「無料のSaaS」が生まれる3つの理由
どうも、エンジニアのgamiです。
最近は趣味でUdemy向けの動画教材を作っています。
動画教材を作るには、当然ですが動画の撮影が必要です。僕の場合は、下にあるような「画面収録に自分の顔がワイプで表示される動画」がまさに制作したい動画です。
1つのUdemyコースを作るには、なんと30〜50個くらいの動画素材を撮影することになります。そんな大量の動画撮影を楽にするために、僕はQudenというSaaSを活用しています。大変ありがたいことにQudenにはフリープランがあり、僕が使いたい範囲であれば全て無料で使うことができます。
最近はフリープランでも驚くほど便利に使うことができるSaaSが増えているように思います。「無料でこんなに使えちゃって、この会社潰れないのか?」と不思議になります。
ということで今回は、SaaSが無料で使える理由について考てみましょう。僕自身もSaaSを提供する会社に在籍しているので、多少は内情を踏まえた文章が書けるでしょう。
Qudenをフリープランで使い倒すまで
冒頭でも書いたように、僕はQudenのフリープランを(ありがたく)使わせてもらってUdemyの動画教材を作っています。僕自身の体験から、SaaS利用を始めるシーンの具体例を見てみましょう。
さて、僕には教育系YouTuberとして活動していた時期がありました。YouTube動画を量産していた時期には、不慣れだったのもあって大変愚直に動画制作をしていました。具体的には、QuickTime Playerで画面収録を、logicoolのWebカメラとデスクトップアプリで自分自身の顔やジェスチャーの映像を別々に撮影していました。撮影した動画素材はAdobe Premiere Proで編集し、2つの動画をワイプで重ねたり、カットしたりBGMや字幕を付けたり。。。ここまで愚直に動画制作をすると、10分程度のYouTube動画を作るのにもトータルで5時間くらいかかります。流石に疲れてきたので省力化したいとずっと思っていました。
動画の時代と言われて久しい昨今、簡単に画面収録動画を撮影・管理できるSaaSが増えています。特に、専用のChrome拡張機能を使うだけで画面収録と話し手のワイプを同時に撮影できるタイプのサービスが多く出てきています。
画面上の操作を見せながら何かを説明したいだけであれば、これらのサービスを使うことで動画編集がほとんど不要になります。僕にとっては、喉から手が出るほど欲しかったサービスです。
特にloomとQudenにはフリープランがあり、その枠内で収まる使い方なのであれば無料で使い続けることができます。
最初は唯一知っていたloomを使おうとしていたのですが、loomのフリープランでは撮影できる動画の長さが5分まででした。
僕が撮影したい動画はだいたい5分前後の短い動画です。時には5分に収めるのがどうしても難しいケースもあり、loomのフリープラン利用を諦めかけていました。しかし、そんなときにQudenを知りました。Qudenは(恐らく後発なのもあって)フリープランの制限がloomより緩く、1動画の長さが10分以内になっています。「こりゃいいぞ!」となって、早速Qudenを使って動画を量産しています。
便利に使っているのでお金を払ってもいいのですが、この手のSaaSは主に会社がビジネス目的で利用するケースを想定した料金プランになっています。具体的には月額サブスク料金を年契約か月契約で支払い続ける価格モデルになっており、たまにしか利用しない個人ではあまり割に合わない気がします。ただかなり助かっているので、ささやかながらTwitterで宣伝したりマーケティングに協力したいなあと個人的には思っています。
無償提供にも当然コストがかかる
さて、素朴な価格決定モデルを想定すると、モノの料金はそのモノの原価に利益を上乗せした金額で決まります。単純に考えれば、SaaSを無償で提供するということは、(仮に利益ゼロを許容したとしても)原価が0円でないと割に合わないことになります。無料サービスが増えた最近は疑問に思わなくなって来た人も多いでしょうが、本来「サービスを無償で提供できる」というのは大変不思議なことです。
じゃあ実際にサービス提供にかかる費用が0円かというと、もちろんそんなことはありません。たとえばQudenの裏側を想像しながらサービス提供にかかる最低限のコストを考えてみましょう。
まずは開発にかかるコストです。パッと思いつくだけでも、撮影のためのChrome拡張機能、Qudenの管理画面のフロントエンドやバックエンドの開発が必要になります。単に1度作れば終わりではなく、バグ修正や機能追加を日々積み上げて独自の価値を模索できなければ競合SaaSに太刀打ちすることは難しいです。
よくあるソフトウェアへの印象として、「ソフトウェアは複製可能だから一度作れば無償でバラ撒ける」というものがあります。これは全く嘘ではなく、たとえばPCやスマホなどの端末内で機能が完結するアプリケーションであればユーザーが増えてもコストの増分はほぼありません。一方で、昨今のソフトウェアサービスでは普通は裏側にサーバーが動いています。Qudenで考えれば、大容量の動画データがQudenのサーバー内で保存・管理され、様々なユーザーから閲覧可能になります。サーバーを動かすことは当然ながら無料ではなく、単に動画の保存と閲覧だけで考えてもそこそこの金額がかかります。たとえば、世界で最も有名なストレージサービスの1つであるAmazon S3では、1GBの動画を読み込むと最大0.09USD(約12円)かかります。
無料のSaaSが生まれる3つの理由
というわけで無料で提供されているSaaSでも、ベンダーはその裏側でそれなりのコストを支払い続けているということがわかりました。世の中のSaaSは、なぜそこまでして無料のプランを用意するのでしょうか?
SaaSを無償提供するには、単純に考えればその無償分を補填するためのコストがどこかで浮いている必要があります。その視点で言えば、SaaSを一部のユーザーに無償提供できる理由は主に3つあります。
1つの理由は、フリープランは広告コストを下げるからです。実際に僕がQudenを他の人におすすめしたくなっているように、使っている人が多ければそれを口コミで広めてくれる人も増えます。さらに言えば、使い始めるのにお金がかかるサービスは他人に勧めにくいという事情もあります。無償のインターネットサービスが当たり前のように増えたことで、個人利用のシーンでは入り口が有償のサービスに一定の抵抗感があります。特に個人利用から企業利用に広がっていくことを狙うSaaSの場合、広告を打ちまくるよりもフリープランを作って口コミで広げていくようなマーケティング戦略がより有効になります。
2つ目は、導入前の問い合わせ対応コストを下げるからです。一般的に、ビジネス上のツール導入を決定するには、社内の稟議プロセスを経る必要があります。そこでは、導入したいSaaSが現状の業務プロセスにマッチするかどうか、既存のシステムと上手く連携できるか、などが論点になります。ユーザー目線で考えると、「実際に想定した使い方ができるか事前に試せないツールは導入するのは不安だ」という気持ちがあります。そのため、ユーザーによっては事前のチェックシートを作ってベンダー側に問い合わせをするケースもあったりします。ベンダー側からすれば、その問い合わせに対応するコストを割くくらいなら「フリープラン作ったのでとりあえず試してください」と言った方が早いかもしれません。
3つ目は、ユーザーインタビューなどによる情報収集のコストを下げるからです。ソフトウェアを最も素早く改善するための方法は、ユーザーを増やして大量の利用データやフィードバックを集めることです。特に創業間もないSaaSスタートアップにはユーザーが全然おらず、プロダクトを市場ニーズに合致するものに育てるための材料となる情報が貴重になります。そこで、VCから調達した資金を使って赤字でもいいからフリープランでユーザー獲得し、ユーザーからのフィードバックを早期に集めてプロダクト改善サイクルを高速に回すこともよくあります。
ここではわかりやすさのために「フリープランが無いなら代わりにどんなコストがかかるか」という視点で無償提供の理由を整理しました。実際には「まず無料で試してもらえる」ということから生じる固有の価値というのは様々あります。
「無料」を設計する難しさ、面白さ
ここまで「SaaSを無償提供すること」を肯定的に書いてきました。しかし、当然ながらコストとメリットとのバランスの取り方を失敗すると事業がうまくいきません。たとえば、フリープランで使える機能を増やしすぎた結果、誰も有償プランに転換しなければ、赤字だけが膨らんでしまいます。
「無料」の飼いならし方に関するトピックでも、プロダクトマネジメントにおいて考えることがたくさんあります。たとえば次のようなものです。
さらに難しいのは、フリープランによって得られるメリットを全て定量的に測れるわけではないということです。もちろんフリープラン登録数や有償転換率をKPIとして追うことはできますが、フリープランのユーザーが広がったことによる広告効果やブランドの確立などの全てを定量的に評価できるわけではありません。また提供開始してみないとわからないことも多いので、SaaS提供者としてはどこかしらで「この料金プランが正しいはず」と信じて提供するしかないわけです。
ということで、今回はSaaSのフリープランの面白さついてあれこれ考えてみました。以前にtoCサービスを想定して広告モデルやソーシャルゲームについて述べたnoteを書いたので、これらとtoBサービスを比較して考えてみるのも面白いかもしれません。
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