34年振りの株価最高値更新について
0.はじめに
本日(2月22日)は、日本の株式市場において歴史的な1日となった。
日経平均株価が、取引時間中に3万9156円、終値で3万9098円を記録し、1998年12月末に付けた最高値(取引時間中に3万8957円、終値で3万8915円)を34年2か月ぶりに上回ったのだ。
(冒頭の写真は日経新聞より)
株価はあくまで市場取引の結果であり、様々な要因で変動するため、一喜一憂すべきではないものの、それでも34年間超えられなかった大きな節目を、しかも高値圏で引けたことが示しているように余力を持って更新したことは喜んでいいと思う。
ここでは、以下の3点を中心に、株価の史上最高値更新について私個人の思うところ(注)を書いてみたい。
・岸田政権の経済政策の効果
・脱デフレとノルムの転換
・「実感に乏しい」のは「伸び代!」
(注)私は現在、岸田政権の内閣府大臣政務官を務めているが、本稿は政府としての公式な見解ではなく、あくまでも私個人の考えである。
1.岸田政権の経済政策の効果
2021年10月4日の政権の発足以来、岸田政権では数々の経済対策や物価高騰対策を打ち出してきた。
私は、政権発足直後の2021年10月末の総選挙で初当選して以来、与党の国会議員として、また昨年9月からは内閣府と金融庁の大臣政務官として、その検討や実行をみてきたが、「新しい資本主義」や「成長と分配の好循環」として括られたそれらの施策は概ね正しい方向性で立案され、実行されてきたと感じている。
(1)経済対策と物価高騰対策の振り返りと評価
以下では、2021年から実行されてきた経済対策や物価高騰対策のうち主なものを振り返ってみたい。
また、その後ろの( )には、現時点での効果の顕現度合いとして、◎=既に効果が顕現、○=効果が顕在化しつつある、△=今後の顕在化に期待、という形で(私の独断と偏見による)評価を記載してみたい。
(物価高騰対策、低所得世帯支援)
・ガソリン、電気料金の激変緩和措置(◎)
・小麦の売渡価格や輸入配合飼料価格の据え置き(◎)
・住民税非課税世帯への支援(2021年末・1世帯あたり10万円)(◎)
・低所得子育て世帯への給付金(2022年春・児童一人当たり5万円)(◎)
・低所得世帯への支援(2024年初・1世帯あたり10万円)(△)
・所得税・個人住民税の定額減税(2024年春・一人当たり4万円)(△)
(企業向け)
・官民連携による投資促進(DX、GX、人工知能、量子、バイオ、宇宙、海洋等)(△〜○)
・経済安全保障=半導体(TSMC熊本工場等)(○〜◎)
・原発再稼働、再生エネルギー(○)
・スタートアップ5ヵ年計画(△)
・農林水産品の輸出拡大策(○)
(個人向け)
・最低賃金上げ(○〜◎)
・持続的で構造的な賃上げ、賃上げ税制、価格転嫁対策(○〜◎)
・「年収の壁」支援強化パッケージ(△)
・「人への投資」、リスキリング、三位一体の労働市場改革(△)
・看護・介護・保育等の公的報酬の引き上げ(○)
・こども・子育て支援給付金(2021年末・こども1人あたり10万円等)(◎)
・その他の次元の異なるこども・子育て支援策(△)
・観光立国、インバウンド推進(○)
(市場改革、資産運用環境の整備)
・NISAの抜本的拡充と恒久化(◎)
・東証改革(プライム市場創設、PBR改善)(○)
・資産運用立国(○)
(2)「新しい資本主義」の成果の顕在化
上記を概観してまずわかるのは、物価高騰対策や低所得世帯支援は繰り返し継続的に行なってきているということ。
そして、サプライチェーンの混乱とロシアによるウクライナ侵略を原因とする輸入品価格の高騰を、これらの政策によってなんとか緩和してきたということ。
これらの対策がなければ、企業も家計も、より大きな混乱に陥っていたことだろう。
さらに、「新しい資本主義」として、現在の経済回復を支える大きな柱となる政策を着実に打ってきているということ。
例えば、政権発足直後に打ち出した経済安全保障としての半導体への投資。
特に熊本のTSMC工場新設への政府助成として約5000億円を拠出したことは、その後の北海道や岩手県、広島県などでの半導体工場の建設ラッシュにつながった。
また、2022年末にChatGPTが発表され、大きな話題を集める中、私も参加していた自民党のAIの進化と実装PTがいち早くホワイトペーパーを発表し、昨年のG7で「広島AIプロセス」を公表するに至ったことで、わが国が世界のAIブームで主導的な役割を果たし、世界のAIブームをしっかりと国内の投資や経済成長に結びつける流れを作ってきたのも先見の明と言える。
賃上げについてもそう。
政権発足直後から「賃上げ」を重視し、労組による賃上げ交渉を政府が後押しするいわゆる「官製賃上げ」を推進してきたことが奏功し、昨年は30年振りの賃上げ水準を達成し、今年はさらに昨年を上回る賃上げが期待されている。
賃上げについては、「中小企業や地方に波及していない」とか、「賃上げの原資がない」といった指摘がある。これについても政府は、賃上げ減税の強化(赤字企業でも賃上げ可能な対応)、「下請けGメン」の新・増設や価格転嫁に消極的な企業名の公表、特に重点的な取り組みが求められる22業種・1873業界団体を名指しするなどにより、大企業から中堅・中小企業などへの価格転嫁を進め、中小企業が賃上げ原資を確保できるように着実に取り組みを進めてきた。
2023年の賃上げでも物価上昇に追いついていないという指摘もあるが、逆に政権発足当時からこうした取り組みを進めてこなければ、30年振りの賃上げも行われず、個人消費はもっと低迷していたことだろう。
そしてNISAの抜本的拡充・恒久化や、東証をはじめとする市場改革、資産運用立国などの施策が、(中国市場の減速という思わぬ追い風があったとはいえ)最高のタイミングで海外投資家の日本市場に対する評価を高め、国内への投資を促進することにつながっている。
これらは、完全に市場や企業などの民間任せにするのではなく、必要な分野には政府がしっかりと関与し、時には政府が直接「呼び水」としての投資を行なって、民間の取り組みをリードしていくという考え方に基づいている。
これまで、「新しい資本主義がよくわからない」という指摘も多かったが、こうして岸田政権の施策を概観してみると、「官民が協力して経済成長を実現する」という大きな考え方のもとで政策が立案・実行されてきており、それこそが「新しい資本主義」ということがわかるのではないだろうか。
(3)それでも効果の顕在化は3合目
上記で見たように、すでに顕在化しつつある政策もあるものの、全体として政策の効果はまだまだ顕在化していないものも多い。
低所得世帯への給付はまさにこれからだし、それ以外の世帯への定額減税が出揃うのは今年の夏頃になる。
今年の賃上げの効果や海外からの観光客の増加(インバウンド)の効果も、今年後半にはっきりしてくるだろう。
GX・DX等の投資や、半導体工場新設の効果の顕在化には2〜3年かかるだろう。
こども・子育て支援、年収の壁、リスキリングなどの効果も、顕在化には数年かかると考えられる。
誤解を恐れずに私自身の感触を述べれば、「政策の効果の顕在化はまだまだ3合目」と考えている。
2.脱デフレとノルムの転換
長い間わが国の経済の足かせになっていた「デフレ」からの脱却が見えてきたことも大きい。
価格が上がらないので賃金も上げない、金利もゼロから上がらない、というマインドセットの中で「失われた30年」を過ごし、気がつけば主要国で一人当たりの賃金が最低水準となり、GDPもドイツに抜かれて4位に落ちた。
一方で、海外からの輸入品価格の高騰が端緒になったとはいえ、食料品等の値段が上がり、電気料金やエネルギー価格が上がり、人手不足で人件費も上がるのでサービス価格も上がる、という流れで、既に日銀のインフレ目標である2%を安定的に上回る状況が達成されつつある。
今年さらに、物価上昇を上回る賃上げが実現されれば、デフレに戻る懸念が後退し、政府・日銀がいよいよ「脱デフレ」を宣言し、金融政策が正常化(マイナスからゼロ、プラス圏へ)に向かうことになる。
「脱デフレ」には大きな意味がある。
企業は、「今年よりも来年、売り上げが上がる」ことが経営の前提になる。
さらに、投資をいつかしなければならないなら早いほうがいい(価格が安い、金利も低い)ということになる。
当然、内部留保として溜め込んでいてもインフレに負けて目減りするので、早めに投資をするか賃金として分配するか、どちらかの方法で有効に使う動きが広がるだろう。
これまでのような「何もしないで様子を見る」という戦略が通用しない時代になる。
個人や家計にとっても、物価を上回る構造的な賃上げが実現すれば、「今年よりも来年、給料が上がる」ことを前提に生活を組み立てることができる。
銀行預金に積んでおくだけではインフレに負けて目減りするので、インフレに強い資産、つまり株式や不動産等に投資することが合理的な選択になる。
NISA等への投資が定着し、株価や不動産価格の上昇が「資産効果」として顕在化すれば、資産所得が「第二の所得」となって個人消費を押し上げていくことも期待できるだろう。
所得が継続的に上昇していくほか、女性の活躍の場が広がり所得が向上することや、少子化対策・子育て支援が今後さらに充実していくことも含めれば、結婚や出産など、少子化のトレンドも改善していくのではないか。
日銀は現在、慎重に金融政策を変更するタイミングを図っている。
ただ、金融政策を変更したとしても、その後も緩和的な金融環境を継続していくことも滲み出している。
それは、30年間のデフレ的な環境の中で構築された「ノルム」(標準的な考え方)が「新しいノルム」へと転換するのは簡単ではないと考えているからであろう。
逆にいえば、金融政策が変更されても、現在の緩和的な環境は大きくは変わらないだろう。
少しずつ金融政策を動かしながら、「新しいノルム」が転換し、それが定着するのを慎重に見極めることになるだろう。
つまり、今後予想される日銀の政策変更は、「脱デフレ」への自信を深めつつあるというポジティブなサインにこそなれ、決して「これから引き締めに向かう」という「ネガティブなサプライズ」になることはないのではないか。
3.「実感に乏しい」のは「伸び代!」
今回の日経平均株価の最高値更新については、「実感に乏しい」という声が多く聴かれている。
私はそれこそが「伸び代!」だと言いたい。
前回の1989年末の最高値の時は、バブル景気の最終盤だった。
株式や不動産が急騰し、資産バブルによって富裕層があちこちでお金をばら撒き、大企業から中小企業への収益の染み出しであるいわゆる「トリクルダウン」が大規模に起こっていた。
逆にいえば、好景気の実感が共同幻想となり、実力以上の消費を生んでいた時代の最後のタイミングだった。
実際に、資産価格が逆回転を始めると企業収益が落ち、個人消費も萎んでしまい、株価も長い長い低迷の時期に迷い込んでしまった。
今回はどうか。
企業収益や投資は過去最高水準だが、不動産価格などは上がっておらず資産効果はまだ見られていない。
物価高騰が先行し、景気回復の実感に乏しいので個人消費も振るわない。
上記の通り政策の効果の顕在化もまだまだ「3合目」。
つまり、企業収益や投資を中心とした「筋肉質な株価」と言える。
中小企業や地方にとって、「回復の実感に乏しい」というのは、逆にこれからまだまだ回復していく「伸び代」と見ることはできないだろうか。
もう一つ、今回の株価上昇の立役者は「外国人の買い」という分析がある。
リスクテイクに積極的な外国人投資家は、今後の日本経済の回復・成長を見込んで買っている可能性が高い。
国内のメディア等によるやや政権批判色の強い報道などに影響されず、岸田政権の政策や日本企業のマクロ的な収益環境を虚心坦懐に分析し、評価している外国人が買い越していることは、様々な示唆に富んでいる。
日本人は、失われた30年の間、自国の株式に対する自信を失っていた。
今後、その日本人が、自国の経済環境や企業収益に自信を持ち、自国の株式をポジティブに評価し始めれば、NISAの抜本的拡充と恒久化で動き出した貯蓄から投資への流れとも相まって、さらに大きな資金が株式市場に流れ込み、企業の投資をさらに促進し、日本経済のさらなる成長につながると考えることは絵空事だろうか。
もう一度言おう。
「景気回復の実感に乏しい」中での最高値更新は、「大いなる伸び代!」と考えるべきではないだろうか。
4.おわりに(担当の大臣政務官として)
これまでの日経平均株価の最高値を記録した1989年12月、私は大学1年生だった。その後、1994年に大学を卒業して日銀に就職してからも、当時の日経平均株価を上回ることはなかった。
23年間日銀に勤務し、2017年にマネーフォワードに転職したときはアベノミクスの真っ只中だったが、大規模な金融緩和からマイナス金利、ETF買い入れなどの政策を総動員しても、デフレからの脱却は遠かった。
昨年9月に、経済対策と金融政策を担当する岸田内閣の大臣政務官を拝命し、その在任中に「日経平均株価の最高値更新」を達成し、さらに今後「脱デフレ」が宣言できる環境が整うとすれば、本当に、本当に感慨深い。
政策効果の顕在化はまだまだ3合目。
今後もさらに政策を着実に実行し、中小企業や地方も含めたすべての国民の皆さんが、景気の回復と経済の成長を実感していただけるよう、引き続き、いや更にしっかりと取り組みを進めていきたい。