花ざかりの校庭 第30回 『抱擁』
麻里の試験は今月の21日のことだった。
すでに担任の岡倉先生から受験票やその他の注意事項を聞かされた。
麻里は案外、普段と変わらず真面目に勉強をしていたし、試験前といってとりたてて焦ることはない。
岡倉は胸を撫で下ろしているもようだ。
「……まあ、心配することは無いさ。もし、大学でもう少し上を狙いたければ、大学院の学士編入だってある」
生徒の個人的な学力の限界というものがあって……。
高校三年生の段階で、国立大を狙うには中学の成績のレベルで基礎的な学力が決まる。
ところが、私学の大学の場合、科目数も少ないことから中堅の大学の理系はわりと入りやすい。
麻里の父の真一はその事も見越して奈良の私学の推薦入学を彼女に勧めたのだ。
模試の成績も彼女の場合、志望校を狙うには丁度よかった。
麻里は面接が終わると、岡倉先生に福山司郎の志望校のことを尋ねた。
彼は一応、教師としての立場上、それは言えないといっていたが、福山の個人的な事情もあって彼は大阪の国公立を目指している…とまで教えてくれた。
「……探検部……あっちで続けるみたいだ」
岡倉は嬉しそうな顔でいった。
麻里は頷いた。
彼女は婉曲的に自分も関西で彼の部の立ち上げに参加するつもりだ……ということを彼に言った。
「……え?」
以外な顔をしている。
★
田畑高志は麻里を優しく接してくれた。
果てたあと、急に仰向けに寝転がる。
男性にしてみれば、射精してから後、だるく、なにもする気がしない。
その時に、さりげなく彼はキスをする。
そして抱き締めてくれる。
演技でもよかった。
最初は私のこと、気を使ってくれているのだ……。単純に思った。
繋がる度に、彼に対して愛情が深まっていった。
麻里はそれがいとおしくてならなかった。
福山の後ろ姿にも、彼女はそれとよく似た感情を抱いている。
表現のかたちこそ、違え。彼はそうだった。
麻里は田畑を選んだ。
田畑……
私だけのことを見ていて欲しい。
私は貴方の特別な何か……でありたい。
麻里はいつもそう願う。
…悲しいことたくさんあったんでしょ?
やりきれない気持ち、貴方って、いっぱい知ってるから抱きしめてくれるんでしょ?
麻里は胸が熱くなる。
本当に好きになったら、本当にお互いが好きだったら、たとえ傷つけあっても、より深く愛し合えるだろう。
好きだ、愛してる……。そんな簡単な言葉で言うことなんかできない。
言葉でいつも確認しあってるのは、不安だから?。
あの夏の光のなかで、高志は笑っていた。
自転車の鍵につけた鈴の音が甦ってくる。
あなたの前でしか、私、意固地になれないもん。高志はいくらだって許してくれるから。
麻里は瞳を閉じた。
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