好意を向けられると逆に嫌悪感を持ってしまう現象を指す。立派な心理学用語であり、先のYouTuberのワーディングは「学術的には」間違っている。

もちろん、男性たちが怒っているのは、用語の使い方が間違っているからではない。「男性のちょっとした言動に、気持ちがスッと冷めてしまう」ような、自分勝手な女性に怒っているわけでもない。

だが、今まで普通に過ごしていた女性が、「蛙化現象」という言語と概念を手にしたことで、これまで気にしてなかった男性の言動に敏感になり、本当に「蛙化女子」が増えるのではないかと怯え怒っている――わけでもないのだ。

「蛙化現象」は、これまで流行した若者言葉と共通点を持っている。流行する原因と、流行が嫌悪される原因である。

今日はそんなことについて書いていきたいと思う。

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念のため、この記事では「蛙化現象」は本来の意味ではなく、「男性のちょっとした言動に、気持ちがスッと冷めてしまう」方の意味として使おう。

そもそも、女性が蛙化現象を起こしやすいのは、多くの男性が知る「常識」だ。男性がそのような経験をしたから、というより、ガールズトークを小耳にはさむ中で「あ、女ってそういう生き物なんだ。こわっ」と何となく知っている「周知の事実」だ。

喫茶店やファストフードなどに行くと、たいていの若い女性たちは元カレや今カレの話で盛り上がっている。というより、恋愛以外の話題が中心になる方が珍しく感じる(個人的偏見である)。彼女たちの恋バナトークに聞き耳を立てるにしろ、嫌でも耳に入って来るにしろ、その中で交わされる男性観を盗み聞きした男性は、蛙化現象を知りゾッとする。ある人は、学校の放課後や休み時間で、ある人は友人からの伝承で聞いたのかもしれない。いずれにせよ、男性にとって「蛙化現象」は目新しい概念ではない。

男性たちが真に恐れているのは、女性の、加害者意識の無効化である。

「男性のちょっとした言動に、気持ちがスッと冷めてしまう」を「蛙化現象」と呼び変えることは、例えて言うなら、アメリカ兵が、マシンガンや手榴弾ではなく、遠隔ドローンでアラブ兵を殺すようなものだ。

ドローン技術と通信技術の発展により、アメリカ兵は、アメリカ本国の安全な基地にいながら、戦地の攻撃用ドローンを遠隔操縦し、敵兵を殺している。そして、任務が終わると、会社員のようにスーパーに立ち寄り、帰宅し、家族と夕食を共にする。そして翌日また「出社」して同じようなことをする。

人を銃で殺すより、ナイフで殺す方が罪悪感は重い。相手を苦しめ、死に至らしめたのが、血にまみれた自分の右手だとはっきりと分かるからだ。銃はまだマシだ。だが、銃よりも遠隔ドローンは、さらに罪悪感を「薄めて」くれる。スクリーンに小さく映った、遠いアラブの国の兵士を、冷暖房の効いた部屋からボタンをカチカチして仕留めれば良いのだから。もし「こちらは最新のシューティングゲームです。どうです、リアルでしょう?」と言われたら本当にこれが現実の殺戮だと気づかないかもしれない。

実際には、そのような遠隔ドローンのパイロット兵は、自分の「デイリーワーク」に異常性を感じ、精神的に病むことが多いらしい。軍は破格の待遇を出しても、人手不足に悩んでいる。だが、この記事ではあくまでも「自分の安全は守られつつ、攻撃の罪悪感を和らげてくれるもの」の比喩として遠隔ドローンを使うことにする。)

「蛙化現象」というワードは、女性たちの罪悪感を和らげる遠隔ドローンのようなものだ。

男性のちょっとした言動で冷めてしまったとしても、それを他人に話すのは、ある種の「後ろめたさ」がある。「元カレ、改札でPASMOの残高足りなくてブロックされてたwww ダサくてなんか萎えたwww ソッコーで別れたwww」などと話してしまえば「いや、悪女すぎでしょ、あんた…」と忠告されるのが関の山だ。いわゆる「ビッチ系」同士の絆の強い友人関係ならそういった野暮な話題の方が盛り上がるだろうが、普通はそうではない。自分の評判は誰だって落としたくない。なにより、自分が悪女、つまり加害者側であるなどと誰も思いたくないものだ。

「蛙化現象」というワードは、それらを著しく緩和する魔法の言葉である。カエルという小さくて身近な(可愛らしい)生き物で例えることで、加害性など1ミリも感じさせない。むしろユーモラスである。「猫を被る」くらい無害なイメージだ。もし「男性行動瞬間魅力喪失現象」などとネーミングしたら誰も使わないだろう。

これまで、「自分の評判を落とすかもしれず、また自分に非があるかのような、口に出すのがはばかられる後ろめたい感情」だったものが、「蛙化現象」の登場によって、一躍「あ、この言葉を使えば、笑い話にできるじゃん!」に変わったのだ。自分が加害者側になる「後ろめたさ」を、このユーモラスな言葉は見事に相殺してくれる。そして、自身の評判を落とすことなく、ひな壇芸人が喋るような「ちょっと笑えるエピソードネタ」に昇華してくれる。

女性たちの間で流行しないわけがない。これまで加害的だと思われていた感情を、罪悪感を感じることなく、ギャグに変えることができる。誰だって、銃やナイフで人を殺したくない。できるなら、遠隔ドローンで、背徳感なく殺めたいものだ。「この手で殺した」という意識さえ無いままに。「あいつは人殺しだ」と後ろ指さされないように。

男性たちはこれに怒っているのだ。

今までは、「蛙化現象」のせいで失恋をしたとしても、女性側にも罪悪感があることがある種の「慰め」であった。「俺は傷ついた。でも、お前は加害者だったとこれからも自覚し続けろよ」と思えることが、復讐心を抑え自身を納得させる鎮痛薬だった。「自分が傷ついた分、相手にもそれなりの傷つきがあって欲しい」と。本当に女性に罪悪感があるかはさておき、「きっとある」と信じるられるから鎮痛薬には効果がある。「俺は被害者。アイツは加害者」と自分に言い聞かせることで。

だが、「蛙化現象」の流行は、鎮痛薬の効き目すっかり無効化させる新型ウイルスの流行に見えた。自分がどんなに屈辱的な失恋をしようが、女性は一切のダメージもなく「ちょwww 蛙化現象起きちゃったんだけどwww」とギャグ体験に片付けられてしまうからだ。女性たちが「蛙化現象」というワードをカジュアルに使えば使うほど、女性の加害性の自覚は薄れていき、男性たちの痛みはただの無駄になる。それどころか、女性は悪女のレッテルを貼られることもなく、「あちゃ~、蛙化しちゃたんだwww 仕方ないね~」と周囲からの評判をちゃっかりとキープできる。「蛙化現象」が、先述した「ビッチ系」同士の内輪の会話だけでなく、普通の女性の普通の恋バナの頻出ワードになれば、「これから出会う女性たちもきっと罪悪感なく自分を切り捨てるだろう」と、「蛙化」されたことのない男性でも予測が立つ。

冷暖房の効いた安全な基地から、マクドナルドのポテトを食べた後に、ボタンをポチポチと押すだけのアメリカ兵に殺されるアラブ兵の気持ちになれば、理不尽極まりなく映るだろう。自分たちがどんなに苦しもうが、相手は今日の出来事をさっさと忘れて家族と団らんしている。

「自分を傷つけたなら、せめて相手も傷ついていてほしい。相手は悪人であって欲しい」という願望、いや、祈りは、「蛙化現象」によって木っ端みじんに破壊された(る)――それを知っているから、男性たちは怒っているのだ。「お前たち、加害者だと自覚しろ。変な新語を使ってヘラヘラ誤魔化してるんじゃねぇ。周りも『わかるー』とか賛同してんじゃねぇ」と。

だが、それは叶わないだろう。誰だって、銃やナイフより、遠隔ドローンを使いたがる。加害者だと自覚して口をつぐむより、後ろめたい気持ちなく平和な日々を笑って過ごしたい。悪人呼ばわりされるより、ちょっとした善人でい続けたい。「蛙化現象」という言葉の流行を防ぐワクチンは無く、これからも確実に蔓延し続ける。「蛙化現象」が人々の死語辞典に載るまでは。

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めでたく流行語へ仲間入りを果たした「蛙化現象」であるが、思えば共通した特徴をもつ流行語は数多く存在してきた。「誰もが思ったことがあるが、口に出すには後ろめたさがあり、周囲から非難を浴びそうな概念の加害性を、ユーモアで帳消しにしてくれるカジュアルな言葉」である。

今は死語となりつつあるが、「KY」はその代表例だろう。「アイツは空気が読めない」と言ってしまえば、悪しき日本人気質の持ち主のような加害者性を帯びてしまう。道徳の授業で教わるような「個性を認めよう」「言いたいことを言うのは大事だ」などのタテマエに反している。「ちょっと、言葉がキツいよ」と友人に思われるかもしれない。

だが「アイツ、KYだよな~」は、「自分は他人を貶める気持ちは毛頭ありません。あくまで茶化しただけです」というポーズを保ちつつ、共感が得られて心地よい。広まらないわけがない。

「根暗」より「陰キャ」、「不良」より「DQN」、「自慢話」より「マウントをとる」、「精神病」より「メンヘラ」、「正論を振りかざす」より「マジレス」、「キモオタ」より「チー牛」…。挙げればキリがないが、「言葉から発せられる加害者性を巧みに消しつつ、ぜひとも口に出して共感してもらいたい概念」という点では、「蛙化現象」と何ら変わりはない。

最近では、「告ハラ」や「スメハラ」など、「○○ハラ」が無数に増殖しているのも、決して無関係ではないだろう。「不快だが、言ってしまえばこちらまで悪人に見えてしまう」ことは、とりあえず「○○ハラ」と名付けておけば、自分は悪人にならずに済む。もはや、「○○ハラ」は、○○の部分に何か入れておけば無罪の証拠が出来上がる、「容疑者となるのを上手に避けるテンプレ」になりつつある。

「disる」は、それを極めし最上級の発明品だろう。全ての悪口の加害性を無効化できる、万能の言葉である。

「蛙化現象」を初めとする流行語ウイルスたちは、「私が加害者にならずに、この気持ちに共感してほしい!」という人々の願望を格好の繁殖場所とする。感染した人は、他人に移さずにはいられない。そして、検疫を通さず大衆が接触しあうインターネットを媒介として、あっという間に広がる。

毎年公表される「ユーキャン新語・流行語大賞」を候補を見て、「え、そんな言葉流行ってたの?」「どこ発祥?」とGoogleに尋ねた人も多いだろう。あそこで紹介される流行語は、実際はさほど流行してない。というのも、あの言葉たちは、「後ろ指さされそうな感情を、カジュアルに言い換えて、加害者側にならなくて済む言葉が欲しい」という人々の潜在的なニーズに応えられてないからだ。最近では、「保育園落ちた日本死ね」や「親ガチャ」など、なかなか攻めた言葉たちもランクインするようになったが、先に挙げた「蛙化現象」類の言葉が入選するのは難しいだろう。

というのも、これらの言葉は、流行すれば確実に炎上するからだ。

「蛙化現象」などの言葉は、使う側にとってはぜひとも広めたい言葉であるが、使われる側(「蛙化現象」ならば男性)からすれば「ぜひとも広めてほしくない言葉」だ。「自分を傷つける人間は、悪人であってほしい、罪悪感を持ってほしい、周囲から嫌われてほしい」という祈りに似た希望を、これらの言葉たちはいとも簡単にへし折ってしまう。ただ嘲笑されるだけの、報酬の無いピエロになど、誰もなりたくない。彼らにはどうしても、炎上を引き起こすインセンティブが生まれる。

だが、人は炎上させられても、言葉は炎上させられない。オフィシャルな言葉でもないため「言葉狩り」の対象にもならない。言葉は人々の欲望に乗って広がり続ける。

もしかしたら、このインターネット上のどこかにも、「次なるヒット語」を作るべく、「誰もが思っているが、言ってしまえば加害性があるため、口に出せない概念」を探し回ってる人がいるかもしれない。そして、より「使いやすい」言葉にリクリエイトし、広めようとしているかもしれない。その度に炎上するが、巷では流行り続ける。我々はその繰り返しを、これからも何度も目撃するだろう。

言葉は生き物だ。時代と共に進化する。そしてダーウィンの進化論のように、人々の感情という環境に適したものが生き延び、そうでないものは滅んでいく。

「蛙化現象」は、その一つにすぎない。そんなことを考えている。


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