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社会福祉士・精神保健福祉士国家試験 権利擁護と成年後見制度(社会福祉士第32回 問題80)成年後見全般

問題

問題 80 成年後見制度に関する次の記述のうち,適切なものを 1 つ選びなさい。
1 子が自分を成年後見人候補者として,親に対する後見開始の審判を申し立てた後,家庭裁判所から第三者を成年後見人とする意向が示された場合,審判前であれば,家庭裁判所の許可がなくても,その子は申立てを取り下げることができる。
2 財産上の利益を不当に得る目的での取引の被害を受けるおそれのある高齢者について,被害を防止するため,市町村長はその高齢者のために後見開始の審判の請求をすることができる。
3 成年被後見人である責任無能力者が他人に損害を加えた場合,その者の成年後見人は,法定の監督義務者に準ずるような場合であっても,被害者に対する損害賠償責任を負わない。
4 判断能力が低下した状況で自己所有の土地を安価で売却してしまった高齢者のため,その後に後見開始の審判を申し立てて成年後見人が選任された場合,行為能力の制限を理由に,その成年後見人はこの土地の売買契約を取り消すことができる。
5 浪費者が有する財産を保全するため,保佐開始の審判を経て保佐人を付することができる。

分析

成年後見制度に関する問題。成年後見制度は、高齢や障害などの理由により、判断能力が不十分な人の生活や財産管理を、本人とともに成年後見人等が行うことにより本人を支えるための民法上の制度である。

民法上、個人は自由な意思に基づき、自らの私的生活関係について決定することができる(私的自治の原則)。この前提となっているのは、自己決定をしてこれを外部に表示できるという能力(意思能力)を前提としており、判断能力が不十分で意思能力がない者のした行為を法的に認めていくことはその本人にとって酷になることから、意思能力がないものの法律行為を原則として無効とする。

そこで、類型的に判断能力が不十分な者の判断については、それぞれの属性に応じて法律行為を否定できる場合を法は規定することとした。これが成年後見制度や未成年制度である(行為能力の制限)。

もっとも、これらの制度では、上記類型にあてはまった人は、私的自治という社会のフィールドからその人を排除してしまうおそれがある。事実、成年後見制度の前身である禁治産制度は、禁治産者であることを戸籍に記載する、多くの欠格条項を存在させるなど、「財産を治めることを禁じられた者」としての烙印を押してしまうような制度設計となっていた。

そこで、成年後見制度は、財産管理における保護を図りながらも、残存能力の活用とノーマライゼーションの理念をもって運用されることを目的として2000年に生まれた(ノーマライゼーションについては他の科目での勉強を推奨)。

そして、あくまでも判断能力の減退により財産管理の助けが必要なための制度としての後見制度であるため、従前の準禁治産者の類型における「浪費」は後見制度の開始とともに廃止された(肢5)。

成年後見制度には、大きく分けて法定後見と任意後見がある。法定後見は、家庭裁判所が、本人の後見人をその権限で選任する制度であり、判断能力に支援が必要な順に後見→保佐→補助の3つの類型に分かれている。そして、後見人等の権限や本人の能力制限はこの3つの段階に応じて。法定されている。

対して、任意後見は、本人がまだ元気なうちに、後見人となる予定の者と任意後見契約をあらかじめ公正証書にて締結しておき、本人の判断能力低下時に家裁がその予定者を後見人とする(ただし、任意後見監督人も選任される。)。代理権の範囲は上記の任意後見契約で決める。法定後見では後見人を前もって決めておくことはできず、家庭裁判所が後見人を誰にするか「職権」(家裁の一存)で決める(民法843条)。そのため、自分で信頼している人にあらかじめ後見を頼んでおきたいということで任意後見の制度が存在する。

上記の職権で決めることの裏返しとして、成年後見等の開始の審判を申し立てて、その後に自分が希望する後見人でない者が選任されそうになった場合(ちなみに家裁は職権で後見人を選ぶといっても、一応候補者希望を聞く。しかし、申立人となった親族が自薦で後見人候補となる場合において、親族対立などから専門職の後見人を選任しようとする場合がよく見受けられる)、やっぱりこの申立やめます、という手法を思いつくかもしれない。しかし、このような行為を防ぐため、取下げには許可が必要となっている(家事事件手続法121条)。(肢1)

上記のとおり、後見人選任は「職権」であるが、後見等開始の審判については「本人、配偶者、四親等内の親族、未成年後見人、未成年後見監督人、保佐人、保佐監督人、補助人、補助監督人又は検察官の請求」により手続が開始する(民法7条)。本人や親族抜きに勝手に後見が始まったりしないのが民法の原則である。

しかしながら、上記民法の規定であれば、身寄りがほとんどいない者、いたとしても完全に疎遠な場合の者、虐待を受けているような場合の者の場合、本人にとって後見が必要なのに、誰も後見等の手続を取らない、取れない場合が存在し、その数は実は少なくない。

そこで、民法ではなく、老人福祉法や、精神保健福祉法、知的障害者福祉法において、市町村長が民法に定める後見等開始の審判の請求をすることができるとして特例を定めた。また、高齢者虐待防止法においても、財産上の利益を不当に得る目的での取引の被害を受けるおそれのある高齢者については、被害を防止するため,市町村長は、上記の老人福祉法の規定により後見等開始の審判の請求をすることができるとして首長申立ての促進を促している(高齢者虐待防止法27条)(肢2)。

申立権者として一番多いのは本人の子であるが、第2位は実はこの市町村長である。高齢社会が進み、家族関係もどんどん希薄になる中、誰も本人のために後見の申し立てをしてくれる人がいなくなってしまうという社会の現状をどう考えればいいだろうか。

法定後見のうち、成年後見や保佐・補助における一部の重要行為については、成年被後見人等本人がした行為を成年後見人等が取り消すことができる(民法9など)。すなわち、どのような契約であっても、「この人は成年被後見人だから」という理由だけでなかったことにすることができる。非常に強力な権限であり、伝家の宝刀になりうるが、本人の意思に反してまで取消権を行使したりすれば上述のノーマライゼーションのための制度からかけ離れた行為となるだろう。権限行使には十分注意しなければならない。なお、任意後見では、取消権は与えられていないことに注意したい。あくまでも契約としての後見であって、法がそこまで助力すべきではないという趣旨からか。

以上を前提として、成年被後見人となっていない段階の行為については成年後見等開始後であっても、行為を取り消すことはできない。あくまでも、そのときは成年被後見人ではないからである(肢4)。もちろん、事案によっては問題78のように、消費者契約法や民法の詐欺等の個別規定によって保護される余地はある。

成年後見分野において重要な意義をもった最高裁判例として、JR東海事件最高裁判決(最判平成28年3月1日)がある。認知症の高齢者であった本人が妻の目を盗んで自宅を抜け出してしまい、駅の線路に迷い込み電車にひかれて死亡したという事故であるが、JR東海は、本人の妻、後見人となっていた本人の子に対して列車遅延の損害賠償請求訴訟を提起したというものである。第1審の名古屋地裁は賠償請求を認めたことから話題となり、事件は最高裁まで持ち込まれた。

前提として、ある本人の判断能力が低下して責任を取れるような状況にないもの(責任無能力者)がした不法行為においては、その者は不法行為責任を負わない(民法713条)。ただし、責任無能力者が責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者(もしくはその法定監督義務者から監督を引き受けた者)は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う(民法714条)。とされている。

たとえば、9歳のAが他の児童Bに対して何らかの行為で怪我をさせてしまったとき、Aが責任無能力者であったとすれば、その親権者PがAの監督義務者であるとして、Bに対してPが損害賠償義務を負う場合がある(第29回83問も参照)。

監督義務者かどうかは、法律による監督権限があるかどうかによって定まる。典型的には上記のように子に対する親権者である。では、成年後見人は法律による監督義務者といえるのかどうか。上記の最高裁判例は、

「後見人の禁治産者に対する療養看護義務は、…改正後の民法858条において成年後見人がその事務を行うに当たっては成年被後見人の心身の状態及び生活の状況に配慮しなければならない旨のいわゆる身上配慮義務に改められた。この身上配慮義務は、成年後見人の権限等に照らすと、成年後見人が契約等の法律行為を行う際に成年被後見人の身上について配慮すべきことを求めるものであって、成年後見人に対し事実行為として成年被後見人の現実の介護を行うことや成年被後見人の行動を監督することを求めるものと解することはできない。そうすると、平成19年当時において、…成年後見人であることだけでは直ちに法定の監督義務者に該当するということはできない。」として、法定監督義務者であることを否定した。

そのうえで、「法定の監督義務者に該当しない者であっても、責任無能力者との身分関係や日常生活における接触状況に照らし、第三者に対する加害行為の防止に向けてその者が当該責任無能力者の監督を現に行いその態様が単なる事実上の監督を超えているなどその監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められる場合には、衡平の見地から法定の監督義務を負う者と同視してその者に対し民法714条に基づく損害賠償責任を問うことができるとするのが相当であり、このような者については、法定の監督義務者に準ずべき者として、同条一項が類推適用されると解すべきである。」として、個別の事案によっては成年後見人が「準法定監督義務者」となりうる余地のあることを示した(肢3)。つまり、場合によっては成年後見人も714条ではなく、「準法定監督義務者」として責任を負いうる場合がある。

この事件では、同居していた妻、成年後見人であった本人の子のそれぞれの状況を見て、監督義務を引き受けたような特段の事情はないとして、準法定監督義務者としての責任を否定した。

よって正当は2。

評価

成年後見全般に関する問題。1,4,5は直接の知識がなくても、成年後見制度の基本、成年後見人の職権選任、取消権の意味を知っていれば切れるのではないか。そして、2についても市町村長申立の存在は知っているべきなので2を正しいと考えることができる。

問題は3で、民法714条の問題は29回83でも出ているので過去問として出ていないわけではないが、最高裁判例まで持ち出して読み込まないと正確に理解判断ができない肢であって、ある意味細かすぎるというきらいもある。

ただ、この肢の趣旨は、このJR東海事件のことをソーシャルワーカーとして知ってほしいという点にあるのではないか。徘徊防止センサーまでつけていた85歳の妻が昼の時間にうとうとしていた隙に本人が別の出口から外に出て駅で事故にあったという痛ましい事件である。成年後見人たる子は遠方に居住して財産管理を行っていた。この事故を防ぐためには、本人を縛っておけばいいのか、はたまた自宅ではなく早く施設に入所させてしまえばよかったのか。しかしそうではないだろう、まさに、ノーマライゼーションという見地から、単純に監督責任を認めてしまうわけにはいかない。このような本人や家族が地域で暮らすためにはどのようなソーシャルアクションが可能なのか、考えなければならない。いっぽうで「被害者」であるJRとしては賠償も得られずたまったものではないが、それでは被害に遭った側に対してはどのように手当をすべきなのか、これも検討しなければならない。その意味で成年後見制度にとどまらず社会的に大きな意味をもつ判例であった。


※この記事は、弁護士の筆者が、社会福祉士、精神保健福祉士の国家試験問題を趣味的かつおおざっぱに分析しているものです。正確な解説については公刊されている書籍を確認したり、各種学校の先生方にご質問ください。





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