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ヘルステック(HealthTech)レポート① 医療機関向けシステムの今と昔

aritaku(有村琢磨)さんがnoteで作成された「2019年度ヘルスケア・遠隔医療カオスマップ」では、現在の日本の医療・ヘルスケア系の企業が紹介されています。

https://note.mu/aritaku/n/n82357154477b
引用:aritaku(有村琢磨)さん「2019年度ヘルスケア・遠隔医療カオスマップを作成しました!」

これはまさしく「カオスマップ」という名前にふさわしく、医療・ヘルスケア分野の、あたかも戦国時代のような混沌とした現状が一目で理解できます。

そこで、ここでは、「医療機関向けシステム」にカテゴライズされているサービスの内容やこの分野で活躍する企業についてご紹介していきたいと思います。

とはいえ、
現在の新しい動きは、現状の課題に対するものですし、現在のビジネスの主役たちの動きを理解するためには、まずは、医療・ヘルスケア業界の現状や課題をきちんと理解することが必要でしょう(個人的にも)。

これは、医療機関向けのビジネスについても同じで、そもそも医療機関にどんなニーズがあるのか?どんなニーズのためにサービスがあるのか?を理解するためには、これまでの状況について理解しておいたほうがずっとわかりやすいと思います。

通時性、共時性という言葉がありますが、共時、つまり現在の状況、プレイヤーの横並び(もちろん周回遅れを含みます)の状況を理解するには、通時、つまり過去からの流れも視野に入れておいたほうがいいと思います。

現在の医療・ヘルスケア、ヘルスケア×テクノロジー(HealthTech)についての記事はたくさん見かけますが、過去の状況をまとめて解説している記事があまりないことから、まずは、第1回目として、これまでの日本での医療機関向けのシステムの概要、歴史、そして現状について見ていきたいと思います。

これまでの医療機関向けシステム

ところで、医療と同じく社会のインフラといえる金融の世界では、全国銀行データ通信システム(いわゆる“全銀システム”)が1973年(50年近く前!)に稼働を開始しています。そして、この分野では、50年後の現在、FinTechと呼ばれる新たな潮流が生じているわけです。

そして、医療においても、金融と同様に、以前から電子化の必要性が叫ばれ、取り組みはなされていました(なお、この分野でも、現在、HealthTechと呼ばれる新たな潮流が生じていることがポイントです)

以下で、これまでの電子化の流れを見ていきますが、要するに、個々のシステムが開発され、それが統合されていく、というイメージです。

・レセコン
まず、医療の電子化は、レセコンの開発から始まりました。
医療の分野は、専門的な知識、技術を要するだけでなく、様々な人の協働により成り立っています。しかし、当時のIT技術では限界がありました。
そこで、比較的容易だけど、最優先に効率化したい分野として、定型化が容易だった医事会計に関するシステム(レセプトコンピュータの略で“レセコン”と言われます)が開発されたのです。
医療のなかでも患者が利用する件数が多いのは、もちろん保険診療になるので、この分野の効率化が優先されるのは当然と言えるでしょう。限られた予算での対応が求められた政府にとっても、電子化の最優先の対象になったのがこれです。医療関係者から保険診療の請求を受け、これを支払うというサイクルを電子化したわけです。

・オーダリングシステム
その後、医師・看護師の行う検査や処方などの指示(オーダ、オーダー)を電子的に管理するシステムであるオーダリングシステムも開発されました。
これは、まさに医療行為に関する最初の電子化です。
それまでは主に文書(紙)でやっていた指示を、直接、コンピュータに入力し、その入力情報をもとに各種医療業務を効率的に行うというシステムです。正確性が高まり、情報の共有も容易になる、ということです。

・電子カルテ
オーダリングシステムからすれば、患者に関する診療の記録、つまりカルテも電子化しようという要請が出てくるのは当然です。とはいえ、カルテは、法律(医師法第24条、歯科医師法第23条)に基づく文書ですので、効率化のために電子化すればいいというわけにはいきませんでした。
しかし、国(厚労省)もこの要請に応え、1999年に、当時の厚生省が電子媒体による診療録の保存を認める通達を発表しました。こうして、電子カルテも法的な裏付けを持つものとなりました。

・電子薬歴
また、薬局においても、医師から発行された処方箋に基づいて、レセプトコンピュータと連動を行って、電子的に調剤、指導歴を管理するシステムである電子薬歴も開発されました。

・医療機器の電子化
医療機器もIT技術の発達に合わせ、高度な電子機器として進化しておりました。

「医療情報システム」という理想へ!

このように、レセコン、オーダリングシステム、電子カルテ、電子薬歴、電子化した医療機器があれば、これらを総合、統合させた複合的なシステムによって運用したほうがいいのも当然です。通信技術の発達により、インターネット、モバイル(スマホ)が普及し、これらとの融合が、医療においても理想的なシステムとして認識されるようになりました。

当時の政府も、このような状況を認識していました。
とはいえ、大病院を除き、電子化はほとんど進んでいないというのが当時の状況でした(当時はまだどこの業界もそんな感じで、医療業界に問題があったわけではありません)。

そこで、2000年9月に、当時の森喜朗総理大臣が「E-ジャパンの構想」として日本型IT社会の実現を示し、その一環として、厚生労働省は、2001年の年末に「保健医療分野の情報化にむけてのグランドデザイン」を発表。医療情報システム構築のための達成目標として、①電子カルテシステムについては、2006年度までに全国の400床以上の病院および全診療所の6割以上に普及を図ること、②レセコンについては、2006年度までに全国の病院レセプトの7割以上に普及を図ることを目標として掲げたのです。
5年という長くない時期を目標にしたあたりに、当時の厚労省の官僚の人たちの焦りや気概を感じます。2010年までには、システムの構築まで進めたい!と思ったんじゃないでしょうか。
(ここで、レセコンと電子カルテに限り、オーダリングシステムの目標値がないのは、一般診療所にはオーダリングシステムまでは不要と考えられるからと思われます。)
こうやって見てくると、医療業界でも電子化はずっと昔から進められてきたことが分かりますし、政府の見ていた方向も間違っていないことが分かります。

現在のシステムの普及率

では、現在、その目標年度からも10年以上が経過しているのです。既に普及は10割に迫っているし、システムの構築も進んでいるんだろうと思うのが自然です。

では、まずレセコンの普及率を見てみましょう。
厚生労働省は、レセコンの普及を図るため、「療養の給付及び公費負担医療に関する費用の請求に関する省令」により、最長で平成27年3月31日まで、電子レセプト請求への移行を猶予していました。要するに、それ以降は電子レセプトでの請求が義務付けられる(電子レセプトに意向しないといけない)ことにしたわけです。
この結果は、以下の表のとおり。
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12400000-Hokenkyoku/0000099002.pdf
引用:厚生労働省「電子レセプト請求の電子化普及状況等(平成27年4月診療分)について」(最終閲覧:2019年8月14日)
見事、電子レセプトの普及率は、件数ベースでは98.6%と、100%近くまで普及しています。施設数ベースでも、89.5%と9割近い数の医療機関において電子レセプトが普及しています。
当然、電子レセプト請求をするためには通常レセコンが必要になりますので、この数値は、レセコンの普及率を大体は意味すると言えるでしょう。

では、次に電子カルテはどうでしょうか?
https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000482158.pdf
引用:厚生労働省「電子カルテシステム等の普及状況の推移」(最終閲覧:2019年8月14日)
上の表は、厚生労働省が医療施設を対象に行った平成29年度(2017年度)の調査の結果です。これによると、平成20年(2008年度)と比較すると着実に増えているとはいえ、電子カルテの普及は一般病院の46.7%と5割にも届かず、オーダリングシステムの普及は一般病院の55.6%に留まっています。
さらに、これを病床規模別に見ると、200床未満の病院では電子カルテの普及率は37.0%、一般診療所では41.6%に留まります。
オーダリングシステムも、200床未満の病院の普及率は45.6%と半数にも届いていません。

つまり、現状は、電子レセプトについては普及が図られたものの、医療情報システムの構築に不可欠な、電子カルテの普及は、いまだ医療機関の半分程度、というのが現状なのです。

普及が遅れている原因

では、なぜ普及が遅れているのかというと、これにも理由があります。
大きな理由は、まず、システムの開発や導入(メンテナンスも)の金銭コストが挙げられます。これは、医療自体が非常に複雑で専門的な分野であり、また、各医療機関ごとの個性もあるため、医療機関ごとにシステムを構築する必要もありました。
また、上でも見たように、最初からシステム化を目指したというよりは、個別にそれぞれ発達していたレセコンやオーダリングシステム、電子カルテを統合させようとしたものの、共通の規格がないところでの統合になり、作業が大変だっったこと、その他、ウォーターフォールモデルによる開発であったことなど、システム開発という行為自体が発展途上であったことも影響していると思います。
また、医療情報システムの構築というイノベーション自体が、短期的な収益性に結びつかないので、「儲からないことはやらない」という自然な(けれど、長期的に見れば致命的な)発想になってしまったことも影響してるんじゃないかなと個人的には思っています。
また、まだまだデジタルネイティブな人たちが社会に出ていなかったこともあり、システムを使う人たちの教育コストも馬鹿にならなかったと言われています。
さらに、患者の医療に関する情報はセンシティブ情報の代表ですが、当時は情報漏洩の意識も低い時代で、機器的にもいまほどのセキュリティがありませんでしたので、医療期間が「漏れたら大変、危なくて使えない」と思ったのも当然だと思います。
加えて、システムがダウンした場合に、医療機関では、患者の生命や健康の危機に直結してしまうので、医療機関が「やっぱり怖くて使えない」と思ったのも、これまた当然だと思います。

要するに、普及が遅れている原因は、特に誰かが悪かったとかいうことではなく、単純に時代がそこまで進歩していなかったから、ということになるんだろうなと思います。

現在

それで、ようやく現在のことが見えてくるわけですが、
上の課題にあったことのほとんどが劇的に進歩したと考えられます。

例えば、システム開発モデルの変化により、開発スピードが上がっただけでなく、国際規格の標準化などにより、システムの開発費用は相当に低下していると思われます。
セキュリティやシステムダウンを避ける技術も進化していますし、デジタルネイティブの社会進出による教育コストの低下もあります。

つまり、ようやく技術的な環境は整ったと言うのが現状と言えます。

そこに来て、デザイン思考の普及(アメリカやヨーロッパにほぼ限定されますが)により、人間中心という考え方に基づいた新しい目線(患者目線など)による全く新しいサービスも生まれ、開発費用の低下により、プレイヤーの参入障壁が低下して、新しいスタートアップが続々と生まれているわけです。

これが、医療、ヘルスケア業界の現状です。
その主役が、カオスマップで存在を発揮するプレイヤーたちであることは言うまでもありません。
そこで、次回から、いよいよ主役たちのご紹介…といきたいところですが、もう一人、重要な働きをする者がいます。
それは、理想を最初に掲げ、いまもその旗を振ってくれている者、つまり政府です。政府の動きや考えがわからなければ、医療業界の今後は見えないと思います。
それは、今回見てきたように、医療業界では、医療行政の動きがとても大きいためです。


そのため、次回は、今後のことを考える上でも重要な、政府の現在の政策や方針についてまとめる予定です。


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