花ざかりの校庭 『雨上がりの夜空に』書き直し
麻里は彼に肩ごと抱きすくめられた。
ふいに、体が震えた。
講堂には小さな照明だけ。
香水の匂いが彼の胸元から漂っていた。
それは、蒸気のように熱くなったかと思うと、麻里は震え始めた。
★
二人は夜の街をしばらくさまようように歩いていた。
『うちに行こう』
田畑高志の実家は郊外にあった。
二人はバス停までの道を歩いていった。
「……病院にいるんだ」
高志は言う。
「……いつも一人なの?」
と麻里。
「そう。エンテツが言ってなかった?」
「ううん。何も」
麻里が詮索しなかっただけだ。
じつはしおん並に興味津々だったのだ。
「どうしてあそこにいることがわかった?」
高志は言った。
「カンよ」
ふいに、麻里は浅子がくれたレシートのことを思い出した。
「ほんとは……電話するつもりだった」
彼女は言った。
「エンテツにもらった……?」
高志は怪訝な顔をした。
「違う」
麻里は首をふる。
「浅子さんよ」
高志は眉をひそめた。
そして、固くなる。
麻里は思いきってレシートを彼に見せた。
高志はそれを見て、
「……まさか……?」
「だから浅子さん」
少し麻里は高志を睨み付ける。
高志は「えっ」と、声をあげた。
「……どういうこと?」
高志は戸惑う。
「あの人はだから、そういう人なのっ!」
麻里は高志を睨み付けた。
麻里ははっきりと言った。
「高志くんを奪ってみなって、浅子さんがこれを……」
「へ?」
★
恋愛中毒……じゃないか。
浅子さんとの関係、どうしたらいいのやら……。
たぶん彼女はかつてつきあっていた彼氏と同様のことを、自分にやらかしている……わけだ。
高志は心の中で納得していた。
……どうやったら、俺を嫌いになれるか、浅子さんはもがいてるのだろう。
彼は麻里を見る。
彼女はあかくなり、俯く。
かすかに石鹸の香りがした。
そして震えていた。
決心して来たことがわかった。
このではぐらかしたりすれば、彼女は惨めになるだろう。
浅子との関係をどうすればいい?
ふと、空を見ていた彼女の横顔を思い出した。
未来を夢想するような横顔。
あんな愛らしい彼女を見たのは初めてだった。
貪欲に彼を求めてくる彼女。
彼女が見せた純真な愛らしさは高志の情欲を急き立てくる。
浅子が欲しい。
彼女の総てがほしい。
離したくない。
哀しみとか切なさがこらえきれない時、浅子は必ず毒をはく。
それは彼女が彼に甘ったれて口にする毒なのだろう。
俺のこと好きだったんだろう?
病院のテラスで、泣きじゃくりながら、別れたくないって叫べばよかったのに。
「ちょっと。高志くん?」
「はい?」
「妄想しすぎ」
「そんな顔してた?」
「うん、してた」
麻里は優しく笑っていた。
「ねぇ、高志くんこっち見てくれる?」
「えっ?」
目の前の麻里が脚をあげた。
「この浮気者っ!」
出し抜けにパンっと、音がした。
鈍い痛みが股間から伝わってくる。
「うっ!」
麻里は彼の股間を蹴りあげていたのだ。
「浮気者っ!私のこと好きって言ったじゃない!」
麻里は怒っていた。
「痛い……」
高志は声を震わせた。
高志は泣きそうになるのを堪えて頷く。
「ごめん」
高志は首をふる。
「いや。許さないっ」
「あの人のこと好き?浅子さん」
「勘弁してくれ」
麻里は首をふった。
「しない」
高志は冷や汗をかいていた。
「浅子のほうがいい」
「私に好きって言ったでしょう!浮気もの」
高志はまだ痛がっていた。
汗をかいている。
「痛かった?」
「うん」
「浅子さんのこと好き?」
麻里は高志をじっと見ている。
彼は首をふった。
かつての亜麻色の乙女は言った、
「浮気するから蹴られるのよ」
「これがきみのやり口か?」
麻里は赤くなっている。
「奪えって、浅子さんが言ったもの」
「バカな」
「そう。バカ。浅子って女ほんとうにバカ」
「いや……」
「私、あの人の代わりじゃないから」
「うん」
「私のこと好き?」
高志は浅子の悲しげな顔を思い出した。
「キスして」
高志はしようとはしなかった。
「……まだ、浅子さんのこと好き?」
麻里は肩を落とす。
「嫌い?」
「ううん、好き」
「で、浅子さんのことも好きなんだ?」
ふいに高志は防御の姿勢をとる。
「蹴らないってば」
麻里は笑顔になる。
「うん、好き」
麻里は突然、激昂した。
「ふざけんなっ、この女ったらしっ!」
いきなり高志の股間を蹴りあげた。
雨上がりの夜空に、高志は悲鳴をあげていた。
通りすがりの背広服が麻里に声をかけた。
「お嬢ちゃん、そいつ痴漢か?」
麻里は首をふり、微笑んだ。
「いいえ、彼氏です」
「マジかよ?」
「はい」
「彼氏を蹴っちゃダメだろう?」
「浮気したんです」
「ほんとか?きみ」
「違いますよ、俺たちまだ、何もしてないです!」
高志が真っ青な顔で言った。
麻里はふくれた。
「キスしたじゃん!」
「唇が触れただけ」
「好きって言ったじゃん!」
「空耳だろ」
「ふざけんなっ!」
麻里はまた蹴ろうとする。
「あんまり蹴ったら死んじゃうよ」
男は喧嘩はやめるように、と言ってその場を去った。
麻里は赤くなって頷いていた。
二人は公園のベンチに腰かける。
「浅子さん綺麗だもんね」
彼女はポツリという。
「別に」
「じゃ、綺麗じゃないの?」
麻里は彼女の姿を思い出していた。
「うん、綺麗じゃない」
「ばればれの嘘。私が見ても憧れちゃうし」
「泊まっていけよ」
高志は言った。
常夜灯の光りがせつないくらい夜に滲んでいた。
麻里は高志の肩に頬を寄せる。
彼の腕が彼女の肩を包み込む。
「今夜、そのために来たんだろ」
暗闇のなか、微かに麻里は頷いていた。
麻里は目を閉じて高志の温もりを感じていた。
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