社会福祉士・精神保健福祉士国家試験 権利擁護と成年後見制度(社会福祉士第32回 問題78)契約の理解

問題

問題 78 事例を読んで,次の記述のうち,正しいものを 1 つ選びなさい。
〔事 例〕
Aさんは,判断能力が低下している状況で販売業者のU社に騙され,50 万円の価値しかない商品をU社から 100 万円で購入する旨の売買契約書に署名捺
印した。U社は,Aさんに代金 100 万円の支払を請求している。


1 Aさんにおいて,その商品と同じ価値の商品をもう一つ引き渡すよう請求する余地はない。
2 Aさんにおいて,消費者契約法上,Aさんの誤認を理由とする売買契約の取消しをする余地はない。
3 Aさんにおいて,商品が引き渡されるまでは,代金の支払を拒む余地はない。
4 Aさんにおいて,U社の詐欺を理由とする売買契約の取消しをする余地はない。
5 Aさんにおいて,契約当時,意思能力を有しなかったとして,売買契約の無効を主張する余地はない。


分析

契約とは、複数当事者(多くは2人)の意思表示の合致により成立する法律行為である。

売主の「このお弁当を400円で売りたい」という意思と買主の「このお弁当を400円で買いたい」という意思が双方に向けられれば、意思表示が合致して契約が成立し、売主にはお弁当を引き渡す義務が生じ、買主は400円を支払う義務が生じる。

世の多くの契約は特に問題なく成立し、上記の債権債務の履行がなされていく。

ただ、そうではなく、意思表示の瑕疵によって契約の拘束力に当事者を拘束すべきでない場合や、事後の事情によってその拘束力を停止したり失わせるほうが適当な場合というのもある。そのいくつかを法は規定している。

意思表示の瑕疵、というのがその一つで、意思表示そのものであったり、その形成過程において、その意思表示を保護すべきでない場合である。民法上の規定としては心裡留保、通謀虚偽表示、錯誤、詐欺、強迫などといった事由により、契約が無効となったり、契約を取り消しうる(取消権の行使によって、さかのぼって無効となる)。

詐欺によってされた意思表示はこれを取り消すことができる(民法96条)。「この話を聞いていたら、契約の意思表示をしなかったであろう」という点について故意に事実と異なることを告げて欺く場合である。本問では、U社が50万円の価値しかないことを知りながら告げず、さらに100万円の価値のあるものであるということをことさら述べて契約に至ったという場合であれば、詐欺取消しの成立する余地は十分ある(肢4)。

本問のように、判断能力低下しているAに対して業者が高額な商品やサービスを売りつけてしまうという消費者被害は実務上もよく見られる。上記のとおり詐欺取消によって契約の有効性を否定するということが考えられるが、U社に故意があるのかどうか等立証の難しさが言われてきた。しかし、消費者と事業者との契約については、消費者契約法の適用がある。

事業者が消費者に契約の勧誘をする際、①重要事項について事実と異なることを告げ、その内容が事実であると消費者が誤認したこと(不実告知)②消費者契約の目的となるものに関し、将来におけるその価額など変動が不確実な事項につき断定的判断を提供し、消費者がその断定的判断の内容が確実であるとの誤認(断定的判断の提供)などがある場合、その消費者契約を取り消すことができる(消費者契約法4条)。(肢2)

消費者契約の取消し類型は他にもたくさんあるので、下記の法務省のパンフなど参考に。

https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_system/consumer_contract_act/public_relations/pdf/public_relations_190401_0001.pdf

契約が締結され、その意思表示にも瑕疵がないとしても、その後の事情によってその効力を停止したり失わせたりする場合がある。わかりやすいのは契約の解除で、一方当事者が契約に定められたお金を払わない、物を引き渡さないなどの債務不履行があった場合、一定の要件のもとに契約を解除することができる(契約にて解除事由を定めておくこともできるし、当事者の合意で解除することもできる)。

特に、売買などの双務契約の場合、一方が債務履行しないのに、こちらだけ債務を履行しなければならないというのは契約の公平性に反するといえよう。この場合、同時履行の抗弁権というのがあり(民法533条)、「双務契約の当事者の一方は、相手方がその債務の履行(債務の履行に代わる損害賠償の債務の履行を含む。)を提供するまでは、自己の債務の履行を拒むことができる。ただし、相手方の債務が弁済期にないときは、この限りでない。」と規定されている。本問でも、この契約が同時履行となっている場合や、U社の商品引き渡しが先履行となっているのに引き渡しがない場合など、この同時履行の抗弁権をもとに引き渡しを拒むことができる余地がある(肢3)。

意思能力の点について触れる。民法の大原則として、個人は自由な意思に基づき、自らの私的生活関係について決定することができる(私的自治の原則)この前提となっているのは、自己決定をしてこれを外部に表示できるという能力(意思能力)である。つまり、意思能力なき契約はこの前提を欠いており無効である(民法3条の2)。この意思能力がないという状態は、6歳程度などと言われたりするが個別の状況による。本問のAの判断能力の低下がどれくらいかはわからないが、重度の認知症などにり患してコミュニケーションもほとんど成立していないような場合、意思能力がないとして契約が無効になる余地はある(肢5)。

なお、この意思能力を個別に判断することは、本人にとっても相手方にとっても困難であり、また、意思能力があっても契約の効果を否定したほうが望ましいとされる属性がある。そこで、判断能力の十分でない者の属性を定型化し、その者の判断については、それぞれの属性に応じて取り消すことができるものとした。この定型化のひとつが成年後見制度である。

最後に、契約とは、複数当事者(多くは2人)の意思表示の合致により成立する法律行為である。その契約内容によって履行すべき債権債務が決まる。

そうであるとすれば、本問の契約では、AはUに対し「商品」ひとつを買った、そしてそのひとつを引き渡しを請求する権利があるのであって、100万円の価値に満つるまで商品を複数買うことのできる契約をしているわけではない。契約内容を超えた請求をすることはできない(肢1)。

よって正答は1。

評価

契約に関する事例問題。契約の有効性が問題となっているが、まずは「契約内容どおりの履行しか請求できない」という基本的な理解(一般常識ともいえますかね)がわかれば、契約内容の商品をもう一つ請求するということができないことはわかりそうな気もする。「商品」の請求権と「100万円」の請求権は別個に成立しているのであって、ごちゃごちゃにしないでください、という言い方もできるだろう。

そのほかの肢に関しては、消費者契約法などを中心に契約の有効性、取消無効の問題はちょくちょく出題されていることから(特にクーリングオフ)、その関連で基本的な知識を身に着けておくとよいのではないか。

※この記事は、弁護士の筆者が、社会福祉士、精神保健福祉士の国家試験問題を趣味的かつおおざっぱに分析しているものです。正確な解説については公刊されている書籍を確認したり、各種学校の先生方にご質問ください。

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