今日一日を新たに生きていく3-1
確実に秋が前に進んでいる。朝や夜の風が冷たくなっていく日々。風の変化の違いが感じられると、俺は日々を、一日毎を【生きている】のだと実感する。世間が少しずつ落ち着いているように見えるのはそんな風の変容からの錯覚だろうか、なんて事を思いながら日々を生きている。
<前回のあらすじ>
15歳最大のイベント【高校受験】と【卒業式】の話。不純極まりない志望動機と、複雑な気持ちで終えた合格発表。そして帯状疱疹を経ての寂しさも感じない卒業式。次のステージに向けて、足早に校舎を去った少年の雑記。
今回は【薬物依存症】の話に戻していく。
話があっちこっちで申し訳ないが、書きたい時に書きたい事を積み上げて行こうと思う。
※以下、露骨にはならないようにはするが、性表現や薬物使用に関する記述があるので、不快な思いをされる方、された方には申し訳ないが、ページを戻していただけるとありがたい。
俺は【薬物依存症】ではない、ただの【ヤク中】だ!
俺が薬物を使い始めてしばらくの内は自身が【依存症】という病に患っているという認識は全く無かった。
と、同時に誰かと一緒に薬を使いながら『俺はヤク中だ』と言い放っていた。
なんともまぁ矛盾めいた話なのだが、個人的には全く矛盾していることだとは思っていない。
というか貪欲に薬を求めていた時は依存症という病気とは無縁だと本気で思っていたし、同時に【ヤク中】という言葉そのものに強烈に憧れと陶酔の気持ちがあったのだ。
『俺は家族や友人や社会を裏切り、裏ではやってはいけないことをしている』とう事実に酔っていた。自分で予定した日に様々な人を騙して薬を使う。好きな時に使って、その時間が戻れば平気な顔をして社会に戻る。
そんな二重生活を何年やっていたのだろう。
薬で陶酔し、現実から逃げたフリだけして、良い意味での抵抗が全くできなかった生活。『コレがあるから、あの生活が耐えられる』
このシリーズの最初にも書いたが気が付かぬ内に『生きるために使い、使うために生きることの繰り返し』に陥っていた。
そんな状況になるということは、つまり『人生がうまく立ち行かない』状態なのだと言える。
俺は薬が原因で2度仕事を辞めている。辞めているというと聞こえはいいが、実際はいきなり職場に行かなくなり、ある日突然某所から【退職届】を会社に送る暴挙を犯している。
その頃にはもう、自分が【ヤク中】だと陶酔感を持って吠えることなどできなくなっている。
そしてある出会いがきっかけで俺自身が【薬物依存症】だということを認めることになるのだった。
進行する狂気
今からもう6年も前になるのだろうか。いつもなら翌日の仕事のために行為を切り上げ、何食わぬ顔をして実家に戻るのだが、その日はそれが出来なかった。
薬の連続使用でテンションがいつも以上に増して、適切な行動を取る事を止めてしまったのだ。
『もうどうでもいいや』まさにそんな感覚だろうか。
この時、ある企業に入社して数ヶ月だった。仕事そのものは楽しくやりがいがあったのだが、それ以上に人間関係に難所があった。明くる日の仕事に行くことが億劫で仕方がなかったのだと思う。
その時の相手に時間は大丈夫かと聞かれたのだが、俺はその瞬間に先の『どうでもいいや』という感情とともに『平気だ』と嘘をついたのだった。
その翌日、相手と別れて職場に『体調不良で休む』旨の連絡を入れて、さらに薬を求めて彷徨うことになる。
今回はその時の詳しい話は割愛するが、この時の俺はホントに酷かった。
よく生きていたな、と思うし、よくもまぁ捕まらなかったな、と感慨に耽る。
しかし、この狂気の最中に確かに奇跡は起きたのである。
薬を使い続ける中で、ようやく自分がおかしくなっている事を自覚する。
頭のどこかで『もう止めたほうが良い』と思っているのに、その次の思考や体は薬を求めてしまう。
今まで、コントロール出来ているものと認識していたことが、どこからか崩れて行く。自分ではどうにも止められない感覚。何かに支配されきった自分。当時、そんな事を自覚する余裕のない程に俺は狂っていた。
その狂っている最中、俺は薬が入った状態でSNSツールを使い出会いを求めていた。まさにその時、なのだ。言葉にすると凄く恥ずかしいのだが『運命の出会い』を果たすことになる。
自分の人生がどうにもならなくなった事を認めた日
SNSで実際に会う約束をして、電車で移動する。その間頭の中ではやる事しか考えていなかった。その時の自分は【狂気】の最中にいることなど忘れてしまっていた。
電車で初めて行く場所だったのでいくらか緊張していたのを覚えている。
しかし、それをかき消す程の欲求。何かに支配されている感覚など自覚できる状態ではなかった。
そこで出会った人は、大袈裟な話ではなく【命の恩人】である。
その時の俺の挙動がおかしかったのだろう。自分のことを色々聞いてきた。
普段の俺だったら初対面の人にはあけすけには答えなかっただろう。しかし、正常を通り越した状態で、早く先に進みたかった俺は、その時の自分の状況のほとんどをペラペラと喋っていた。
自分のその時の状況は、先にも記述したとおり、実家に帰らず、仕事を欠勤し続けその時に至っていた。薬のことも合わせて話していた。
するとその人が突然、俺の事を説教をする訳ではないが『その状況なのだから、もう薬なんか使わない方がいい』と説き伏せてきた。
出会って初めての人間にペラペラと話しておきながら、その人の話に、聞き始めは『初対面の人間に何言っているんだ』と少し苛立った。
しかし、彼の話が進みその途中で彼が取り出した冊子に目を通すと俺は目を奪われた。
その冊子のとあるページにこんな事が書かれていた。
『私達はアディクションに対して無力であり、生きていくことがどうにもならなくなった事を認めた』
byナルコティクスアノニマス ホワイトブック P.4
~どのように効果があるのか ステップ1~
彼とSNSでやり取りする前の自分は、まさにこの事を痛感していた所だった。アディクションがなんのことかは分からなかったが、薬をコントロールできなくなっていることは明白で、家に帰らず、職場を放棄していた当時の俺はまさに『生きていくことがどうにもならない』状況だった。
そこに再び、薬を体に入れたものだから、その状況が完全に頭から抜け、後は【今に至る】といった所だろうか。
彼からその冊子の一文を見せられ、以下の文言を読んでいく内に、現実を突きつけられた、というか、俺は『薬を止めなければ行けない人間』なのだと認めざるを得なかった。
何を当たり前の事を言っているんだとお叱りを受けるだろう。
しかし、当時の俺はあの瞬間まで、使い続けて生きていくことに躊躇いがなかったし、法律云々はともかくとして、止める必要があるとは露ほどにも思っていなかった。
狂っていたのだろう。世界の理を歪めて生きていたのだろう。
そこまでの自覚はなかったが、当時、あの一文を目にした瞬間、
『これは俺の事を言って(書いて)いるのだ』と確信する他なかった。
つづく
あの日の出来事は今でも鮮明に覚えている。人間は忘れてしまう生き物でもあるのだが、同時に思い出すことのできる存在でもある。
俺は事あるごとに、この日の出来事を思い出すようにしている。でなければ【今日一日】を無事に過ごすことなど出来ないだろう。
この日の出来事は、これだけでは終わらない。次回も引き続き、この奇跡の一日を丁寧に振り返っていこうと思う。
【狼蓮】