見出し画像

「クラウドサービス」の本質とはサーバーやシステムの「シェア」である

僕のnoteでは、SaaSという言葉が特に説明なく出てきます。そもそも「IT」も「Web」も「システム」もよくわからない場合、「クラウドサービス」とか「SaaS」とか言われてもよくわからないのではないか。ある日突然、そんな心配が降ってきました。

たとえばGoogleで「クラウドサービス」と検索しても、めちゃくちゃわかりにくい説明記事しか出てきません。たとえばこの説明。

クラウドサービスは、このような、「どこにあるのか?」「どんな場所で作られているのか?」「どこの人が作業をしているのか?」が分からないけれども利用できるサービスのひとつです。私たちは「どこ?」が分からなくても、多くの商品やサービスを利用しています。
クラウドサービスとは?例を交えて解説!初心者にも分かるクラウド入門 | NEC

「どこ?」がわからないサービスがクラウドサービスだというのは間違ってはいませんが、そもそも多くのユーザーは各種サービスが「どこ」で動いているかを意識していないはずです。こんな煙に巻くような説明しか検索結果の上位に出てこないのは、本質的な意味を知りたい人にとってはっきり言って不幸でしかありません。

「クラウド」とは、情報システムやそれを実現するサーバーを分類する言葉の一つです。僕は前職(富士通)でクラウドではないシステムをたくさん見ました。そして今の仕事では、クラウドサービスの代表的な一分類とされるSaaSの1つを開発・提供しています。我ながら、「クラウドサービス」という言葉についてそれなりの説明ができそうな経歴に思えます。

結論を言うと、クラウドサービスの本質は「シェア」することだと考えます。じゃあクラウドサービス利用者は何を「シェア」しているのか。今回はそれについて詳しく説明します。


「専有」から「シェア」へ

クラウドサービスの話をする前に、一般的な「シェア」のイメージを揃えておきましょう。

ここ数年の新聞やネットメディアでは、「〇〇シェア」とか「シェア〇〇」という言葉が多く登場します。

・自宅をシェアする「ルームシェア
・空きスペースをシェアする「シェアスペース
・オフィスをシェアする「シェアオフィス
・自動車をシェアする「カーシェア
・自転車をシェアする「シェアサイクル

関連して、「所有するのをやめる」という要素を含んだ事業やサービスも数え切れないほど登場しています。家電を所有せずに借りるRentio、洋服を所有せず借りるairCloset、家具を所有せずに借りるsubsclifeなど。これまで当たり前に所有していたものを、われわれはどんどん「シェア」で済ますようになっています。

さらには、「自分が持っているものを他人にシェアする」ためのサービスも出てきています。Airbnbで自分の家をシェアしたり、スペースマーケットで事務所の空きスペースをシェアしたり。よくメディアではこうした「シェアリングエコノミー」の説明として「所有からシェアへ」と書かれることがありますが、「所有」しているものを「シェア」することもできるので、「所有」と「シェア」は両立します。なのでこのnoteでは「専有からシェアへ」と表現します。

「専有」から「シェア」に移行するにはいくつかの段階があります。「シェア」する対象によってそのパターンも異なりますが、ここでは自動車を例に説明します。

最も「専有」の度合いが高い状態は、自宅の車庫にマイカーを停めているときです。モノを置く場所も自分の専有地で、モノ自体も自分の専有物です。

自宅に駐車場が無い場合は、家の近くの月極駐車場を借りて、そこにマイカーを停めておくということもあります。モノを置く場所は共同利用で「シェア」して、モノ自体は自分の専有物である状態です。

「カーシェア」まで至ると、いよいよ自動車自体を「シェア」するという状態になります。レンタカーでしか自動車の運転をしないというのも、一種の「カーシェア」状態です。さらにAnycaのようなサービスを使うと、自分の所有している自動車を他人に「シェア」してお金を受け取ることができます。

実は、さらに次の「シェア」の段階があります。自動車という「モノ」だけではなく、それによって実現される「移動」という「サービス」をシェアしている状態です。自動車においては主に「ライドシェア」と呼ばれます。(日本ではまだまだタクシー業界の利権が強く、北米のUberや中国都市部のDiDiのように誰もが自分の運転を「シェア」できるようなCtoCのライドシェアプラットフォームは実現されていませんが。)

サーバールームを「専有」していた時代

さて、「シェア」のイメージが揃ったところで、クラウドサービスの話に戻りましょう。前述のように、クラウドサービスの「クラウド」とは、情報システムやそれを管理するサーバーに関する言葉でした。なのでまずは、「サーバー」について考えてみましょう。

Webサービスや業務システムを提供(serve)するには、一般的にサーバー(server)が必要になります。たくさんの利用者から来る様々なリクエストに対して、適切なレスポンスを返す役目を果たすのがサーバーです。

「サーバー」という言葉は、狭義には「サーバー用のハードウェア」を指します。雑に言うとサーバーは大きなパソコンみたいなものなので、パソコンメーカーの一部はサーバーも作っていて、主に企業向けに販売しています。たとえばDELLのWebサイトではオンラインで購入可能なサーバーの画像を見ることができます。

ある企業が提供するWebサービスや業務に使うシステムが増えてくると、サーバーの物理的な必要台数も増えてきます。自宅の車庫にマイカーを置いておくように、かつては自社の一室にサーバーを設置することが一般的でした。サーバーを置く部屋は一般に「サーバールーム」と呼ばれます。このとき、いわばサーバールームは「専有」されていました。

画像1

(例: pixivさんのかつてのサーバールーム

この時点では、サーバールーム、その中のサーバー、さらにその中のシステムは、全て「シェア」されていない状態です。

図解_シェアとクラウド_アートボード 1-01

(サーバールームのイラストは無かった...)

サーバールームを「シェア」する「データセンター」

マイカーを月極駐車場に停めておくように、次第にサーバーも有料の共用スペースに設置することが一般的になってきました。主な理由は、管理コストの軽減です。サーバーが不意に停止してしまうと、そのサーバーが実現していたWebサービスや業務システムが使えなくなってしまいます。それを防ぐために、「サーバールーム」には特別な設備が必要になります。たとえば冷却装置や、停電時に電源供給を一定時間維持する装置などです。それらを各社が独自に管理するよりも、多くの会社のサーバーを一箇所に集めて一括で管理した方が、全体のコストは安くなります。

そうして企業は、サーバールームを「シェア」するようになりました。企業向けにサーバー管理を代行してくれるような会社が登場し、多くの企業はその会社に管理をお願いするようになります。色んな会社のサーバーを抱えて台数が増えてくると、オフィスの一画を使うのにも限界が来ます。サーバー管理会社としては、サーバーを管理するためだけの建物を立ててそこに集約した方が効率がよくなります。サーバールームをたくさん集めたそのような建物を、「データセンター」と呼びます。(なぜ「サーバーセンター」ではなく「データセンター」なのかは謎です。)

画像3
画像2

(例: さくらインターネットさんのデータセンター

各社はサーバールームを「専有」するのをやめ、「データセンター」という「シェア」されたスペースにサーバーを設置するようになりました。一方、そのサーバー、さらにその中のシステムはまだ「シェア」されていない状態です。

図解_シェアとクラウド_アートボード 1-02

サーバーを「シェア」する「IaaS」

自動車の話でいえば、「自分は自動車を専有したかったわけではなく、ただ運転がしたかったのだ」と気付いた人が「カーシェア」を利用し始めました。同じように、多くの企業は次第に「自分たちはサーバーを専有したかったわけではなく、ただ業務システムや自社サービスの開発・提供がしたかったのだ」と気付き始めます。日々の生活の中で自動車をよく使う時期とそうでない時期があるように、企業にもサーバーがたくさん必要な時期とそうでない時期があります。その差が激しいほど、サーバーを専有して管理コストを払い続けるよりも、「シェア」されたサーバーを一時的に利用した方が、一般的にはコストが安くなります。

そうして企業は、サーバールームだけではなくサーバー自体も「シェア」するようになります。実際には、データセンターを持つ一部の会社がそこに自社のサーバーを設置して複数の顧客企業にそれを共同利用してもらう、という形を取ることがほとんどです。ここでいう「データセンターを持つ一部の会社」とは、たとえばAmazon、Microsoft、Google、さくらインターネットなどです。

こうした「データセンターを持つ一部の会社」が自社のサーバーを他社に使わせるようなサービスは、かつては「レンタルサーバー」や「サーバーホスティング」と呼ばれました。最近では、「クラウドコンピューティング(の一種)」とか「IaaS(Infrastructure as a Service)」と呼ばれます。こうしたサービスの利用企業は、自分の使いたいときに使いたい分だけサーバーを利用し、それに応じた利用料を支払います。

図解_シェアとクラウド_アートボード 1-03

ちなみに自動車とは違い、サーバーは「1台を複数人が同時に全く別の用途で利用する」ということができます。物理的な1台のサーバーを、複数の仮想的なサーバーに分割し、それぞれの仮想サーバーを別々の企業が利用する、といったことが実現できるわけです。こうした物理サーバーを仮想的に分割する技術を、「仮想化技術」と呼びます。「レンタルサーバー」と違って、「クラウドコンピューティング」や「IaaS」といった言葉には、そうした「サーバーの一部だけを一時的に使える」という仮想化のニュアンスが濃く含まれています。ノリで言うと、「IaaS」という言葉には「仮想化技術がここまで発達した今、かなり柔軟にサーバーを都度利用できるようになったので、レンタルサーバーという言葉のイメージからちょっとズレてきたよねー」という思いが込められています(たぶん)。「レンタルサーバー」と「IaaS」という2つの言葉は、意味はだいたい同じだができることが増えたので新しい名前が付いた、というのが僕の理解です。

情報システムを「シェア」する「SaaS」

自動車の話でいえば、「自分で運転しなくても、移動できればそれでよい」という人は「カーシェア」ではなく「ライドシェア」を使います。同じように、多くの企業は次第に「自分たちで開発しなくても、システムが使えればそれでよい」と気付き始めます。サーバー管理コストが安くなっても、そのサーバーを使って実現するWebサービスや業務システムの開発には多額のコストがかかります。一方、幸いにも多くのWebサービスや業務システムには、企業を超えて共通する部分があります。その共通部分については、自社で開発するよりも他社が構築したシステムを使わせてもらった方が一般にコストは安くなります。

このように、いよいよ企業は物理的なサーバーだけではなくその中に構築されたシステムまで「シェア」するようになりました。一部の企業は多くの会社が使うような汎用的なシステムを開発し、そのシステムを他の企業にも使えるようにします。その顧客企業は主には月契約や年契約でそのシステムの利用権を購入し、利用料を支払います。

こうした共同利用される汎用的なシステムは、かつては「ASP(Application Service Provider)」と呼ばれていました。最近では、「SaaS(Software as a Service)」と呼ばれています。(余談ですが個人的にはSystem as a Serviceの方が意味としては適切じゃないかと思っています。)SaaSの例は挙げるとキリがないですが、たとえばGoogleスプレッドシートSalesforceSlackなどです。

図解_シェアとクラウド_アートボード 1-04

なお、SaaSが他社と「シェア」して使うシステムであると言っても、そのシステムにまつわる全てを他社とシェアしなければいけないわけではありません。企業にとって最もシェアされると困るのは、「データ」です。当然、SaaSを使ったからといって、自社がそのシステムに蓄積したデータが意図せず他の利用者とシェアされることはありません。それは、メールやLINEで送ったメッセージが他の利用者に勝手に「シェア」される訳がないのと全く同じ理由からです。

他方、それ以外のシステムを実現するのに必要な部分は、SaaSでは全て共同利用されます。たとえば物理的なサーバー、そのサーバー上のOSや設定、サーバー間のネットワーク、サーバー上で動くプログラムなどは、みんなで同じものを使います。逆に言えば、利用企業はそれらを意識しなくても、すぐにシステムを使い始めることができるということです。

「シェア」することで得られる2つの価値

このように、クラウドサービスというのはサーバーやシステムなどを複数企業で「シェア」して使うためのサービスのことでした。サーバーやシステムを「シェア」することで企業が得られる価値は、主に2つあります。

1つは、自社のやるべきことに集中できるということです。企業が情報システムを構築したいとき、本来は業務効率化や顧客体験の向上が目的にあるはずです。しかし、サーバーやシステムを自社で専有していると、その調達・保守・管理などにお金やヒトや時間などのリソースを取られてしまい、目的まで遠回りしがちです。逆に「専有」をやめることで、目的達成のための最短経路を通りやすくなることが多いです。

2つ目は、コミュニティからナレッジや人材を得やすくなることです。同じサーバーやシステムを使っている人が社外にたくさんいるということは、そのサーバーやシステムに関する知識をその人たちと共有し役立てることができるということになります。たとえばAWSの各種サービスやSalesforceなどの世界的に利用者の多いクラウドサービスは、利用者がそれらの使い方についてインターネット上にたくさんの記事を公開しています。またユーザー同士が知見を共有し合うようなコミュニティイベントなども草の根的に開催されています。たとえばAWSのユーザーグループであるJAWS-UGなどはかなり有名で、頻繁にイベントなどで知見を共有し合っています。特に利用者が多いクラウドサービスであるほど、ナレッジの流通量も多く、活用のヒントを得やすくなります。また、汎用的で広く使われるサービスは、それを活用できる人材も世の中に多く流通します。たとえば「AWSに詳しいエンジニア」とか「Salesforceに詳しいエンジニア」というのが世の中に一定数いて、うまくやれば即戦力として採用することができます。これらは、全てのサーバーやシステムを独自に構築して「専有」しているような会社ではあまり得ることのできない、大きなメリットです。

常に「シェア」という選択肢を持つこと

個人の生活を考えると、「シェア」を支援するサービスがたくさん登場した結果、ほとんどのものは「専有」する必要がなくなってきています。一方、「車が趣味なのでマイカーだけは専有したい」など、別に「シェアしない」という選択を取ることもできます。「シェア」という選択肢が増えただけで、何をどこまで「シェア」するかというのは自分で選ぶことができます。

これと同じことが、企業のクラウドサービス利用に関しても言えます。東証の株式売買システムのように「求められる性能が高すぎるのでサーバーから独自に構築したい」ということであれば、ハードウェアとしてのサーバーは自分で調達し、データセンターという場所だけを「シェア」利用することもできます。ハードウェアには特に関心がなくシステムを独自に構築したいだけであれば、「IaaS」を使ってサーバーだけを「シェア」できます。さらに必要なシステムも既存の汎用的なシステムで足りる場合は「SaaS」を使ってシステムまで「シェア」することもできます。「シェア」の選択肢を持っておくと、対象となるシステム毎に最適な「シェア」のレベルを選択することができるようになります。現代において、システムを構成する全てを「専有」した方が有利なケースはほぼあり得ないので、単純に「シェア」する(つまりクラウドサービスを利用する)という選択肢を選ぶことができる企業の方が有利になります。

ちなみに、クラウドサービスに関する「シェア」のレベルは、IaaSとSaaSに綺麗に二分されるものではなく、よりインフラ(純粋なIaaS)に近いものからより完成したシステム(純粋なSaaS)に近いものまで、グラデーションがあります。その一部には、「PaaS(Platform as a Service)」など別の名称が付けられるケースもあります。

「シェアリングエコノミー」としてのクラウドサービス

さて、ここまで意図的に避けていたトピックがあります。それを自動車の例で言えば、「レンタカーやタクシー」と「カーシェアやライドシェア」は何が違うのか、ということです。レンタカーもタクシーも、自動車をたくさんの利用者で共有しているという点では「シェア」の一形態と言えます。しかし「レンタカーはシェアリングエコノミーの一部か?」と問われると、少し怪しい感じがします。

「カーシェア」が「レンタカー」と最も違う点は、「誰もが提供者側になれる」ということです。Anycaを使えばレンタカー会社を立ち上げなくてもマイカーを誰かに使ってもらうことができるし、(北米で)Uberを使えばタクシー会社を立ち上げなくても誰かを目的地に運ぶことができます。そして何より、それに対する対価を得て稼ぐことができるわけです。誰もが「シェア」によってお金を稼げるというのが、「シェアリングエコノミー」の「エコノミー」たる所以でしょう。

実はクラウドサービスの世界も、「シェアリングエコノミー」として理解することができます。クラウドサービス分野で世界シェアトップを独走しているAWSも、元々はAmazonが自社のビジネスのために作っていたシステムを誰でも利用できるようにしたところから始まっています。

スクリーンショット 2020-11-22 16.11.26

(出典: AWSが誕生するまでの秘話

流石に今からデータセンターを建ててIaaS領域に新規参入するのは大変かもしれません。しかし、よりSaaSに近い領域であれば、優秀なエンジニアさえいればどんな会社でも「自社システムをSaaSとしてシェアしてお金を稼ぐ」ということを始められるようになってきています。これについては、先日noteに書きました。

特に情報システムには、「同時に多数の人に対してサービスを提供するのが得意」という特徴があります。逆に言えば、共同利用者の少ないサーバーやシステムを自社で抱えている企業は、こうした情報システムのメリットを十分に享受できないことになります。具体的には、スケールメリットや活用ナレッジを得にくくなり、競争力を下げる要因になります。

「シェア」を選択できる時代の中で、孤独に全てを「専有」し続けるか、必要に応じて「シェア」し合いながら他社と共に前に進むのか。クラウドサービスを使うかどうかの選択は、「情報システムを巡る専有とシェアの間でのポジション選択」であると理解するのが、本質的で良さそうです。

ここから先は

0字
同僚と飲むビール1杯分の金額で、飲み会で愚痴るよりもきっと仕事が楽しくなる。そんなコラムを月に3〜4本お届けする予定です。

【初月無料】デジタル時代の歩き方について考えたことを発信します。ソフトウェアの時代とは何か。エンジニアの頭の中はどうなっているのか。NoC…

サポートをいただけると、喜びドリブンで発信量が増えます!初月無料のマガジン『仕事を楽しくするデジタルリテラシー読本』もおすすめです!