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ポートスタンレー『秘策』1982 年(死の谷の戦い)

【当時の西側の資料を参考にしているため、今日では公平性に欠くことをご了承ください】

 ピノチェト……。

 この時期、彼はペルーやアルゼンチンに盛んな挑発行為を行っていた人物である。

 ガルチェリの軍事独裁政権にとって、最もたちの悪い相手がピノチェトだった。

 アルゼンチンとチリは六十年代から領土問題で度々衝突を起こしていた。

 更にこの時期にはビーグル水道で両国は問題を抱えていた。

 アルゼンチンのガルチェリそしてペルーのベラウンデにとって、チリの独裁者ピノチェトは『毒蛇』のような存在だったのだ。
「その手があったか…」

 サッチャーはそれに目をつけた。



 彼女の要請に対してピノチェトは即座に「イエス」と応えたのだ。

 「毒を以て、毒を制す」

 サッチャーはこの時、賭けに出ていた。

 『政略で分断する』

 彼女は蜃気楼を見るような面持ちで執務室にある獅子の肖像を見ていた。

 「イタリアは政略で分断する……」

 彼女は呟いていた。



       *

 一九四三年、イタリア侵攻に際してチャーチルが出した『ハスキー作戦』の言葉である。

 アイゼンハウアーは大規模な上陸作戦を出したが、これは想像以上の大被害をもたらしかねない。

当時、ルーキーだったアイゼンハウアーにチャーチルは言った。

 「イタリアのムッソリーニ政権は一枚岩ではない。シシリーに連合軍が上陸するだけで彼の政権はぐらつき始めるさ」

 これは図星だった。

 パットンとモントゴメリーがシシリー島を占領し、北上すると同時にムッソリーニはあっさりと失脚した。



       *

 サッチャーはピノチェトに手を結んだ。

 この一手が、アルゼンチンの軍事独裁政権を内部分裂に導いたのである。

 「ピノチェトが背後で動きだした……」
 「敵にまわしたくない」

 レオポルド・ガルチェリは恐慌状態に陥っていた。

 勿論、フォークランド戦争の張本人、海軍のホルヘ・アナヤも同様だ。

 「て、鉄の女がピノチェトを動かしただとっ……」

 この一瞬にアナヤは空母『ベインティシンコ・デ・マヨ』を動かすことを拒絶し始めたのだ。

「このままではアルゼンチンが全面戦争に突入する……」

 もはや敗北は時間の問題だった。

 この中で、空軍司令官バジリオ・ラドミソのみが『主戦論』を唱えて空軍を動かしていた。

 ラドミソ空軍司令官は孤立していたと言っていい。


 空母『ベインティシンコ・デ・マヨ』は決して動こうとはしなかった。

 必然的に空軍のスカイホークとミラージュ(ダガー)は空軍の単独作戦として動かざるを得ない。

 空中給油のみが頼りだった。

 一方、ロンドンのサッチャーはさらに『政略』を推し進めた。

 彼女はSH3シー・キングヘリをチリの軍事施設に送り込んでいる。

この航続距離九七〇キロのシー・キングに魚雷、爆雷、そして空対艦ミサイルを満載させていた。

 「チェックメイト…」

 ダウニング街十番地の首相官邸で彼女は胸をなでおろしていた。

 この時、ノースウッドの中央指揮所はドレーク海峡方面から、アルゼンチン海軍を襲撃する構えだった。



 チリの飛行場に一八・九メートルのローターブレードをバタつかせながら、シー・キングヘリが出撃を待ちわびていた。

キリンの首だったイギリスの兵站線はガルチェリと手を組むことで『二正面作戦』を敵に余儀なくさせた。

 戦略的な逆転が起こったのだ。

       *

 「あの女っふっざけやがってぇぇ!」

 エリゼ宮でミッテランはプルーストの本を壁に叩きつけた。

 「ピノチェトが動くだと?」

 歯ぎしりしていた。

 南米のアウトロー、ピノチェトが……!

 このままいくとミイラ取りがミイラになりかねない。

「鉄の女にしてやられたな。今のうちに手を引こう」

 ガストン・ドフェールは皮肉な顔をしていた。
彼は床に落ちた『失われた時を求めて』を手にして、パラパラと眺めている。

 「この調子でいけば、ペルーの一件が裏目に出かねん」

 ミッテランは予想外の展開に憤りを隠せないでいた。

 「仮に、ピノチェトが動き始めると、フォークランド海域に展開している空軍の補給地『リオ・ガジェコス空港』は激戦地になるだろう……さらに」

 ガストン・ドフェールは続けた……。

 「北のペルーに対しても、ピノチェトは交戦を始める。ペルーは手をひくさ……これ以上アテにはならん」
ミッテランは震えていた。
ガストン・ドフェールはパリの夜空を眺めている。
「女ったらしの君が女にしてやられるとはね。何も気にすることはないさ。ボクだって女にはしてやられた記憶がある」
「俺はあんたではなないっ!」
彼はやがてエリセ宮を後にした。

【ガストン・ドフェール 1910 -1986 フランス社会党(SP)】
       ★


 エグゾゼの陸路搬入は、思いもかけないチリの独裁者の登場によって、ペルーを危うい立場に陥れた。

 突然ペルーは口を閉ざしてしまった。

       *

この間、空軍の司令官バジリオ・ラドミソはリオ・ガジェコス空港から空母「ハーミーズ」に一点突破の波状攻撃を繰り返していた。

 しかし、帰還する機体は時間を追って減っていくばかりだ。

 パイロットたちは次第に恐れはじめた。

 英国のハリアーとアルゼンチンの戦闘機が死闘を演じているペブル島周辺からフォークランド海峡一帯……。

 「あそこは死の谷だ」と。

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