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南瓜と飴玉

「ねぇ、ハロウィンぽい遊びをしようよ。」
昼間の浮ついた空気は何処かへ行き、静かな教室で矢野はそんな提案を持ちかけて来た。
こんなイベントデーなのに、運悪く日直に当たっている二人。それが俺と矢野だ。
「なんだよ、菓子でもくれるのか。」
「これ、知ってる?」
そう言って彼女が何かを机に取り出す。
「消えちゃうキャンディー?」
変なマシュマロみたいなキャラクターの描かれた袋に『舐めると味と色が変わる。占い付きキャンディー! 』と書いてあった。
「これね、当たりつきなの。」
「へぇ、初めて見た。」
袋を裏返してみると、基本は紫の葡萄味で桃、檸檬、林檎と味とそれに準ずる色に変わる。初めから緑色のマスカット味は、特に変化の無いハズレ枠の様だ。その中でも、初めから金箔の入った透明のキャンディーが大ラッキー! なんて説明があった。
「渡辺、私と勝負しない? どっちかが金箔入りを引いたら、相手に悪戯できる!」
「いや、悪戯って…。小学生じゃ無いんだから。」
「ダメ? じゃあ何でも、言う事を一つ聞いてもらえるって言うのは?」
何でも、言う事を一つ聞いてもらえる。矢野の一言を聞いた俺の心臓はとくん、と脈打った。
「いいよ。面白そうじゃん。」
じゃあ、ゲームスタートね! 書いていた学級日誌の上に、ざらざらと飴玉をばら撒く矢野。無邪気にニコニコ笑っている。気づいていないんだろうな、俺が勝ったら言おうとしている事なんて。俺は矢野が好きだ。ゲームに勝ったらこの気持ちを伝えるチャンスかもしれない、なんて事をさ。

「全部で21個入ってるのか。」
「入ってる個数とか関係ある?」
「いや。奇数個だとどちらかが多く食べる事になると思わないか? あと確率的にどのくらいで当たりが出るのか気になる。」
「そんな事、考えていたの…。頭の良い人の着眼点だね。」
矢野はちょっと呆れ顔をしながら、小包装を俺に渡してくる。
「最初はせーので開けようよ! 」
受け取って少しドキドキしながら、袋を開けた。どちらも袋に書かれていたキャラクター形の紫色の飴が出てきた。
「…まぁ初めから当たり引いちゃったら、面白く無いもんね。」
そう言って飴玉を、同時に口に放り込んだ。じゅわりと葡萄味が広がる。かき氷のシロップの様な、懐かしい甘さだ。そういえば、キャンディーなんて久しぶりに食べた。

「渡辺、美味しい?」
「普通。懐かしい味って感じ。」
「そう? 私は結構好きだけど。」
二人で口の中でカラコロ音をさせながら、特に意味のない会話をする。何気なく破った小包装を手に取ると、例の占いが書いてあった。
「寝る前にすると良いことは? だって。」
「へえ。占いっていうか、クイズみたいだね。」
「ていうか、ハズレ緑の項目。絶望的じゃ無いか? 寝ようと思うと眠れない、なんて。」
「うわあ…。割と現実的にある嫌な事じゃん。」
紫の場合は味が変わると、占いの結果が変わるらしい。なんとなく味は変わった様な気がするが、俺の味覚ではただ甘さがぼやけて分からない。桃か、林檎か…。ぼんやりと考えていると、矢野がべぇ、と舌を出して来た。
「何味か、分からないや。何色に変わった?」
矢野の舌の上でキャンディーは鈍く光っている。綺麗なピンク色の舌とキャンディー、そしてぽってりとした唇が官能的で。見てはいけない物を見てしまった気分になり、咄嗟に俺は目を逸らした。
「みっともないから、そういう事するのは辞めろ。鏡で見ればいいだろ。」
はーい。ちょっとだけむくれて、矢野は舌をしまった。

その後もキャンディーを食べ続けるが、一向に当たりは出ない。そもそもこんな物は、1個か2個食べれば充分なのだ。4個食べ終えた辺りから、口の甘さが消えずに水ばかりを流し込んでいる。
「渡辺、飽きてきたんでしょ。」
「…正直な。」
5個目が食べ終わる頃、矢野がそんな声をかけてきた。甘さがこめかみに響く。何か別の物を口にしたい。しょっぱい物が欲しい。
「味変、しない?」
そう言ったかと思えば、矢野はカバンを漁る。何だ、同じ気持ちだったのか。スナック菓子か何かだと期待した俺に、彼女は予想外の物を取り出した。
「はい、私の一番好きな飴玉。」
俺の手には、サクマのいちごみるくが乗っていた。
「また飴玉かよ! ていうか甘い物同士で、何にも味変にならないじゃんか。」
俺の意見にきょとんとした矢野は、まっすぐ俺の顔を見返した。
「あ…。いや、そのしょっぱい物かと俺は期待したからさ。」
「全然味が違うじゃん。食感も違うよ。これは溶けかけの時に、噛むとさくさくして美味しいんだあ。」
そう言って彼女は、いちごみるくを口に入れる。そのまま綺麗に包み紙のフィルムを広げると、何かを折り始めた。これを食べるくらいなら、同じキャンディーを食べた方が確率が上がる。そう思いながら、6個目のキャンディーに手を伸ばした。中から出てきたキャンディーは、まさかの緑色。
「渡辺、初めてのハズレじゃん。ある意味当たり?」
矢野が笑いながら、手元のキャンディーを手に取る。そのまま俺の口に入れてきた。
「ハズレの渡辺君には、苺柄の鶴をあげます。可愛いでしょ?」
矢野の細い指が俺の唇に触れた。それに呆然としていると、彼女は小さな折り鶴を掌に乗せた。

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「お前ら、いつまで遊んでいるんだ。日誌はまだか?」
机の上に散らかったキャンディーを見ながら、担任は呆れた顔をしている。俺たちが日誌をなかなか提出しない事に、痺れを切らして教室までやってきたらしい。
「なんだこれ。消えちゃうキャンディー?」
「ハロウィンだからです! 先生もお一つ、どうぞ。」
無邪気に矢野が、キャンディーを一つ渡す。あんまり余計な物を持ち込むなよ。そんな事を言いながら、担任は小包装を開けた。
「何だこれ、べっこう飴か?」
「「ああ!!」」
それは金箔入りの大ラッキーキャンディー。俺でも、矢野でもない。まさかの関係無い担任が、引いてしまった。
「何だよ、二人して大きな声を出して。そんな事より日誌だよ。あと10分で下校時間だからな。さっさと書いて持ってこいよ。」
そう言って教室を出て行ってしまった。
「…。嘘でしょ。この場合、勝負はどうなるの?」
「さぁ…。引き分けじゃ無いか? もう、さっさと日誌書いて帰ろうぜ。」
全てが面倒になった俺と、しょんぼり肩を落としながら余ったキャンディーを袋に戻す矢野。その間に適当に日誌を走り書きして、俺は最後のフリースペースに一言だけ付け加えた。
「書き終わった。外暗くなってきたし。駅まで送るよ。」
帰り支度をして、二人で教室を出る。日誌を提出して、二人で学校を後にした。

駅まで二人乗りするか? という俺の誘いに、ゆっくり帰りたいから。と矢野は断った。俺は自転車を押して彼女と並んで歩きながら、ぼんやりと口に残った飴玉の甘さを持て余していた。
「まさかの当たりが…。私達じゃ無い人の手に渡るなんて…。」
「まあ、そういうこともあるんじゃないか。明日は担任、機嫌いいかもよ。」
「そんな事どうでもいいよ…。」
本気で落ち込みながら矢野はため息をついた。そんな姿を横目で見ながら、自販機の前で立ち止まる。そのまま自転車を止めた。
「どうしたの?」
「そんなに落ち込むなよ。なんか飲み物奢ってやる。寒いだろ。」
「ほんと?!じゃあ、ミルクティーがいい!」
さっきのテンションは何処へやら、ミルクティーに完全に気を取られている。制服のポケットに小銭があった事を思い出して、じゃらっとポケットから手を出すと小銭と一緒に、先程矢野に貰ったいちごみるくも付いてきた。
それを見た時、ふと俺は閃いた。今、なのではないか。
「矢野。」
「何? お金足りなかった?」
見当違いな推測を無視して、俺は自販機に小銭を入れた。そのままミルクティーを買って、それを手を伸ばして高い所に持ち上げる。
「トリック オア トリート?」
「は?」
「だから、ハロウィンだろ? 折角だからこう言う事を言っとかないと。」
「ちょっと! もう、悪戯してるじゃん!」
背の小さい矢野は、学年でも背の高めな俺の掲げたミルクティーには絶対に届かない。ぴょんぴょんと、飛び跳ねながらミルクティーを取ろうと躍起になっている。
「冗談だよ。ほら。」
素直にミルクティーを渡してやると彼女はありがとう、と受け取った。そのまま一口飲んでほうっと溜息をつく。
「で? 悪戯とお菓子、どっちをくれるんだ?」
「まだその話続いていたの…。もう、渡辺は悪戯したじゃん。」
そう言いながらも、もう一ついちごみるくを俺に渡してきた。そして矢野は、はっと何かに気付く。
「そうか、今度は私の番! トリック…。」
「残念。トリートだ。」
そう言ってさっきのいちごみるくを彼女の掌に乗せる。心底悔しそうな顔をしながら、矢野は頬を膨らました。

「なあ。矢野って、好きな人いるの?」
「え?!えーと…。」
随分歯切れの悪い回答が返ってくる。何とも言えない気まずい空気になってしまった。それでも俺は、先ほどの直感を信じたかった。
「言えないなら、悪戯かなあ。」
「えぇ! ハロウィンはそういうイベントじゃないよ。」
その言葉を聞き流しながら一つ残っていた、いちごみるくの包み紙を開いて俺は口に放り込んだ。
「俺は、矢野の事が好きなんだけど。」
しん、と周りの空気が下がる。まずい。矢野の顔を咄嗟に見る。見るからにびっくりして、固まっている。
「嘘…。」
「そんな事、嘘つくかよ。」
「だって。それ…。今、私も言おうとしてた。」
今度は俺が、固まる番だった。
「…嘘だろ。」
「そんな事、嘘つかないよ!!」
そう言って彼女がぶつかってくる。その衝撃で、俺の口の中の飴玉は噛み砕かれじゃりっと音がする。
「私も渡辺の事、好きだよ」
小さな体は驚く程、暖かかった。その体をそっと抱き締め返す。
「…キャンディーの当たりが出たら、本当は言おうと思ってた。まあ、結果は誤算だったけれど。」
「そっか。…ねえ、いちごみるくさ。美味しいでしょ。」
砕かれてしまった破片を、よく味わってみる。甘酸っぱくて優しい味がした。
「悪くない。少なくとも、消えちゃうキャンディーよりは。」
でしょう? 得意げな顔をした矢野は、先程俺が渡した分を自分も口に入れた。その頬はいちごみるくの様に、かわいいパステルピンクだった。

-----------------------------------------------青ハル、なハロウィンを描いてみました。

矢野目線、担任目線の140字小説をTwitterで公開中です。よろしければ、そちらも併せて読んで頂けたら嬉しいです。→@jun_amamiya639

ぜひ、こういうハロウィンもありかな。この2人の未来はどうなるんだろう…と楽しんでいただけたら嬉しいです。

皆様の感想をお待ちしております。

ハッピーハロウィン!!



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