12. ボサノバをもう少し
もう1回、ボサノバのことを少しだけ。
ボサノバがいつ生まれたのか、正確には知らなかったのですが、偶然その40周年記念コンサートというのに巡り合うことができました。それが4年前の話です。
イパネマのビーチを散歩していた午後、ちょっと暑さを避けるために、そこらのホテルのフロントで休憩したことがありました。そのとき、手持ち無沙汰に新聞を眺めていた妻の直美が Bossa Nova だとか 40 anos とか concerto とか書いてあるのを発見。オオッ、あとは勘です。きっと今年がボサノバの誕生 40 周年で、そのコンサートがある場所がコレに違いない、というわけで、確認のために、その新聞を持ってフロントへ。尋ねてみると、ラッキー、やっぱりそうでした。しかも、その日の夕方ではないですか。早めの夕食を済ませてタクシーで駆けつけたのです。場所はどこだか、わからないけれども、とりあえずタクシーに乗って、新聞記事を指して、「ココ」と言えば用は足りるわけです。
行ってみたら、イパネマの北にある湖のほとりでした。野外コンサートの会場があって、その前は芝生の広場になっていました。タクシーの中から遠くそれが見える。道路は混みあっていて、車はなかなか進みません。たくさんの人が会場の前に集まっており、ステージでは準備が整っていました。心ははやる、車は進まない。しょうがないので、途中でタクシーを降り、あとは小走りに会場へ向かいました。そうしていたら、演奏が始まった。(まるで作り話みたいでしょ?ホントですよ。)これはフリーのコンサートで、有名どころは出ていないのかもしれないけれど、ボサノバについて、長々と喋ったりしていたので、その誕生の歴史にかかわった人々がいたのでしょう。チンブンカンプンでしたけど。それでも演奏は十分に楽しむことができました。
湖を背にした野外コンサートのステージです、その右にはコルコバード、そそりたつ山の上でキリスト様が両手を広げて立っている。おりしも空は夕焼けで、山ぎわから群青に染まっていくという自然の演出もすばらしかった。
そこで、演奏され始めたのが、"Song of Jet"。リオの空港に飛行機がゆっくりと降りていく様子が感じられる曲で、リオに到着した日に、この曲について触れましたね。
その曲が演奏され始めた時、数千の聴衆が自然にコーラスを始めました。静かな曲です、熱狂のブラジルという印象からはほど遠い美しいメロディに合わせて、会場の聴衆が静かに、ごく自然に歌っている。
僕はそのコーラスを聴きながら、涙が流れて、止まらなかった。哀しいわけでもない、悔しいわけでもない。そんな時に流れる涙は、きっと年齢による涙腺のゆるみでしょうかね。僕には意味がわからない涙でした。そうやって涙を流しながらステージを見ている男を、怪訝そうに見ている人がいましたけど、構うことはない。それは美しいコンサートでした。
この時に僕の心にあったのは、中学時代に『イパネマの娘』を聴いてボサノバに魅せられた自分が、長い時間を経てそのボサノバの発祥の地に立っている、ということだったのは、よく覚えています。そこに至るまでのおよそ30年間の自分こと、自分の周りにいてくれた人のことなどにも思いを馳せたことでした。
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