花ざかりの校庭 『しおん』 (音楽つき)

「卒業の後、どうする?」

しおんは言った。

麻里はため息をついた。

「ねえ、泊まっていかない?」

麻里はしおんに言う。

「はぐらかすわけですか……」

しおんはさりげなく毒づく。

麻里は頷いた。

「まあ、つきあえなくはないけど」

すでに夕刻を過ぎて、外は暗くなり始めていた。

「まじで、1人になりたくない……」

麻里は言った。

「わかってるって」

しおんはベランダにでて携帯で何やらやり取りしている。

実家に電話したみたいで、しばらくすると、麻里の横に座っていた。

「泊まってやるから」

「恩にきる」

麻里はシュラーフの上で物思いに耽っていた。

「私……」

と、麻里は何か言おうと唇をひらいた。

「何?」

「来年はもう決まってるの」

「卒業したらのこと?」

「そう。奈良に行くことになった」

しおんは笑いかけた。

奈良公園の『鹿』が頭によぎる。

「何で貴女は笑うかな」

「つまり、鹿とか……」

「そう来ますか」

「学校でしょ?」

麻里は頷いた。

「私は進学はしないけど、仕事先は決めてるんだ」

しおんは言った。

「どこ?」

「倉木スポーツ店で店長見習いとでも言いますか……」

つまり彼女は去年から滋賀に帰ることになっていたのだ。

実家がスポーツ用品店をやっている。       ⭐



微かに音楽が聞こえてきた。



「何?」



しおんは首をかしげている。



「あれ、聴いてる人がいるんだ?」



麻里は呟いた。

「あれって……」

しおんは言った、「たしか去年のコンクールの曲ね?」



「知ってた?」



麻里は意外な顔をした。



しおんはこっくりと頷いた。



そして、しばらく黙って聴いていた。



彼女は麻里の横顔を見て、



「たしか、田畑くんが準優勝したの、福山くんに聞いた」



「そうなんだ?」



「写真撮ってたでしょ?」



麻里は納得していた。



ふいに、彼女は胸の中に熱いものが込み上げてくるのがわかった。



しおんは星空を眺めながら、



「ピアノ弾いてたの田畑くんよね」



「そうだっけ?」



「素敵よね、彼……」



麻里は言葉につまった。



田畑の唇の感触を思い出した。



「う、うん……」



しおんは麻里を見ていた。



星屑がさざめくなか、しおんは微笑んでいる。



不思議と麻里の心が満たされていく。



人を好きになるというのは、こんなにも素晴らしいことなのか。





キスした?





しおんは呟くように言う。



麻里は頷いた。



自分が田畑を好きになるなんて思ってもみなかった。



しおんは黙っていたが、一言ポツリと呟く



「わたしの場合、憧れ、かな?」



しばらくして、しおんは言った。



「田畑?」



「ううん、岡倉先生」



「え?」



麻里は意外な言葉に戸惑った。



意外だった。



「岡倉先生?!」



「ちょっと、声を、大きすぎるって!」



「あ、ごめん!」



麻里は岡倉があまりに身近だったので、かえって分からなかった。



ふいに、それまで流れていた音楽が聴こえなくなった。



しおんはベランダからその部屋を見た。



「やっぱ、さっきの声、大きすぎ」



しおんは言った。



麻里は少し赤くなっていた。



ピンク色のカーテンの隙間から、ブックシェリフが見えた。



教科書みたいだ。



白い手がカーテンの裾を引いた。



驚いたのだろう。



「医学生かな、あの人……」



「音楽流してた人?」



しおんは麻里をみていた。



麻里は頷いた。



バーキンの彼女だ。

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淳一
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