強面なパンチ強いおっちゃん
顔がとってもいかつくて もし睨まれたりなんかしたら 腰を抜かして動けなくなるくらいの強面を想像してみてほしい。
男でも女でも構わない。
自分の身近にいる 見た目が怖い人 でも構わない。
とにかく鬼のような、今にも食って取られそうなこわーい顔を想像してみてほしい。
では次に その思い浮かべた主人公に 吹き出しをつけて自由にセリフを与えてみてほしい。
あなたはどんなセリフをつけるだろうか。
「なにみとんねん」
「なめとんか」
「しばいたろか」
このような いかにも なセリフ浮かべた人も少なくないのではないだろうか。
では 今思い浮かんだセリフを取っ払って
「お気をつけてください。良い旅を」
このセリフを与えてみてほしい。
そしてその強面の主人公に とても暖かい声・口調で、ついつい 笑顔でお礼を何度も言いたくなるような、そんな素敵な雰囲気をまとって セリフを発してもらってほしい。
ん??
想定していた 主人公の像に ヒビが入ったような、ズレが生じたような、そんな違和感や疑問を持った人、いるのではないか。
そんな人は 今、素直に 自分の心に問いかけてみてほしい。
「なんで、今 私(俺) 違和感を感じた?」
答えは簡単。
あなたの中で 「決めつけ」 が存在するからである。
人は それぞれの 基準や価値観を持っている。
そしてそれらの多くは、普段の環境や世間、家族や関わる人によって大きな影響を受けて形成されている。
そんな中で、「怖い顔の人=中身も怖い」というか方程式が知らぬ間に形成されているのではないか。
しかし、実際は必ずそうとは限らない。
「お気をつけてください。良い旅を」
このセリフは、私が ある日込み入ったバスの中で聞いた 下車するお姉様方に 運転手さんがかけた言葉だ。
暖かい口調で、 暖かい声色でそのセリフがバス中に響いたとき 私は運転手の方を見た。
するとその運転手さんは お世辞にも取っつきやすいとは言えない、なんとなく恐怖を感じてしまうような いかにも強面なおっちゃんだった。
そのとき私は思った。
ああ、恥ずかしい と。
私は あのセリフを聞いたとき、 さわやかで 優しい顔立ちの男性を想像してしまっていた自分に気付いたのである。
そして同時に気づいた。
私が いかに見た目で中身を判断しているのかということに。
私は普段から、人に「向き合う」ことを大切にしている。
その人が どんな人か、中身をしっかりと見た上でその人自身を判断し、受け入れる姿勢を大切にしている。
しかし、狭いバスの中で、だった数分間に私は大きな見た目の決めつけを行なったのである。
私は いかにも 見た目の要素が中身の判断に影響を与えているかということ。 を実感した。
そしてまた、見た目と中身は一致するとは限らない ということを体感した瞬間であった。
この体験は私に 改めて 大切なことを教えてくれた。
「見た目で人を判断をすると 損する事がたくさんある」
という事だ。
この運転手さんは、駅につくたびにお客様にお礼を言っていた。そして、マニュアル通りの運転手が多い中、彼はマニュアル外であろう 範囲までバスの説明や配慮ある言葉を乗客にたくさんかけていた。
そんな素敵な人柄を持つ彼が運転するバスに乗っていることに気づいたからこそ、私も混み合っていてストレスがかかる車内でも穏やかな心で過ごす事ができた。
しかし違うシチュエーションで彼に出会っていたら、私は彼の良さに近づいていなかったかもしれない。(普段見た目で判断をしないように心がけてはいるが、潜在意識にはどうしても勝てない時もある)
そう考えると、彼の優しさに触れる機会を、自ら逃していたかもしれないのである。
外見を見る前に 優しい言葉に先に触れたという順番や、サービスを受ける側 という立場など、 色々矛盾や突っ込みどころもある内容だとは理解している。
しかし私が長々と文章を打つ中で、皆さんに伝えたかったことは 「見た目と中身は一致するとは限らない」ということである。
見た目で人を判断することを避け、その人のほんとの中身に向き合うことで 予期せぬ優しさや思いやり、魅力に触れる機会があるかもしれない。
そんなことに気づき、日常で意識するきっかけになったら良いなというメッセージを込めてこの文章を綴っている。
もしあのセリフに違和感を感じた人は、もう一度問いかけてみてほしい。
「おーい、私!結構人を見た目で判断してないか?」
と。
「うん、ごめん..恥ずかしいけどしてたわ、、」
そんなセリフが帰ってきたあなたに私からのメッセージ。
「見た目にブレずに多くの幸せを人とともに創造できる自分を 私と一緒に目指しませんか?」
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本日も読んでくださり、ありがとうございました。